第26話 瞬雷-1
お久しぶりです。学祭の準備が忙しくてしばらく書けてませんでしたが、今日から投稿頻度上げます。
演習場の硬い石畳に、ライの荒い息遣いだけが響いていた。先ほどまで繰り広げられていたジルゼンドとの模擬戦の熱気が、まだ肌に残っている。肩で息をするライに対し、ジルゼンドは木剣を肩に担いだまま、平然とした表情で立っていた。
「この木刀、鉄心入りなんだがな…」
ジルゼンドの声は、乾いた演習場の空気に淡々と響く。その言葉には称賛の色も、あるいは皮肉の色も感じられない。ただ、事実を述べただけという風だった。
「ただお前は技と小手先の技術に頼りすぎだ。それは“弱者”の戦い方…技一つの習得で満足してちゃお前はこれ以上強くなれない」
その言葉は、ようやく掴んだ手応えにわずかな高揚感を覚えていたライの心を、冷水で洗い流すには十分だった。彼は顔を上げ、静かにジルゼンドの目を見据える。そこに宿るのは、戦場を生き抜いてきた者の、揺るぎない眼光。
「なら教えてくれ…強者の戦い方を」
ライの声は、まだ息が整わないせいか少し掠れていたが、その奥には確かな意志が込められていた。
「俺は全てを懸けて学ぶ。どんな無茶な要求だろうと、喰らいついてみせる」
その言葉に嘘はない。
今のライには、かつてのような圧倒的な力も、自由もない。だが、この手で掴み取れるものがあるのなら…どんな泥臭い方法だろうと厭わない。
”この理不尽な運命を、変えるために“
その覚悟だけは、誰にも負けるつもりはなかった。
ジルゼンドは、ライの言葉を黙って聞いていたが、やがてその口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんだように見えた。
「威勢がいいな。そして…いい目だ」
彼は肩に担いでいた木剣をゆっくりと下ろし、刃をライに向ける。
「途中で泣き言を言っても、逃げ出すことは許さんぞ」
「望むところだ」
ライは即答した。
ジルゼンドは満足げに頷くと、ライに背を向け、演習場の外縁へと歩き出す。
「ついてこい。お前に見せてやるものがある」
その背中を追いながら、ライは強く拳を握りしめた。この男から何かを盗み取らなければ、今の自分はここで頭打ちになる。そんな気がした。
ジルゼンドに導かれ、ライが足を踏み入れたのは、訓練所の喧騒から隔絶された私的な訓練場だった。壁には数種類の武器が掛けられ、床には長年使い込まれたであろう鍛錬の跡が刻まれている。中央には一本の太い柱が立ち、道場のような厳粛な空気が漂っていた。
「俺専用の稽古場だ。さて…」
ジルゼンドは道場の中央で足を止め、ゆっくりと振り返った。その顔には、先ほどまでの模擬戦での油断や、演習場での軽い口調はもはやない。ただ、純粋な武人としての気迫だけがそこにあった。
「お前に教えるのは、俺が長年戦場で磨き上げてきた一撃必殺の技。名は“瞬雷”その名の通り、瞬く雷光のごとき速さと、相手に反応する暇を与えぬ無拍子の一閃だ」
「瞬雷……」
ライはその名を反芻する。その二文字が持つ響きに、既に尋常ではない技であることを予感させた。
ジルゼンドは続ける。
「だが、これは単なる剣技ではない。間合いを支配し、相手の殺意の『起こり』を捉え、そこに己の全てを乗せるための動き、その極意だ。故に、まずお前が今まで培ってきた余計なものを一度捨ててもらう」
その言葉と共に、ジルゼンドは壁に立てかけてあった木剣を手に取り、ライにもう一本を投げて寄越す。
「最初の教えだ。よく聞け。『構えるな』『動くな』『考えるな』」
ジルゼンドは、一つ一つの言葉を区切るように、低い声で言った。
「『構え』は、相手に次の一手を読ませる隙となる。
『動き』は、殺意の『起こり』を捉えるための静寂を乱す。そして『思考』は、純粋な反応を鈍らせる」
その教えは、ライがこれまで培ってきた戦闘理論とは大きくかけ離れたものだった。効率的なスキルの連携、最適な攻撃パターン、状況に応じた戦術の構築──それら全てを否定するかのようだ。
(俺を超えるにはいずれやり方を変える必要がある…でも今が“その時”なのか…?)
戸惑いを隠せないライに対し、ジルゼンドは「まずは手本だ」と、木剣を自然体に下ろした。
そして次の瞬間──
ライには何が起こったのか、全く理解できなかった。
ただ、気づいた時には、ジルゼンドの木剣の切っ先が、自らの喉元寸前でピタリと止められていたのだ。
予備動作の「よ」の字も感じさせない、まさに雷光と呼ぶにふさわしい一撃。肌を粟立たせるほどの殺気が、ライの全身を貫いた。
「……これが、『瞬雷』」
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、ライはかろうじて言葉を絞り出す。
「お前の剣には、どこか馴染まぬ“癖”のようなものがあるな」
ジルゼンドは木剣をゆっくりと下ろしながら、ライの動きを観察するように目を細めた。
「効率を求めすぎるというか…どこかで型通りの戦い方を叩き込まれたかのような動きだ。戦場で泥水を啜ってきたにしては、妙に洗練されすぎている。そして今のお前にはかえってその洗練さが枷となっているように見えた」
ジルゼンドはライが元プレイヤーであることなど知る由もない。だが、彼の長年の経験は、ライの戦い方に潜むある種の「異質さ」を感じ取っていた。
「『瞬雷』を学ぶということは、その癖を一度壊し、新たな感覚を身につけるということだ。引き返すならここが最後。覚悟はいいか?」
「………。指南…よろしくお願いします」
ライは額に滲んだ汗を拭い深く一礼する。
この男から盗めるものは、全て盗む。その決意は揺るがなかった。




