幕間2 消失
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《アルケイディア・オンライン》に衝撃が走った。
常時数百万人がログインするこの仮想世界の中心で──トップランカーの一人、《レイヴン》の名が、ランキングから突如として消えたのだ。
レイヴンのSNSの音沙汰も、運営からの声明もなし。まるで”レイヴン”など最初からいなかったようだった。
「……バグか? いや、でも運営はなんも言ってないし、レイヴンのSNSもここ数週間全く更新されてない」
「いくら何でも、アカウントそのものが消えるなんて……」
「本人からの声明もないのは変じゃないか…?」
「そもそも垢banされた例なんて聞いたことねーぞ?」
ランキングページには空白が残され、以前そこにあった“RAVEN”の名を知る者たちは動揺し、掲示板やSNSは騒然となった。
数々の異名で呼ばれ、幾多の死地をくぐり抜けた不敗のプレイヤー。
その名が、一夜にして世界から“消える”など、あってはならないはずだった。
トップギルド《ラグナロク》のギルドホール──
石造りの重厚な扉の奥、ギルドマスター席に座していた男が、静かに目を開ける。
ギルドマスター・アルス、燃えるような赤髪に真紅の瞳、全ステータスを攻撃と防御に特化させた攻撃重装型プレイヤー。彼にとって、レイヴンは──唯一、背中を預けられる“好敵手”だった。
レイヴンとは一度たりともギルドを共にしたことはないが、最も数多くの討伐・対人戦で剣を交えた。
「……嘘だろ、レイヴン」
数週間の間、彼のフレンドリストには“オンライン”と表示されていたままだった。
だが今は──その名はどこにもない。
“削除済み”、存在ごと“なかったこと”にされた証明。
「あいつがアカウントbanされるはずがない…何か。何かがあるはずだ…」
鋭い眼差しの奥に、今まで感じたことのない一抹の不安が揺れていた。
◇
その知らせは、レイヴンのかつての“従者”たちにも届いていた。
彼が偶然助け、その才を見出し、信頼を重ね、共に歩んできた四人のNPC。
結界術師──ネロ
中央都市“アラルド”の拠点の奥、結界の維持を一任されていたおっとりとしたエルフの彼女は、報告を見て、ぽつりと呟いた。
「……レイヴン様、どこに行かれたのですか?」
普段は柔らかな微笑みを浮かべている彼女が、そのときだけは瞳を揺らしていた。
結界の魔力がわずかに乱れ、それを胸元に抱き直すことで無理やり安定させる。
「……心配、です」
その部屋に小さな気配が駆け込んでくる。
「ねぇ!…ほんとーにいなくなっちゃったの?」
魔術師──ララ、最年少にして、もっとも無邪気な彼女は、この知らせを受けても最初は笑っていた。
「レイヴンの悪ふざけなんだよね?すぐ戻ってくるんだよね?」
だが、いくら幼い彼女でもネロの深刻な表情を見てすぐに現実を知る。
「……ほんとに、いないの……?」
涙をこらえるように、彼女は魔導書を抱きしめた。
大盾の騎士──ランド
東の拠点防衛に就いていた巨躯の男は、仲間からの報告に目を疑った。
「レイヴン様が…消えただと?」
律儀で、誰よりも誠実な彼は、誰よりも長くその情報と向き合った。
「だが、あの方が……このままいなくなるなど……」
何かある。
そう確信し、彼は武具の手入れを始める。
「次に会う時、私が盾となれぬようでは……」
そして──影使いネーヴァ。
どこかで気配が消えたことに、最初から気づいていた。
闇に潜み、影を歩く彼女は、誰よりもその“不自然な喪失”に早く気づき、黙っていた。
「……気配が、断ち切られた」
彼女は今もその足で、“主”の痕跡を求めて世界の裏側を歩いている。
◇
そして、彼らは薄々勘付いていた。
レイヴンという存在が、単なるログアウトや削除ではなく──
“この世界そのものに取り込まれた”のだということを。
この世界の根幹が揺らぎ始めている。
それを知る者は、まだいない。
──次の異変が起きるまでは。
一章完結です。
次から第二章が始まります。




