第7話 沈黙の余波
《スカルズ視点》
リスポーン直後、スカルズのメンバー、ユーグは無言だった。リスポーン地点に立ち尽くす彼の表情には、普段の軽口やふてぶてしさは微塵もなかった。
初期装備のままの手元には、傷んだショートソードと皮の鎧。あの村で稼いだはずの戦利品も、得た経験値も、結果的に全て失った。さらに所持金に至っては半分が消失している。
その横で、ヴェインとロドックが順にリスポーンし、姿を現す。
「……なあ、俺たち、死んだんだよな?」
ヴェインの呟きに、ロドックが無言でうなずいた。
「いや、あれはねぇよ……マジで。農民相手に、三人がかりでやられてんだぞ」
「あれが農民か?的確に弱点をついてくるあの動きが?んなわけねぇだろ!……」
ロドックが苦々しく唇を噛む。
「戦った時の感覚、覚えてるか? 動きが完全に“読み”を前提にしてた。攻撃が遅れると見越して反撃してきた。……あんなの、普通のNPCじゃねぇ」
「……でも、プレイヤーじゃないのは確実だろ?ステータスが見えた。名前は“ライ”。職業は“農民”って書いてあった。間違いない。あいつは確かにNPCだ」
ギルド拠点にあった机を思いっきり蹴り上げてシャオンが吐き捨てる。
「あの時、俺は!!確かに奴にトドメ刺した!間違いなくHPはゼロ。俺の攻撃をモロに喰らって確かに倒れた。……なのに、立ち上がった。ありえねぇ!」
「不死スキルか? いや、農民でそんなのあるわけが──」
「そもそも不死スキルを持ってる敵なんか全体で見てもごく一部だ。農民NPCが持ってるのは考えられねぇ。」
言いながら、ヴェインは既に端末からログを抽出し、報告書をまとめていた。
《報告内容:NPC「ライ」による異常挙動。 致死ダメージ後、即座に反撃。 本来存在しない不死系挙動の可能性あり。 システムの不整合、もしくはバグの懸念。》
「……これ、運営に送っておく」
「運営、動くか?」
「たぶんな。少なくとも報告は目に留まるだろうさ。被害も莫大。これで補填が一切ないなら悪評をばら撒けばいい。」
ユーグがやや苦く笑った。
「そんなこと恥ずかしくて言えねぇよ。農民に殺されたんだぞ、俺ら。ギルドマスターまでやられて」
その言葉に、しばしの沈黙が落ちた。
《ライ視点》
焼け落ちた納屋の前で、ライは立ち止まっていた。
灰色に煤けた木材の山。その傍らには、まだ誰のものとも分からない骨の欠片が散っている。
風が吹き、灰をさらっていく。
村の北側は、まだ火の痕が色濃く残っていた。
「……もう、燃えてねぇんだな」
ぽつりと、誰にも聞こえぬ声で呟いた。
数日前──あの夜のことを思い出す。 血と炎。絶叫と剣戟。死の匂いが辺り一面に満ちていた。
あの混沌の中、自分は確かに一度“殺された”。
いや、殺された“はず”だった。
(……あれは幻覚じゃない。《魂の共鳴》《戦闘続行の心得》。俺は確かに、HP0から立ち上がった)
しかし、どうして?
プレイヤー時代の記憶が正しければ、【戦闘続行】はLv200以上、それに第二次転職を果たした者の中のごく一部しか使えないスキル。
NPC──しかも“農民”として生きている今の自分が、それを発動できるはずがない。
(使えた。でも……どうやって?)
「試すか……?」
指先を見つめる。ナイフでも使えば、自分に傷をつけて確認することはできるかもしれない。
だが、それはあまりにもリスキーだった。
【戦闘続行】はHP0の時に初めて発動するパッシブ系のスキル。仮にあの時の発動が偶然、もしくは幻覚だったら…
「スキル、いや心得の有無を確かめようとして死にましたなんて洒落にならないな。」
ライは首を横に振った。
──他の方法を探すべきだ。
そして脳裏に浮かんだのが、レイヴンだった頃、隠しステータスや隠し称号の能力を確認するために使った『真理の鏡』。
首都ルイン含め、各地の主要都市に存在する、己の“真実”を映し出す鏡。 スキルや所持能力、潜在的な素質まで──全てが明らかになる。
NPCが使えるかは分からない。だが他の選択肢が思い浮かばない以上試すしかない。
どのみち戦いの道を進むなら、農民からさっさと転職しに大きな街へ向かう必要がある。
「……行くしかないか」
だがすぐに、自分の足を止めた。
村がある。
この村には、シェリンがいて、子どもたちがいて、俺を大切にしてくれた奴らが生きている。
スカルズは壊滅させた。 けれど、あれで全てが終わったとは到底思えない。
失った資源を取り返すべく、報復するべく、再襲撃がある可能性は否めない。
(俺が……この村で唯一、戦える)
農民たちじゃ敵わない。もし俺がいなくなって村のみんなが殺されれば、本来の”ライ”の体の持ち主に謝っても謝りきれない。
この現状で、村を離れるわけにはいかない。
──まだ、ここにいるべきだ。
そう、自分に言い聞かせながら、ライは背後の焼けた家屋をもう一度見つめた。
(けど……このままじゃ、ダメだ)
戦うだけじゃ足りない。 何が自分に起きたのか。 なぜ、あの力が使えたのか。 本当に、自分は“NPC”なのか。
その問いに答えを出すには、行かなければならない。
(現状維持では何も変わらない。むしろ状況が悪化する可能性だってある。)
二つの思いが交錯するなか、それでも間違いなくすべきことがあった。
「”ライ”のためにも、NPCのためにも元の体に、レイヴンの体に戻るべきだ。」
俺を殺したあの霊体に会えば何かが変わるのか、現状の手がかりがあまりにもなさすぎる。それでも、何も分からない以上進み続けるしかない。
いつか、必ず。あいつを倒せるくらい強く…
「……その時までに、準備を整えておかねぇとな」
誰にも聞かれないよう、そっと呟いた。
だが──その夜の北の空に、微かな“銀の光”が差していたことに、ライはまだ気づいていなかった。
それは、村へと向かう“審問の目”の予兆だった。