第5話 転職-2
《癒しの館》を出たライは、ルシアに伴われ、石畳の街路を進んでいた。
首都ルイン、神殿区。
白大理石の建物が立ち並び、空には透明な光が満ちている。
本来なら、プレイヤーでごった返す時間帯だった。
だが──
通りは、異様なまでに静まり返っていた。
ライとルシアの足音だけが、石畳を打つ。他に、誰もいない。
(……気持ち悪いな)
ライは周囲を見回しながら、警戒心を強めた。
やがて、巨大なドーム型の建物が見えてくる。
《役職登録場》。
光の教会によって運営される、プレイヤーやNPCに職業と力を与える場。
全ての冒険者が最初に立ち寄る──全てのプレイヤーにとっての"出発点"であり、光の教会の権力の大きさを象徴する…彼ら全員を"管理する場"でもある。
入り口に立つ衛兵たちは、ライを見ると無言で敬礼し、道を開けた。
その異様な空気に、ライは確信する。
(……貸切、ってわけか)
誰もいない。
本来、役職登録場は多くの転職希望者たちで溢れかえっているはずだった。
それが、今は──ライ一人のためだけに、完全に封鎖されている。
(俺を見せたくない。あるいは……誰とも接触させたくないのか)
ライは冷ややかに思った。
それだけ、自分という存在が教会に“特別"に思われてる証拠だ。
──ホール中央、宙に浮かぶ《運命の大水晶》。
剥き出しの原石のように荒々しく、それでいてどこまでも透き通った紫の巨大な水晶。“プレイヤーに力を与える”だけあって力強さと神聖さを兼ね備えていた。
ライは、無言でその前に立った。
手を伸ばすと、大水晶が脈動し、幾つもの選択肢が空中に映し出された。今選べるのは基本職だけ。
・剣士
・戦士
・狂戦士
・狩人
・暗殺者
・盗賊
・盾使い
・魔術師
・駆け出し
一つ一つの職業に、対応する色の光が灯っている。ライは、静かにそれらを眺めた。
(剣士。中級剣術の心得を持っている俺には伸び代が少ない)
(戦士。攻防のバランスはいいが、魔法系への適性が削がれる)
(狂戦士。攻撃力特化──低レベルの俺にはちょうどいいが将来性がない。)
(狩人、盾使い、魔術師、それ以外の役職も戦闘スタイルがかけ離れているし…)
一つ一つ、冷静に切り捨てる。
本来、ここで剣士や戦士を選び、さらに剣の道を極めるのが王道であり、最も効率的な成長ルートだろう。
だが、ライには既に心に決めていた役職があった。剣技だけではない、多様な心得が備わっている。優秀な補助心得に光魔術まで。
今、この時点でどの専門職に進んでも、必ず剣術か魔術、どちらかを"切り捨てる"ことになる。
(──俺の今のスキル構成に、最も適している職業)
(それは)
ライの視線が止まる。
──【駆け出し《ノービス》】。
バランス型。突出した補正はない。ステータス上昇の合計値も、特化職に比べれば劣る。デメリットは明白だった。初期段階では戦闘力に伸び悩み、成長しても器用貧乏。
全てのプレイヤーに最初に与えられる職業であり、転職せずにこのまま進めるプレイヤーはほとんどいない。
ただ将来性は何よりも高い。ステータスが偏らずに伸びるので、将来転職した際に自分の持ち味を最大限に活かせるようになる。
そしてノービスからの特殊職業への転職は総合1位、そして4位の俺もかつて歩んだ道だった。
(今の俺には、補正なんて必要ない)
レイヴンとして積み上げた基礎技術。そして、それを引き継いだライとしての心得。
そもそも非戦闘職でここまで戦ってきたことを鑑みれば、無理に職業補正に頼らずとも十分に戦える。
(重要なのは──切り捨てないことだ)
すべてを活かすため。あらゆる可能性を捨てず、未来を見据えるため。
今は、敢えて──
凡庸を選ぶ。
ライは、ためらいなく手を伸ばした。
地味な銀色の光を灯す【ノービス】へ。
指先が触れた瞬間、大水晶が輝きを放つ。
──選択、完了。
「登録確認。あなたの新たな職業は──駆け出しです」
荘厳な声がホールに響く。
同時に、ライの体を包みこむ高揚感。戦闘職になっただけあって全ステータスがわずかに上昇したようだ。
すべてが均等に。どこにも偏らず、どこにも特化せず。
それは、最短距離を目指さない、遠回りな道だった。
それでも…遠回りだからこそ、見えるものがある。
(これでいい)
合理的な選択。
冷静な判断。何もわからない以上できることをやり続けるしかない。
「おめでとうございます。駆け出しを選ばれたのですね」
ルシアが、静かに頭を下げた。
「ああ、ありがとう」
ただ静かに、次の一歩を踏み出すために、拳を握り締めた。




