第2話:放課後デートっていいよね。わかる。
「そうだ涼介、放課後暇だから寄り道しようよ。」
休み時間の終わり際に、突如として静音に言われた突拍子もない発言に、涼介は困惑の表情を浮かべる。
「……放課後…?別に暇だし良いけど…」
「それじゃ決まりだね、放課後、校門で待ってるから。」
「えぇ…?」
静音によって半ば強引に決定された涼介は、ただ席に戻っていく静音の背中を唖然として眺めることしかできなかった。
――
「ごめん…!遅れた…!」
ゼェゼェと息を切らせながら静音の元に走ってくる涼介を見て、少し微笑みを浮かべるが、それはそれとして不服そうに頬を膨らませ、涼介をキッと睨みつける。
「むー…遅かった…」
「ごめんって…ちょっと呼び出し食らってただけだから…」
「また…?中等部の時からそうだったじゃん…ちゃんと気をつけてよ?」
「わかったわかった…次は気をつける…」
わかっているのかいないのかよく分からない曖昧な返事をする涼介に、苛立ちを覚えた静音は、涼介の背中を強く叩く。
「痛っ…!?」
「ふん」
「そこまで強くせんでもええでしょう…」
強く鼻を鳴らしながらスタスタと歩いていく静音の背中を、涼介は置いてかれまいと必死で追いかけていく。
「……あ、ゲーセンだ。」
「……お、ほんとじゃん、行こうぜ。」
寄り道途中、不意に見つけたゲームセンターに吸い込まれるように涼介と静音は入って行った。
「ゲーセンなんて来たの何年ぶりだよ…今日そんなに金無いけど…?」
「だね、涼介、お金はよろしく。」
「なんで俺に払わせる前提なんですかねぇ。」
文句を垂れながらも、涼介はゲームセンターの中を見ていく。
店内は非常に賑わっており、クレーンゲームのアームの駆動音、ありとあらゆるゲームのBGM、効果音などが激しく主張し、会話さえも掻き消されそうな喧騒がその空間を包んでいた。
そんな中、静音がある一つのクレーンゲームの台を見つけ、景品である猫のぬいぐるみを眺める。
「……?なんかあった…?」
一心にそのぬいぐるみだけを眺めていた静音に、涼介は思わず呼びかけてしまうが、その声に反応した静音が、突如白々しくぬいぐるみと涼介を交互に見つめながら話す。
「……あーあー、涼介がこのでかいぬいぐるみ取ってくれたらすごく惚れるのになー、あーあー。」
「……やれと?」
ただ、無言の圧をかける。「早くぬいぐるみを取れ」と、急かしているかのように、静音の瞳が涼介をまっすぐ見つめる。
「……あぁもうわかった…わかったから…やるよ…」
「よしっ」
その圧に負けてしまい、渋々と台に向かう涼介、それを満足気な静音が、クレーンゲームの台と向かい合う涼介を見つめる。
「……やってやるよ。あのでかいの取ればいいんだろ?」
「頑張って涼介の彼女、喜ばせてね。」
「自分で言うか?それ?つかなんでこんなにクソでかいんだよ…こんな質量のもん持ち上げれるか…」
「ほらほら、がんばれがんばれ。」
何回か百円を投入し、その度に正確な手さばきでクレーンを動かし、ぬいぐるみをホールドする。しかしその度に、ぬいぐるみの自重にクレーンが耐えられなくなり、重力に従って落下する。その度に涼介の額にシワが一本、また一本と増えていく。
「……ちィッ…いつもいい所で落ちやがる…」
ぬいぐるみが自重で落下する度に、涼介の口から舌打ちが漏れ出て、表情を歪ませる。
「ほーら〜彼女に良いとこ見せてあげないと〜」
「……はいもういいです本気出します」
あまりにも出口に入ろうとしないぬいぐるみに、涼介の堪忍袋の緒がプッツンと切れたのか、涼介は一言も喋らなくなり、クレーンゲームのアームと対話するかのように、寸分の狂いもなくレバーを操作していった。
「はい鹵獲。」
涼介がキレ始めた途端、あまりにも鮮やかに、そして息をつく暇がないほどに素早く手に入れられたぬいぐるみは、涼介の手から静音に大事そうに渡された。
「……ほんとに取っちゃった…けどまぁ…ありがとね。」
静音が見せた、あまりにも無邪気な笑顔に、思わず涼介はきゅんとしてしまい、表情筋が緩み、口角が上がっていってしまう。
「ぅ……かわいい…」
「…お?何か言った…?今かわいいって…」
「あぁもう……ほら、お前のぬいぐるみ取ってやったんだ。少しくらい俺に付き合え。」
振り払うように話を変えた涼介は、ニヤリとした笑みを浮かべながら、目についた格闘ゲームの台を指さす。
「格ゲー?いいよ。言っとくけど私、強いから。」
「あ、そう。その『強い』が俺に通用するといいな。」
売り言葉に買い言葉という言葉を体現するように、静音の煽り言葉に、そのまま涼介は煽り言葉をぶつけ、向かい合うように台に座った。
「さてさて……私がよく使ってたこいつで…」
「……俺ほぼ初見なんすけどね…」
それぞれがキャラクター選択し、いよいよ戦いの火蓋が切られようとしていた。
「ちょっ…まっ…強…強くない…?涼介強くない…?」
対戦開始してからほんのわずかの時間で、静音は圧倒的不利に追い込まれていた。
恐ろしいくらいに計算され尽くされた攻撃で、涼介は先程のクレーンゲームの鬱憤を晴らすように、徹底的に静音を追い詰めていく。
「……上…左…空スマからのコンボ決めて半秒待機…」
「何ブツブツ言ってんの…!」
「……カウンター決めて…ノックバック先攻撃置きーの…」
「待って…負ける…許して…」
「はいトドメ。」
静音の降伏とも取れる宣言を聞いてもなお、涼介は攻撃の手を緩めることなく、トドメへと一直線に向かっていく。
『KO!』
「……えぇ…?何このワンサイドゲーム…?私強かったんだよ…?親戚が家に集まった時負け無しだったんだよ…?なんなら涼介初見でしょ…?」
「俺の方が強かった。それだけだよ。てなわけで、なんか奢ってもらおうか。」
「む〜……わかった…」
「聞き分けのいいこと。」
不服そうに頬を膨らませながらも、なんだかんだ奢りを受け入れてくれた静音を後目に、涼介は満足げに歩き出していく。
ゲームセンターを出た後、涼介達は大通りを道なりに歩いていって、ふと目に付いたカフェに入店して行った。
「いらっしゃいませ。二名様ですね。お席にご案内いたします。」
店員に案内されるがままに、窓側の席へと導かれた涼介達は、そのまま座り、メニュー表をみながら何を頼もうかと考える。
「何頼むの?私はケーキでいいかな。」
「でかいパフェ」
「……やっぱ涼介って甘党だよね。」
「お黙り。俺は甘いもの食ってかなきゃ生きていけないの。」
「それはまぁ…同意するけど…すいませーん。」
静音が店員を呼んだ。それに呼応するように、数十秒経過した後に、若い女性店員が静音達の注文を取りに来た。
「ご注文お伺いします。」
「ショートケーキと…あとこのパフェ一つずつ。」
「かしこまりました。ご注文繰り返します。ショートケーキおひとつと、チョコレートパフェがおひとつでお間違いないですね?」
「はい。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
注文を取った店員が、静音と涼介をちらりと見た後、何かを察したように、生ぬる〜い視線で二人を眺め、そのまますっとカウンターに向かう。
「……あの人、絶対邪魔しちゃだめだって思ってたよね。」
「……わかってた上で注文取りに来たか…あるいは…単に知らなかったか…よく考えなくても別にどっちでもいいだろ…」
「良くないよ、私たち付き合ってるんだからちゃんとアピールしてかないと。」
「全く言ってる意味がわからん…」
「……ほんと、涼介って女心をわかってないよね…」
「あいにく必修科目じゃなかったんでね。」
そんな他愛もない適当な雑談がスムーズなキャッチボールのように、話題が出ては消えを繰り返していくうち、涼介達の頼んだ品が涼介達のテーブルに運ばれる。
「さてさて…静音さんの奢りじゃないらしいですか…?」
涼介の茶化すような言い草に、静音は少し不満をあらわにし、涼介に突っかかる。
「……うっさい…早く食べて…」
「こりゃ失敬。いただきます。」
いつものように適当に受け流した涼介は、手元のスプーンでパフェを食べ進めていく。
「ッ〜…!やっぱこれだね…この糖分が脳みそに直接ぶっ込まれる感じ…」
一方、静音は不満げにケーキを食べ進めていく。
「……?あいつ…確か…」
ふと涼介が窓の外を見る、そこにはランニングをしているクラスメイトの姿が。
ふわっとした少し茶色がかった髪をなびかせ、汗を流しながらも優美に走り去っていくその姿は、惹き付けられるような魅力を、あの一瞬で涼介は感じた。
「……ストイックだな…自分をかわいく見せるためだけに…」
「……なーにほかの女子見てんのよ。」
「……あ、えっと…ごめん。」
静音のその発言にふと我に返り、
「……ふん、言っとくけど、彼女っていう生き物は大なり小なり独占欲がある生き物なんだから、そこ注意。」
「はぁい。」
わかったのかわかってないのか曖昧な返事をして、涼介は再びパフェを食べ進めていく。
(……またほかの女子見てた……もう…私が彼女だってこと、涼介にわからせてやるんだから…!)
突如、静音の思考内に電流が走る。その思いつきはおそらくしょうもないことだが、静音本人にとっては非常に重大なことだった。
「……ねぇ、涼介。」
「はい?」
「あーん。」
口を開けろと言わんばかりにケーキの一部分が刺さったフォークを差し出す。当然、静音がさっきまで口に入れていたものである。
「!?!?」
「どうしたの?涼介?ほら、あーん。」
「へ…?あ…?ん…?」
困惑に困惑をミルフィーユした涼介は思考を加速させる。
(待て待て待て待て落ち着け……へ?待って…?静音さん…!?これ…堂々と関接キスさせようとしてますよね…!?!?さっきまでそのフォーク口の中入ってましたよね…!?)
「ほら、早く。」
どんどんと加速していく涼介の思考と反比例するかのように、静音の差し出したフォークが涼介の口に近づいていく。ひとつ、またひとつと、涼介の口に入れようとせんばかりに、じっくりと距離を縮めていく。まるで「早く口を開けろ」と言わんばかりの圧を放ちながら。
「あ……あ〜ん」
「ん。」
恐る恐る口を開けた涼介を見て、これ幸いと静音はフォークを涼介の口の中に入れる。
口に入ったいちごのショートケーキ。程よく甘い生クリームといちごの酸味がミックスして実に味わい深い味覚を生み出す。しかし、今回ばかりはいちごの酸味よりも生クリームの甘味よりも先になんとも言い難い甘い味覚が舌に襲いかかった。
「……甘…」
確かに甘い、店で作られたケーキということもあり、かなりクオリティが高い。しかしそれ以上にこの場の空気が甘すぎる、彼女にフォークを差し出されて間接キスという、余りにもテンプレート的な流れであるのだが、実際に食らってみるとここまで甘いものなのかと、涼介は初めて実感した。
「でしょ。ここのケーキ美味しいらしいから。」
ふんと鼻を鳴らしながらドヤ顔する静音とは対称に、涼介はなんとも言い難い羞恥心に晒されていた。クーラーが効いてるはずの店内の気温がやけに高い気がするのは、自分が恥ずかしいと認識しているからなのか。あるいは店内のあちらこちらから向けられるなんとも言い難い生ぬる〜い視線からか。
「……」
「……」
その後、互いに何も言わず、なんとも言えない気まずい空気の中で二人はそれぞれパフェとケーキを食べ進めていく。
その後、静音に代金を奢らせた上で二人は退店した。
「ふぅ…ゴチでした。静音さん。」
「はぁ…次はこんなことないからね。」
「わかってるよ。」
ぬいぐるみを抱えながらはぁとため息をつく静音の隣を、涼介がとぼとぼと並んで歩いていく。
――
「じゃ、私家ここだから。」
日も落ちきり、空を暗闇が覆うようになって、静音は目の前にそびえ立つマンションの前で、ふと涼介の方を向き直り、そのまま解散するように別れる。
「そっか、じゃ、また明日。」
涼介もまた、別れのあいさつを告げ、静音に背を向けながら手を振ってそのまま家に向かって歩き出していく。
その去りゆく背中を眺めていた静音は、なんとなく寂しさのようなものを感じ、思わず涼介を引き止めてしまう。
「あ…涼介ちょっと待って。」
「?」
「……改めて、ぬいぐるみ、ありがとね、大事にする。」
大事そうにぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、幸せそうな笑みを浮かべながら涼介に感謝の言葉を述べる静音に、涼介は思わず照れくさそうに目を逸らす。
「いや…別に…取れって言われたから取っただけだし…」
「ん〜…?涼介、照れてる?」
ニヤニヤした表情をしながら涼介の視界内に入ってこようとする静音を、涼介は力任せに抑え込んで、やや怒気のこもった声で押しのける。
「あぁもううるさい…!もうこんな時間だろ…!早く帰れ…!」
その言葉を聞いた静音は、ニヤニヤとした笑みをやめないまま、そのままスタスタと歩いていってしまった。
「ふふっ…まだ明日…だからね。」
背中越しにスタスタと去っていく涼介を感じながら、静音はボソッと呟いた、意地悪そうな笑みを浮かべつつ、少し寂しそうに。
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