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【前編】神童と呼ばれた男

「――スキルを授かった」


 長い白髭を蓄えた校長が一人一人を前へと呼び出し、スキルを授けていく。

 今日、学園を卒業した生徒たちにスキルが授与され、それぞれ思い思いの進路へと進むことになる。

 と言っても生徒のほとんどはダンジョン冒険者になろうとするだろう。ダンジョン冒険者はいわば花形。魔獣の蔓延るダンジョンへと潜るため、死と隣り合わせという名目のもと、大金を稼ぐことができる。また、そこで名を上げた冒険者は王国兵になることができ、そうなれば数世代は安泰だ。


「君のスキルは――【鍛冶】だ」


「……くそ。ハズレかよ」


 だが、スキルにもアタリハズレがある。

 単純に言えば、冒険者になれるスキルかがアタリハズレの基準である。


 ――元素スキル

 皆が求めるのはこのスキルである。火、水、地、雷、風などを発生させ自由自在に操ることができるスキルで、その能力に応じて身体能力の強化までされるという優れものだ。


 ――身体スキル

 完全に元素スキルの劣化版であり、一時的なパワーアップだったり、防御力の強化だったりと、冒険者になることはできるものの、高位のランカーには成りにくい。


 ――職業スキル

 いわばハズレスキル。学園に通わずとも手に入るスキルであり、先ほどの【鍛冶】のスキルを例にすれば、このスキルを受け取った者は鍛冶屋になる運命である。一般職が悪いというわけでは全くないが、冒険者に比べると、明らかに稼ぎは少なくなる。


 そんな人生が決まるとも言えるスキル授与に一喜一憂している生徒の中で、一人、平然とそれを見ている生徒がいる。


「ホムラは首席だから余裕そうだねー」


「いやいや全然だよ。ただ名前のせいで火以外を引いちゃったらどうしよう思ってて」


 声をかけられ、慌てて手振りをして否定するのはホムラ・エルミスト。

 彼は学園を首席で卒業し、学園設立以来の神童と呼ばれる天才である。

 彼に緊張が見えないのは元素スキルを授かるのがほぼ確定しているからだ。

 根拠こそないが、学園で成績優秀だった卒業生は皆、元素スキルを授かり、今や名のある冒険者となっている。


「でも、レインだって次席だし、そんなに緊張はしてないんだろ?」


 ホムラに話しかけた少女。レイン・イリエステラもまた、ホムラの言うように秀でた才能を持っている。

 この二人は幼馴染であり、小さい頃から二人で冒険者を目標に、ひいては王国に仕えることを志していた。


 今日まで二人で学術も武術も頑張ってきたのだ。その成果が得られ、ようやく夢の一歩へと歩を進める。ホムラにとってここは通過点でしかないはずだった。


「……ホムラ・エルミスト」


「はい」


 皆の注目が集まる中、ホムラは堂々と返事をする。だが、相対する校長はその後を言い淀んでいるようで、しばらくの沈黙が流れる。


「あの?」


「いや……すまない。スキルを授かった」


 ホムラが声をかけ、校長はようやく口を開き――


「君のスキルは……【転送】…………職業スキルだ」


「――――は?」


 校長の言葉に皆、目を見開いて驚く。だが一番驚き、耳を疑ったのはホムラ自身に他ならない。


「……私も困惑している。学園首席が職業スキルなど過去にあったことがないのだから……。な、何かの手違いかもしれぬ。あとでもう一度やってみよう」


 校長が辿々しくそうフォローするが、ホムラには何も届かない。

 ざわざわと会場が困惑に包まれる中、ホムラの肩をポンと叩いた男がいた。


「残念だったな。ホムラ」


「……ルイエド」


 彼はルイエド・ヴァーナス。ホムラ、レインと続く学園第三席の卒業者。貴族出身であるからかプライドが高く、学園ではよくホムラに絡んできた男だ。そんな男が慰めの言葉をかけるはずもなく――


「早く代わりなよ。()神童さん。後がつっかえてるぞ……くっ」


 そう嘲笑って、ホムラの肩をグイッと押し出した。

 

 そのルイエドの嘲笑に何も言い返すこともなく、席に戻ったホムラにレインが声をかける。


「ホムラが職業スキルだったなら、私も安心はできないよね。ていうか、きっと職業スキルだと思う。じゃなくても冒険者に絶対なる必要はないしさ。二人で店とか開いて……とか、ね?」


「……ああ」


 レインの言葉にホムラは小さく頷いた。だが、ホムラはわかっていた。彼女はきっと――


「スキルを授かった。……流石だ。レイン。君は元素スキルの中で最も珍しい【治癒】のスキルを授かった」


「……え」


「つまりは巫女となり、高ランク冒険者の助けになれる。私も鼻が高いよ」


 それを聞いて、困惑したようにレインは振り返る。だがもうそこにホムラの姿はなかった――



 ▶︎▷▶︎



 ――二年後


「いらっしゃいませ!」


 ホムラは武器屋を営んでいた。

 学園を卒業した後、実家の鍛冶屋で【錬成】のスキルと【分析】のスキルを身に付けると、実家を出て事業を始めた。

【錬成】のスキルで武器を作成し、【分析】で安定したモノを供給。そして学園で手にした【転送】によって素早く届ける。

 これによって『安価』で『安定した』モノを『素早く』提供することができ、ホムラの武器屋『シー・エス・エフ』はすぐに人気店となった。


「……ふぅ」


 今日もたくさんの武器を売り捌き、ホムラは椅子に座ってグッと背伸びをする。

 どのスキルにおいても消費するのは『マナ』というエネルギー源だ。ホムラは生まれたときから、このマナが多かったため、三つのスキルを多用しても少しの疲れしか見せない。

 他の人間がホムラのように三つのスキルを手に入れたとしても、同じような商売は全く成り立たないだろう。

 だが、それほど成功していても冒険者に比べるとホムラの稼ぎはちっぽけなモノであり、たまにそのことを思い出すと急に卑屈な気持ちになる。


「……何をしてるんだっけ。俺は」


 ホムラはそう言って大きなため息をつくと、カランカランと店に扉が開いた。


「? 今日はもう閉めたはずなんだけど」


 ホムラは戸惑いながら、店の裏方から顔を出すと、そこにいた者たちを見て眉を顰めた。


「……今日はもう終いなんだ。また明日以降にしてくれるか?」


「なんだよ〜冷たいじゃないか。ホムラくん。僕ら同じ学園の卒業生じゃないか。ほら友人サービスとかそんなんでさ」


 そう言ってニヤニヤと嗤うルイエドはホムラに近づいてはその肩に手を置いた。


「……なんの用だ」


「さっすがー! 聞き分けがいい」


 ルイエドはそう言うと、ホムラから離れて仲間たちとケラケラと笑い始め、じっと黙っているホムラを見てようやくまた口を開いた。


「実はお前に良い話がある」


「良い話?」


「そう。実は我ら『火天(ひてん)(つるぎ)』がAランクパーティになることになった」


「――――」


 ホムラもその話は耳にしていた。たった二年でAランクとなったパーティ。そのリーダーが同級生にいるのだ。嫌でも耳に入ってくる。


「……おめでとう。同級生として俺も鼻が高いよ」


 全くもって思っていないが、ホムラはパチパチと手を叩いて見せると、ルイエドはいやいやと首を振った。


「いいんだ。そういうのは。ここ数日毎日のように言われてるからさぁ?」


「……じゃあなんの用だ」


「くくっ。そう急くなよ。シー・エス・エフつったけ? 喜びな。(ここ)は火天の剣の持ちものになる」


「――は?」


 ホムラは耳を疑う。こんなに言葉が耳に入ってこないのはスキル授与式以来だ。そんなホムラを嘲笑うようにルイエドは手を広げる。


「喜びに声も出せないだろう? Aランクパーティの所有物となれば、魔石は仕入れ放題。ちまちまと小銭稼ぐよりずっとマシだ」


「ふざけるな!」


 ホムラはルイエドの胸ぐらを掴み上げ、その瞳に怒りを燃やす。

 魔石を組み込んだ武具など安価で売れるわけがなく、錬成にも時間がかかる。そうなればせっかく付けた客は忽ちいなくなり、全く違う客層と相手することになる。

 つまり、ルイエドの提案を飲むことはホムラの二年間の功績を全て無に帰すのと同義であるのだ。


「おいおい、せっかく友人が助けようとしているんだぜ? その態度はねぇだろ?」


「俺の店は既に十分繁盛してる。お前なんかに助けてもらう必要なんてない! お前は俺を貶めたいだけだろ!」


 ホムラが声を荒げてそう言うと、ルイエドは仲間たちの方を見てはヒラヒラと手を挙げた。


「ハッ。なんか勘違いしてるな。最初からお前に拒否権なんてねーんだよ。立場が違う。これはいわば国の決定事項なんだよ」


「――っ!」


 ルイエドの胸ぐらを掴んでいた手が火に包まれて、咄嗟にホムラは手を離して後ろへ蹌踉けた。

 そして、ルイエドは手をパンッと叩くと、思い出しかのような下手くそな演技で言う。


「そ・れ・と! 高ランクになった特典として巫女さんが加入するんだが、レインを指名した。逃げるなんてやめておけよ。そうなったら新入巫女さんに何が起こるかね?」


「――ルイエドおぉおお!!」


 ホムラは激情に駆られ、ルイエドに掴みかかる。だが、ルイエドから繰り出された炎の拳に腹部を殴られて、力無くその場に倒れ込んだ。


「――ッかは」


「じゃあなぁ! 元神童さん。一週間後くらいに使いをよこすから。あ、それと生意気な態度をとったから取り分は1%で伝えておくからよろしくねぇ」


 そう言い残してルイエドらが店を出ていくと、ホムラは床に蹲ったまま動けないでいた。


 ――クソ


 過去に縋ってもしょうがないと自身を叱咤し、この二年間、屈辱に耐えながらも何とか頑張ってきたのだ。自分に期待をしていた両親や先生。同級生などの憐れみの目を向けられつつも何とか――。

 

 それがたった一人の男の気まぐれで簡単に崩れ去った。

 

 ホムラは知っていた。結局この世は弱肉強食なのだと。才に恵まれなかった者は才ある者に屈するしかないのだと。


「……クソ野郎」


 それは自身の力のなさの嘆きであり、自身を蔑む言葉でもあった。

お読みいただきありがとうございます!

後編も是非よろしくお願いします!

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