第5話:天才と秀才の違いとは?
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「……うぉっ…まーた涼介一位かよ…」
廊下に大々的に掲示された成績発表を見て、一真は思いっきり変な声を漏らしてしまう。そこに載せられていたのは、今回の中間考査の成績上位20名の発表。そして、その一番上に堂々と載せられている『西宮涼介』の文字。
学年一位、それはこの学園において名誉の証、勝者であることの証明。それ程の栄光であるものを、涼介はこの私立鳳聖学園に入学して以来、一度たりとも他人にその玉座を座らせたことがないのである。
「……まぁ、当然っちゃ当然だな。」
そう言って誇らしそうにしてみせるが、どこかその目は憂いを帯びている。決して自分の一位をひけらかすわけでも、賞賛するわけでもなく、ただ結果として受け入れている。
「まぁこいつは頭おかしいから除外するとして……二位の西園寺さんもすげぇよな…だってずっと二位だろ?きっとすんげぇ努力してきてるんだろうな〜…」
「だね…僕なんか一回二十位以内に入るのがギリギリなのに……」
「万年赤点ギリギリの俺に向かって言うか?」
「今回は涼介のお陰で多少は点数上がったじゃん。」
「言うようになったなお前も!!!」
先程までの涼介の話題とは一転、今度は二位の生徒の話題で一真と裕太の二人は盛り上がっているが、その熱量に反比例するように、涼介の表情は段々と薄暗くなっていく。
「……西園寺…真希…」
絞り出すようにして涼介の口から出たその名前に一真だけは思わず反応する。
「……どうした?涼介?西園寺さんの名前出した途端そんな暗い顔して…まさか…!」
「……!?」
突如、何かハッとしたように一真は涼介を向いた。何か察せられてはまずいものがあるかのように、涼介はビクッと背筋を伸ばし、固唾を飲む。
そんなことも気にもとめず、一真は涼介の方にビシッと指を指し、声を荒らげて言う。
「お前まさか…西園寺さんの元カレとかじゃねぇだろうな!?!?」
一真のトンデモ仮説に涼介は数秒程度思考が停止し、目も口も開きっぱなしで完全に静止してしまったが、そこは涼介、直ぐに再起動するや否や、いつもの冷淡な呆れ顔で裕太を呼び寄せる。
「はい解散、行くぞ裕太。」
「一真……その仮説は無理があるって…」
「なんでだよ!?どう考えてもそれ以外無いだろ!?」
「いいから、さっさと行くぞ。」
そう言って涼介はいつもの表情を取り戻し、少し早めの足取りで教室へと向かうが、目に見てわかるほどにその足取りはいつもとは違っていた。
「……元カレだったら…まだマシだったかもな…」
そんなことをポツリと残し、涼介は二人を置き去るように教室へと向かう。その言葉一つに、抱えきれないほどの意味を背負わせて。
―――
一方、先程一真と裕太が話題に出していた『西園寺さん』もまた、廊下に掲示されている成績発表の表を見ている。
掲示板の前に立ちすくんでいる彼女。
腰の長さまで伸びた整えられている黒髪が外気によって揺れる。その佇まい一つでも、彼女が育ってきた環境がいかに高貴なものであったかを示している。
彼女の名は、西園寺真希、江戸の頃より続く華族の家系、西園寺家の跡取りである。
そんな彼女は、一真と裕太が言っていた通り、本来なら誇るべき名誉である『学年二位』の称号をこの学園に入学して以来から我がものにしているのだが、その表情は明らかに喜んでいるとは言い難いものであった。
「……また、二位ですか…」
二位の位置に堂々と記されている『西園寺真希』の文字を見て、彼女は弱々しく呟く。どれだけ努力しても、彼には絶対に届かない。そう思っていても、この結果には彼女にとって堪えるものがあった。
そして、次第にその視線はひとつ上の『西宮涼介』の文字に吸い寄せられていく。
「……あの方は、また一位なのですね…」
彼女の指が、ほんの一瞬だけ『西宮涼介』に伸びていく。しかし、思いとどまったのか、すぐに手を定位置に戻した後、俯いて呟く。
「……また、お父様に……」
そんなことをポツリと残して、彼女の足取りは教室へと向いた。
「……行きましょう、私には…関係の無いこと……」
そう言い聞かせ、彼女は教室へと向かう。しかし、その足取りは誰がどう見ても動揺を孕んだものだった。
歩いていくうちにも、自分でもはっきりと理解できるほどに息が乱れ、二位という事実を未だ受け止めきれずにいた。
「西園寺さんまた二位!?すごいじゃん!」
「…え?…えぇ…」
憔悴しきっていた真希に突如、横から飛び出してくるや否や、賞賛の言葉を浴びせるクラスメイト。彼女たちはきっと、心の底から真希を尊敬し、そして今回の結果を見て賞賛を浴びせるに至ったのだろう。
当然、彼女はそれを理解している。それ故に、彼女はぎこちない笑顔でしか対応できなかった。
「え…えぇ…皆様もご健闘なさっていますわ…」
「そんなこと言って〜西園寺さんには勝てないよ〜」
「そんな……ことは…」
「……?西園寺さん?大丈夫?」
真希の明らかな表情の変化に、クラスメイトたちは心配の言葉を投げかける。
「……いえ、なんでもありませんわ。お気になさらないでください。」
「そ…そっか…」
なんとなく気まずさを覚えたクラスメイトたちは、逃げるようにしてその場から立ち去ってしまう。
その場に一人残された真希もまた、教室に向かって行く。一向に震えが収まらない足の震えを無理やり押さえ込みながら、一歩ずつ教室へと足取りを進めていく。
「なぁ〜涼介〜西園寺さんと何があったか教えてくれよ〜」
「……一真…ほんとにそれ以上踏み込むのは不味くないかなぁ…?」
「……」
真希の進行方向から聞こえてくる話し声、いつもなら気にするようなことでもなかった。しかし、今日だけは事情が違う。
「……もういいだろ一真、俺はあいつと…西園寺真希となんの関係もない。」
たった今、真希の真横を通過していった一人の男子生徒がそんなことを呟く。間違いなく、彼は西宮涼介そのものだった。一番会いたくて、一番会いたくなかった人。
「……ぁ……西宮…君…」
淡々と去っていく涼介に、一番気にしているはずの涼介に「関係ない」などと言われ、真希はなんと言っていいのか分からず、声にならない声を捻り出してしまう。
当然、そんなか細い声に涼介は反応することも無く、一真と裕太を連れてスタスタと歩いていってしまう。
「待って…ください……」
ほんの一瞬だけ、涼介の足が止まる。意識的に聞こうとしていなかった真希の声が、聞きたくもなかった真希の声が、 絶対に聞こえないはずの声量なのに、涼介の耳にその言葉が深く刻み込まれた。
「…っ」
「……涼介?」
「…大丈夫…?」
「……なんでもない、置いてくぞ。」
そうして涼介はまた、自分の本心を抑え込むようにして、一真たちを突き放すように歩いていった。しかし、その足取りは涼介らしからぬ動揺を孕んだ足取りであった。
「ぁ……」
どんどんと小さくなっていく涼介たちの背中を真希は眺めることしか出来なかった。
「…どうして…私はいつもあなたの下なのですか…」
悲痛混じりで出力されたその声は、誰の耳にも届くことなく、人混みのある廊下で虚しく反芻するだけだった。
「…どうして…私ばっかり…」




