第1話:欲望には抗えんよね…
なぜ学校行きながら書かねばならないのか
入学式からおよそ一週間が経過した。
由緒正しき鳳聖学園の桜並木を、才能の原石を持った若き学生達が通ってゆく、彼らの中には、友達と談笑しながら向かっていくものもいれば、「そういえば課題やってねぇ!」と走って教室へと向かう者、といったように、皆が一様に古くからの歴史を持つ学び舎へと向かう。
「おはよ、涼介。」
「あぁ、おはよ静音。」
涼介と静音とて例外ではなく、二人は横一列に並び、手を繋ぐことや、腕に抱きつくことこそしないものの、しっかりと私たち付き合ってますよと言わんばかりのアピールを全方向にばら撒きながら、軽い足取りで校舎へと向かう。
「……そういえば涼介、昨日の夜からずっとゲームしてたでしょ?」
「……イヤーソンナコトアルワケナイジャナイデスカー」
図星かのように、涼介はカタコトで否定した後に、静音からそっと視線を逸らす。それを見た静音はスゥッと目を細めた後、呆れたような声色で問い詰める。
「……はぁ…嘘ばっかり、私知ってるから、涼介が深夜にログインしてそこから数時間ぶっ通しでやってたこと。」
「……」
かなり図星だった。というか身に覚えしか無かった。確かに昨日、涼介は午後十時からオンラインゲームにログインし、そこから数時間はぶっ通しでプレイし、あまつさえ寝落ちするまでやっていた。合計プレイ時間、実に六時間である。
しかし、涼介は疑問を抱いていた。なぜ彼女が俺のゲーム時間の詳細を知っている?と、そもそもなぜ彼女にログイン通知が行っているのか?と。
「……ちょっと待てよ、俺がめちゃくちゃオンラインゲームやってたことは認めよう。けど、なんで静音が知ってる?」
その疑念を真正面からぶつけるように、涼介は静音に問いかける。帰ってきた答えは、一番単純明快で、一番意味のわからない答えだった。
「あぁ、だって私もやってたもん。」
さも当然かのような素振りで、指をピースしながらその事実を言う静音に、涼介は。
「お前も人のこと言えねぇじゃねぇかよ……」
かなり呆れていた。当然である。
「仕方ないじゃん、新イベント来たんだもん。涼介もやってたんでしょ?」
「う…そうだけどさぁ…」
「ほらほら、やっぱりイベント周回してたんじゃん〜」
涼介の図星に追い打ちをかけるかのごとく、右肘で涼介の脇腹の辺りをぐりぐりと押す。
「仕方ないだろ…今回のキャラのキャラデザ良すぎるんだよ…」
そういうや否や、涼介は爆速で止まる気配を見せないゲームへの恨み言(?)を始めた。
「そもそも今回のイベなんなんだよ……イースターだからうさぎ…?冗談じゃない…!うさぎなら無条件に可愛いに決まってんだろ…!しかも俺の推し出しやがって…!ハーフアニバーサリーでの悲劇まだ恨んでるからな…!!キャラデザが良いのは当然として性能もバケモンってなんなんだよ…!引くしかないだろ普通…!ハフバの恨み晴らす為だけに貯めてた二天分の石なんでこんな所で使わなきゃ行けねぇんだよ…!お陰で二百連で完凸しましたありがとうございます!!!だいたいさぁ…配布キャラの性能も普通に使えるし…俺の推しバチくそに特攻ついてるせいで周回もクソ楽だし…そもそもどいつもこいつもキャラデザ良すぎるせいで普通に他のピックアップガチャ引こうとしたもん…!耐えたけど!ハフバの恨み晴らす為だけに耐えたけど!おのれ許さんぞ運営…!こんな可愛い推し出しやがって…ありがとうこざいます…!!」
涼介による長ーい恨み言(?)が終わり、少しスッとした涼介は、先程までの疲れはどこへやら、途端にニッコニコな笑顔となり、校舎に向かっていくが、一方の静音は。
「ふぅん…?彼女が真隣に居る中で推し語りするの……?」
推しへの嫉妬心か、あるいは単に少しイラッときたのか、表情筋を笑顔で固定したまま、半目で涼介のことをじとーっと見つめる。
その視線を感知してしまった涼介は、ニコニコ笑顔を保ちながら、恐ろしい勢いで冷や汗をダラダラ垂らす。
「…いや、あのですね…その…」
必死で弁明しようとする涼介を見て、さらに目を細めて行く静音に、涼介はどうすることも出来なくなってしまい、もはや謝るしか誠意を見せる手段は無くなってしまった。
「……すいませんでした…」
地面とほぼ平行と言ってもいい角度で頭を下げて、謝罪の言葉を述べた涼介だったが、その姿を見ても少し不服なのか、静音は自分の髪の先をくるくると弄りながらボソッと呟く。
「……浮気禁止。」
「ごふっ…!」
目の前で浮気禁止と言う、ある種の独占欲ありますよ宣言をされた涼介はどうすることも出来ないまま、色んな感情にもみくちゃにされて吹き出すことしかできなかった。
―――
「……うへ〜…食堂人多すぎん…?朝の通勤電車じゃねえんだから…」
涼介は目の前の圧倒的人口密度に、たじろぐことしか出来なかった。四時間目が終わり、昼休憩となった涼介は、友達たちを連れ、食堂へと向かったのだが、入口に着いた時点で分かるほどには、そこは既に生徒達でほとんど埋め尽くされており、パッと見では涼介達が座れるようなスペースは無いように感じた。
「……いや、涼介、あそこに三人くらいなら座れそうなスペースがある。」
「よーしよく見つけてくれた。何がなんでも確保しに行くぞ。」
友達の最大級の助言により、席を発見した涼介達一行は席を鹵獲すべく、足早にテーブルへと向かった。
「あっぶねぇ…さすがに立ち食いはできないって…」
「だね…」
「ほら、荷物置いて食券買いに行こうぜ、早くしねぇと昼休憩終わっちまう。」
そう言ってそそくさと席取り用の荷物を置きつつ、涼介達は食券を求め、入口付近にある食券機へと向かう。
「……まぁ何となく予想はしてたけどさ…クソ多いなこの学校の学食…券売機二台分って相当だぞ…?」
当然と言えば当然であるが、この鳳聖学園は、日本国内でも類を見ない程の超進学校であり、莫大な額がこの学校で動いている。そしてそのお金は設備や維持、サービスの追加などに使われる。その結果、鳳聖学園は学食のメニューの種類すらも大変なことになっており、ラーメンやカレーと言った定番のメニューから、ビーフストロガノフやトムヤンクンなどといった、「え?そんなもん学食にあるの?」といったメニューもあってしまう。
そういった理由で、莫大なメニューが存在している中からひとつを取捨選択するというのは食べ盛りの学生にとってあまりにもハードルが高いことのように感じるが……
「俺は〜…カルボナーラでいいか…」
「僕は麻婆豆腐にするよ。」
そんなハードルすらもぶち壊すかのように涼介の友人二人は平然と瞬間に決断を下した。
カルボナーラを選んだ方は三宮一真、涼介よりも少し高い身長に黒髪のオールバックと、威圧感のある見た目をしている彼は、その見た目のせいで女子や一部の男子からは煙たがられているが、中身はただただ適当で、ノリと勢いのみでこの世の全てを生き抜いてきたような一般学生であり、涼介とも、なんとなく苗字が似ているとかいう訳の分からない理由で友達になり、それ以降涼介とは中等部一年生の頃からの友達である。
そして麻婆豆腐を選んだ方は、宮園裕太、中性的な顔立ちに色素の薄い茶色の髪をもった彼は、学園でも屈指のイケメンとして、入学して早々同学年先輩問わずに告白されまくってるとかいう彼だが、そもそも人と会話するのが苦手であり、度重なる告白も全てタジタジになりながらも断ってきたらしい。
そんな彼だが、入学して早々に一真に強引に押し切られるような形で涼介と付き合うようになり、今では一真と同じく中等部一年の頃からの友達である。
「えぇ…?お前ら決めるの早すぎん…?」
「いいか?涼介、俺たちが決めるのが早いんじゃない。お前が遅すぎるんだよ。」
「かれこれ数分はここで立ち止まってるからね涼介…僕たち先にテーブル行ってるね…」
「待って待って寂しい俺をここに置いていくな」
そう二人に言われて気が動転した涼介は、よく券売機のボタンを確認しないまま、適当にお金を入れ、適当にノールックでボタンを押し、出てきた券をよく確認しないままカウンターに渡す。その結果、届いてしまったものは……
「……うへぇ…やらかした…」
『超絶ハイパーマイティーマキシマムライジングパーフェクトアルティメットエクストリームドラゴニック家系ラーメン』、鳳聖学園に古くから存在する、「鳳聖学園誰が食えんねん大賞」万年ナンバーワンのバカ料理である。お値段980円。
「はい終わった〜ちゃんと食いきれよ涼介〜」
「……うわっ…」
その、料理と言うにはあまりにも盛られすぎているものを見て、一真は茶化すように食えと言い、裕太はあまりの量の多さに絶句する。
「……こんちくしょォ!食ってやるよ!!いただきまぁす!」
そう悲鳴混じりの奇声を発しながら、涼介は手元の割り箸をいい感じに割り、そのまま丼の中に突っ込む。しかし、その時に感じてしまった『違和感』。
「……おい、麺、どこだ…?」
「「……!?」」
そう、どれだけ発掘を進めていっても、出てくるのは野菜ばかりなのである。既に何口か野菜を食べた上で、麺が影も形も見えないのである。
「……あれ、涼介達だ。何食べてんのかな…?」
涼介が超絶以下略家系ラーメンの攻略に苦しんでいる中、偶然にも涼介の視界内に静音が入り込み、静音もまた、涼介を見つけて視界内に捕える。結果、ラーメンを頬張っている涼介と食べ終わってデザートを買いに行こうとしてる静音が見つめ合うというなんとも訳の分からない状況になっている。
「ちイッ…いくら食べても減る気がしない…」
「何食べてんの?涼介」
「…静音…!?助けて…」
あまりの量の多さに絶望した涼介は、藁にもすがるような思いでちょうど通りがかった静音に助けを求める。
「……あぁ〜…それか〜…少しくらいなら食べてあげてもいいけど…?」
「……まじっ!?…ヴォエッ…ゲホッゴホッ…!」
「……涼介…?大丈夫?」
「大丈夫…まじで大丈夫…」
具材を一気にかき込んだことで一気にむせかえった涼介を心配するように、静音は涼介の向かい側に座る。
「てか……本当に食べきれんの…?涼介と一緒とはいえこの量はキツくね…?」
「……同感。涼介は言わずもがなだし…七条さんはさっきご飯食べ終わったばかりだろうし…」
そんな二人を眺め、一抹の不安を持った一真と裕太は静音らに問いかけるが、静音は気にもとめないかのように割り箸をいい感じに割って食べ進めはじめた。涼介はそもそも話せる状況下ではない。
「…うわっ……結構多いね…」
静かにそう言って、静音は少し箸の進めるペースを少し落とすが、ここで静音は一つの事実に気がついてしまう。
(……待って?…これ、涼介と同じ皿だよね…?しかも結構箸ぶつかっちゃってるよ…?もしかしてこれ…間接キスってやつじゃ……)
その事実に気づいてしまった静音は、突如として顔を赤くして、急激に箸を進めるペースを落とす。涼介はやっぱり話せる状況下ではない。
そして、完全に冷静さを失った静音に火力の高い追撃を食らわせる一真。
「うーん……やっぱさ、涼介と静音、付き合ってんの?」
「「……!?」」
一真による戦略兵器級の一言により、涼介と静音の両方が、思わず口に含んでいたラーメンを吹き出してしまう。
「いや…そうだけど…!そうじゃなくて…なんというか…!」
「付き合ってる…!付き合ってるけど…!その…あの…!」
完全に意識の範囲外から一撃を食らった涼介は気が動転し、たどたどしく返答を返してしまう。
静音もまた、いつもの状況下なら「うん、私たち付き合ってるよ。」と、冷静に凛とした態度で返すものの、今回ばかりは、涼介と間接キスしてしまったという事実が先行してしまったがために、涼介と同じくたどたどしい返答をしてしまった。
「……あ〜うん…裕太、夫婦団欒の時間だし俺たちはお暇しようぜ…」
「……そう…だね…じゃ、また次の時間にでも…」
「待って…!待って…!置いてくな…!友達を見捨てる気か貴様らァァ…!」
そんな涼介の雄叫びも虚しく、一真たちはそそくさと逃げるようにして食堂から退散していった。結果、残されたのは涼介と静音のみ。
「……あ〜…えっと…静音…?水…取ってこようか…?」
「…うん…お願い…」
そう言われた以上、涼介は二人分の水を取りに行く。
「……はぁ…」
とぼとぼと冷水機に向かいつつ、涼介は一人自己嫌悪に陥る。
(……俺っていっつもこうだな…結局最後まで迷って、迷った末に適当に選んで…最悪の結末に至って…他人すら巻き込んでしまう……あの時からなんも変わっちゃいねぇや…)
考えれば考えるほどに自己嫌悪が加速していき、そしてあまつさえ忘れておきたかった過去の記憶さえも――
「……ちっ」
封じていたはずの過去を少しばかり思い出してしまい、反射的に舌打ちを打ってしまった涼介は、無理やり忘れようとするかのようにぶんぶんと首を振り、冷水機から二人分の水を入れ、そのままテーブルへと戻る。
「ごめん…待たせた……え…」
二人分のコップを手に持ち、テーブルに戻った涼介だったが、その衝撃的な光景を見て、思わず口を大きく開けたままフリーズしてしまった。
「……うん……意外とペロッといけるんだね……あ、水取ってきてくれたんだ、ありがと。」
「待って待って待って…!?え?あのまだ結構残ってたラーメンは?」
さらっと静音が放ったその衝撃の一言に困惑を覚えたものの、無事に再起動を果たした涼介は少し悲鳴混じりで静音に問いかける。
「あれは…涼介が水取ってきてる間に食べきれちゃった。」
「!?!?」
ケロッとした面持ちで言われたその言葉に、またも涼介はフリーズしそうになる。
それも当然のことであり、涼介が冷水機に向かい、二人分の水を取ってきてからテーブルに戻ってくるまでおよそ七分くらいの話である。そしてその七分間で、あろうことに静音は、そのスレンダーな体型のどこに入るんだって量は残っていそうなラーメンを、汁すら残さずに食べきってしまった。
「……どうしたの?そんなに驚いて…?もしかして知らなかった?私、こう見えても結構食べるほうだから。」
そう言いきった後、静音は微笑んでみせた。その妖艶な微笑みに思わず涼介はドキッとしてしまう。
「……そ、そうですか……」
「むしろ、こっちの方が驚いてるよ。涼介、少食なのにあんなデカい料理頼むなんて。」
「あれは…なんで言うか…その…」
当然、言えるはずもなかった。『友達が先に決めちゃったから置いてかれないがためにノールックに適当に選んで、その結果がこれ。』とかいうものすごくダサすぎることなんか言えるはずがなかった。
「ふーん…?」
そんな何かを隠そうとしている涼介を目を細めて疑いの視線で見つめる静音。その視線にいてもたっても居られなくなったのか、涼介は強引に話を逸らす。
「あぁもういいだろ!はい食べ終わった!片付けてさっさと教室戻ろうぜ!」
どこか慌ただしく静音を急かせている涼介に、どこか懐かしい幼さを感じた静音は、口角が緩みに緩んでしまい、微笑みがこぼれてしまう。
「……ふふ、そうだね。」
慌ただしい涼介の背中を眺めている静音は、どこか楽しそうで、どこか懐かしむようでもあった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。よろしければ一言感想、ブクマなどよろしくお願いします。