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【後編】職業スキルで最強無送?

「クソが……」


 予想外の出来事に乱暴に言葉を吐き捨てる。

 

 ――余裕のはずだった。はずだったのだ。


『無茶だよ! 五十層……深層からは魔獣のレベルが違う。今の火天じゃ絶対勝てない』


『君は今一度、自身の力を見つめ直した方がいい。学園に通う者たちの道標とするならば彼の方が適正だとワシは思う』


「クソが……」


 全部あいつらの言う通りだったと、ルイエドは認めない。認めるわけにはいかない。それは()()()に負けたことと同意なのだと、ルイエドは怒りに奥歯を噛んだ。

 

 余裕だったのだ。だって巫女であるレインがいなくとも四十九層までは制覇していたのだ。だからレインが加われば深層と呼ばれる五十層も楽々突破。

 そうなれば、たった二年でAランクだけでなく、深層突破と更に箔がつく。そう思っていた。


「待って! 今、緊急脱出(ベイルアウト)なんて使ったら――」


「うるせぇ!」


 今止めようとするレインの言葉も、出発前のレインの、校長の言葉も全ての言葉を無視して、ルイエドは宝玉を使用した。



 ▶︎▷▶︎



「……すみません、俺の力がないばかりに」


「いやいや、Aランクパーティに買われたんだから名誉なことだろう? 確かにこれだけ品質が安定して安い店がなくなってしまうのは残念だが」


 店に来る客に今後のことを伝えると、皆、口を合わせたかの如く、同じように名誉あることだと言ってくれるが、最後は残念そうに顔を俯けていた。

 そう残念そうにしてくれる客に感謝しつつも、ホムラは申し訳なさに襲われて、どんどんと肩を落としていく。

 そんなやり取りを繰り返す一日が終わり、ホムラは机に突っ伏した。


「疲れた……」

 

 ルイエドが訪れてから3日が経過した今日。使いを寄越すどころかわざわざ通知書まで送られてきた。

 その通知書を封も開けずに、テキトーに投げ捨てると、ホムラはグッと背伸びをして、ほとんど空っぽな店の中を見渡す。


「……終わるんだなぁ」


 正確に言えば店が変わるだけなのだが、それはホムラにとって閉店と変わりない。自身が積み上げてきたものを簡単に壊され、全く別のものに積み上げられる。これからはそうなっていくのだから。


 そう物思いに耽っていると、店の端に置かれた『シー・エス・エフ』の看板を見つけ、その看板を手に取ろうとホムラはそれに近づく――


 途端、大きな地響きと、聞き覚えのない禍々しい遠吠えが鳴り響き、ホムラは急いで店の外に出た。


「――なんで魔獣が……」


 本来、ダンジョンにのみ現れる魔獣。否、その表現は正しくはない。

 実際は大昔に地上に蔓延っていた魔獣を勇者がダンジョンに封じ込めたために魔獣はダンジョン内にしか現れないようになった。

 どちらにせよ、ここ数百年は魔獣がダンジョンから出てくることなどあり得なかった。


 だから、街に魔獣が現れれば、大混乱に陥るのは当たり前のことだった。


「きゃぁぁぁぁああ!」


 誰の悲鳴かもわからないうちに、魔獣から逃げるようにたくさんの人が駆け出す。

 だが、ホムラは嫌な予感がして、その人たちとは反対の方、魔獣の方へと駆け出した。



 ▶︎▷▶︎



「……ぅあ」


 逃げ遅れた少女が目の前に現れた魔獣の前で力無く頽れる。逃げたくても足が言うことを聞かず、動いてくれない。

 そして、魔獣は少女を見つめると、その前足を振り上げて踏みつける――


「――あ」


 だが、踏み潰される直前、少女は誰かに抱き抱えられて、間一髪それを躱した。


「大丈夫?」


 助けてくれた巫女の女性に小刻みに頷いてみせると、巫女はホッと胸を撫で下ろして、魔獣を迎え撃つように立った。


「逃げて。私が引きつけるから」


 言われたように少女は駆け出すと、巫女レインは目の前の魔獣と相対する。

 

 ――魔獣ウロヴォロノフ

 狼系の魔獣と種され、美しい毛並みに魅了されるほど、その佇まいは凛々しい。

 だが、溢れ出すマナは想像を絶するほど恐ろしく、相対しているだけで手足の震えが止まらなくなる。


「……時間稼ぎだけでも」


「巫女さんだけに……任せるわけにはいかねぇ」


 震えるレインの横に火天の剣のメンバーが並ぶ。だが、リーダーであるはずのルイエドの姿だけはない。

 皆、既に満身創痍。それもルイエドが仲間を盾にしていたせいだ。レインが治癒を施したとはいえ、ギリギリ立てるくらいなはず。それでも立ち向かおうとするのはAランク冒険者としてのプライドだ。

 レインは立ち向かっていくのが自分だけではないことに感動を覚えてメンバーの目を見る。


「皆さん……」


「倒せなくても……時間稼ぎをしてれば、きっと王国兵が来てくれる……それまでなんとかやってやろうぜ」


「やってやるぞテメェらぁ!」


 火天の剣が雄叫びを上げて、ウロヴォロノフに勝負を仕掛ける。



 ▶︎▷▶︎



 ――そうして上手くいくほど、深層の魔獣は容易くない。

 立ち向かったメンバーは数秒と持たずに次々と倒れ、レインもまた一瞬で吹き飛ばされ、建物へと背をぶつけた。


「……ぐっ」


 桁が違う。まさにその言葉通り。

 額から流れた血が頬を撫で、薄れ行く意識をなんとか保ってレインは立ち上がる。


「……まだ」


 だが無情にも、ウロヴォロノフは一瞬でレインの目の前に現れると、その前足を払い、今度こそレインの息の根を――


 その寸前、レインの視界がパッと切り替わり、自身が誰かに抱き抱えられていることに気づく。


「微力ながら助けに来たよ」


「…………ホムラ」


 謙遜しがちな言葉とは裏腹に、確かな信頼と安堵をレインは感じ取った。



 ▶︎▷▶︎



「……これが深層の魔獣」


 学園の授業では映像でしか見ることのなかった魔獣の姿。そして初めて見る深層の魔獣の実体にホムラは声を漏らした。

 溢れ出るマナ。【分析】で見てみれば、毛の一本一本が一般人相当のマナ量を宿している。その時点でこの魔獣の化け物加減がわかるが、意外にもホムラ自身はそれを見ても落ち着いていた。


「……ホムラ、逃げて。あんなのどうしようも――」


「時間稼ぎくらいして見せるさ」


 レインの言葉にホムラは笑ってそう答えると、抱き抱えていた彼女をゆっくりと下ろして、魔獣の前で構えた。


「待って……ホム――」


 止めようとするレインの言葉よりも速く、ホムラは動き出す。


「――まずは俺に釘付けにする」


 ホムラは【錬成】によって剣を作り出すと、すぐにそれをウロヴォロノフの体へと投げ付ける。だが、それはマナ毛によって当たり前のように弾き返され、剣は地面に突き刺さる。


「――次」


 ホムラの【錬成】は作り慣れた剣や盾ならば一秒とかからずに作成することができる。あっという間に数十本の剣を作り上げると、その剣を次々とウロヴォロノフの頭上に【転送】させ、剣の雨を降らせる。

 いずれもウロヴォロノフのマナ毛に遮られ、カランカランと音を立てて地面に落ちていく。だが、さすがに鬱陶しく思ったのか、ウロヴォロノフは視線をホムラへと向けて、その前足を振り上げた。


「――っ」


 ホムラは寸前で攻撃を回避すると、地面を転がったまま剣を作成し、その剣を【転送】させる。


「くらえ!」


 ホムラは作り出した剣を【転送】と同時に変形させる。

 

 ――ホムラの【転送】は手に触れた自身より軽いモノを自身を中心とした半径百メートル内の座標に飛ばす。

 このとき飛ばされたモノは重心を中心として座標値に送られるが、そこに元から物体がある場合【転送】は失敗する。

 だが、【錬成】による変形を同時に行うことで重心点をずらすことができる。このとき本来座標にあるはずだった物体と【転送】させた物体はすり抜けた後に交差する。即ち、どんな硬い物体であろうと飛ばした物体は貫通する。


「くぉおおーん」


 初めてウロヴォロノフが弱々しい悲鳴を上げる。ホムラが持っていたはずの剣は長い剣へと変わり、その剣がウロヴォロノフの眼へと突き刺さったのだ。


「……すげぇ」


 倒れていた火天のメンバーが、自分らが一切傷をつけられなかった相手と渡り合うホムラを見て、思わず声を漏らす。だが、相対するホムラだけは一切気を緩ませない。

 予感が的中し、ウロヴォロノフは少し蹌踉けただけで、潰された眼の下に新しい眼を浮かばせた。


「……来いよ」


 それでもホムラは全く微動だにしない。それどころか揶揄うように指をチラつかせ、ウロヴォロノフの怒りを買う。

 ウロヴォロノフは咆哮すると、氷の柱を地面から突き出し、ホムラを串刺しにしようとする。


「――っ! ホムラ!」


 レインの叫びが響く。


「【分析】完了――」


 ホムラは大きく跳躍すると足元に盾を作り上げて、さらに高く跳躍する。まるで空の上を走るかの如く、高く駆け上がり、ウロヴォロノフの氷の柱を避け、そしてウロヴォロノフの頭上を取った――


「どんな魔獣でも魔核(まかく)を捉えれば、死に至る」


 それは学園で誰しもが習うこと。魔核は所謂、人間の心臓と同じ器官のことである。どんな人間でも心臓が貫かれれば死ぬように、魔獣も魔核を貫かれれば死に至る。

 戦闘開始から【分析】によってウロヴォロノフの魔核を探っていた。そしてそれが完了し、もはやホムラにとってウロヴォロノフは弱点を剥き出しにしているのと同じ。


転剣心葬(てんけんしんそう)――」


 空中で作り上げた数々の剣が一瞬で魔獣を串刺す――


 魔核を捉えられたウロヴォロノフは声を上げることもできないまま、力無く倒れた。


「……ホムラ」


 起こった出来事に未だ信じられないとばかりにレインは彼の名前を呼ぶ。


 ハズレスキルで地に落ちたはずの神童は、その努力だけで最強へと至っていた。



 ▶︎▷▶︎



「さて、此度の件。君本人から説明してもらおうか――ルイエド・ヴァーナス」


 国王はゆったりと、だが重く、ルイエドへと問いかける。


「お、俺はただ深層攻略に向かっただけで、たまたま敵の相性が悪く――」


「それでボス部屋では禁止されている緊急脱出(ベイルアウト)の宝玉を使ったと?」


「あれは仕方がなかったんです! だってそうでしょう? 俺ほどの実力者が全く敵わないなんて、そもそもの規定がおかしいんです」


「ふむ。規定とな?」


「Aランクならば深層に挑める。であるならばAランクが勝てない相手がいるなんておかしいでしょう」


「そうか。君は自身にAランクの実力がないと自白するのだな」


「は?」


「元より、Aランクの称号が与えられるのは自身の能力を理解し、深層へ無闇に飛び込まない者であるはずなのだ。君はヴァーナス家であることを後ろ盾に運良く這い上がり、その機会を失ってしまったようだ」


「う、後ろ盾? 俺の実力では――?」


「ふむ。勘違いもここまでいくと清々しい」


 国王がそう嘲笑すると、ルイエドは奥歯を噛んで手に炎を浮かべた。


「国王など、飾りモノ風情がヴァーナス家に楯突くかぁ!!」


 激情に支配されたまま、国王に向けた炎。それは国王の目の前に現れた人物に弾かれた。


「――父……さま?!」


 ルイエドは自身の父親を目の前にし、背筋を凍らせた。だが、すぐに王を指差し口を開く。


「そ……そいつがヴァーナス家に侮辱を」


「ヴァーナス家? 誰がだ」


「何を言うのですか……お父――」


「貴様は破門だ。ルイエド」


「――は?」


「街中に魔獣を呼び出した時点で極刑レベルの重罪。貴様はそれだけでなく、その場から逃げ出した。もしアレを武器屋の青年が止めていなかったらどうなっていたことか」


「武器屋の……青年?」


「ホムラ・エルミスト。貴様と同級だった男だ」


「――――!?」


 ルイエドは耳を疑った。自身のスキルが一切通じなかったあのウロヴォロノフを職業スキルしか持っていないホムラが倒したという。

 見下していたはずの人間が、自身より優れていると到底受け入れられず、ルイエドはその場に頽れた。


「話を戻そう。ルイエド。貴様の処遇は――」


 国王の口から放たれたのは極刑よりもずっとずっと辛く、屈辱的な罰。だが、ルイエドの耳には何も届くことがなかった。



 ▶︎▷▶︎



「いらっしゃいませ!」


 明るい声で客を迎えるホムラ。そこにはもう暗がりなどなかった。


「ホムラ〜! こっちの整理終わったよ〜」


 あの一件以来、レインも『シー・エス・エフ』に加わり、仕事を手伝ってくれている。元々、客の相手もホムラが行っていたが、受付をレインが手伝ってくれることによって更に客回りも良くなった。

 また、【治癒】のスキルでホムラの疲労やマナも回復してくれるので、本当に大助かりだ。


「でも、本当に良かったの? 巫女なのに武器屋なんて」


「それを言うならホムラでしょ。Aランクの冒険者になったのに武器屋続けるなんて」


 そう。ウロヴォロノフの単独撃破。その功績が讃えられ、ホムラは例外でAランクの冒険者の称号を得た。もちろんそれだけでなく、十分過ぎる報奨金を得たが、それでもなおホムラは店を続けている。


「この仕事が好きになっちゃったし。やっぱりお客さんの笑顔が嬉しくてさ」


「そっか」


 ホムラの答えにレインは優しく微笑むと、ちょうど店の扉がカランコロンと音を鳴らして客が入ってくる。

 そして、二人はまたとびきりの笑顔を向けて言うのだ。


「いらっしゃいませ!」

お読みいただきありがとうございます!

意外と「転送で最強!」みたいな話がなかったので、前後編だけの短編として書いてみました。いかがだったでしょうか?


もし良かったと思っていただけたらブックマークと下の☆☆☆☆☆から評価頂けると幸いです

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