第20話 明暗を分ける
【胎動】によってみなぎる力と、【中級剣術】によって拓かれた新たな感覚が、ライの全身を走る。
地面を蹴り、ジェネルへ向かって駆ける。
すでに思考は戦闘のためだけに研ぎ澄まされていた。
──追う。
一歩。 さらに一歩。
ライの剣が、猛追の鋭さでジェネルを押していく。
踏み込み、斬撃、フェイント、捻り、逸らし、跳躍── 動作が加速する。空気が軋む。
(いける……この流れなら──!)
しかし──。
「────認めよう。お前は強い。私の全霊を以てお前を制圧しよう」
そう呟いたジェネルの瞳が、冷ややかに光を宿す。
仮面の奥、その目が微かに閉じられた次の瞬間── ジェネルの手に握られていた銀の細剣が、淡く輝き始めた。その輝きは次第に拡張し、まるで聖光のような後光を帯びながら、刃全体を純白に染め上げていく。
《帰属スキル:白刃一閃》
「……これで終わりだ」
白輝の剣──それは彼女の愛用する武器であり、神聖属性を宿す“対異端専用”の強力な細剣。
その真価たる帰属スキル【白刃一閃】は、術者の精神と刃の軌道を完全に一致させ、時間を一瞬“断ち切る”秘技。
……だが。
ライの動きは、止まらなかった。
(くそっ……このままじゃ、やられる──)
ここで終わるわけにはいかない。
終われるはずがない。
思い出せ── “俺”がかつて放った、無双の一撃。
“レイヴン”が最後まで使っていた、あの剣技を──
(……ッ!)
脳内に焼き付けられた光景。 幾度となく撃ち込んだ軌道。 勝利と敗北を繰り返した、その手の感触。
そのすべてを、無理やり思い出す。
魂に刻まれた”あの構え”を無理やり脳に叩き込む。
魂が焼ける。 記憶が暴れる。 目が、焼けるように痛む──
「……ぅ……ああああああっ!!」
視界が真紅に染まる。
脳がハジける感覚がした。
両目からも、赤い涙が滴った。
だが…
ジェネルの剣技が完成する直前で、システムログが光る。
《【心得:封滅の剣】を会得しました》
手にした《無銘の黒》が唸る。 その刃に、圧縮された闇の奔流が宿った。
かつて“レイヴン”が幾千の戦場で放った、対人の一撃。
無慈悲に、徹底的に、相手の魂を破壊する一閃。
「封滅の……剣──!!」
その剣が放たれた瞬間。
ジェネルの【白刃一閃】が完成する。 刹那、聖なる白光が爆ぜる。
同時に、闇を纏った剣が斬り込む。
“光”と“闇”が激突する──!
空間が軋む音がする。 爆風が吹き荒れ、白銀の殿堂の入口に衝撃が走る。
誰もが動きを止めた。 審問官たちは言葉を失い、見守っていたプレイヤーたちも、その場から動けずにいた。
純白と深黒がぶつかり合い、空間が引き裂かれ、空気が音を失う。
静寂。
白銀の殿堂の前庭には、風の音ひとつない、異様な沈黙が訪れていた。
砕けた床石。 えぐれた地面。 空間に残る、聖なる余波と邪なる残滓。
その中心に──
立っていたのは、ジェネルだった。
細剣《白輝の剣》を逆手に構えたまま、仮面の奥から視線を落とす。
その足元には、膝をつき、項垂れるライの姿があった。
《戦闘続行》によってかろうじて死なずに済んだが満身創痍。
《HP:1/820》
《状態異常:出血(大)、光の奔流》
フードは半ば吹き飛び、ライの血が辺りを赤黒く染めていた。
《無銘の黒》は片腕の下に落ち、刃は地面を割りながら静かに脈動している。
ジェネルは黙って一歩、近づく。
(《不死》残り5秒)
そして、ライの髪を無造作に掴み、顔を無理やり持ち上げた。
「貴様、何者だ」
その声音に怒りはなかった。 だが、鋼のような確信と冷たさだけが込められていた。
(《不死》残り3秒)
「ただの農民が……あのような剣技を使えるはずがない」
ジェネルの言葉に、ライは答えなかった。
血の混じった唾液を喉奥に飲み下し、わずかに片目を開ける。 虚ろな視線の奥で、わずかに瞳が揺れていた。
「……答えるつもりは、ないか」
(《不死》残り1秒)
ジェネルが視線を細めた、その刹那。
──ギリ、と。
ライの指が、《無銘の黒》の柄にわずかに触れた。
「……!」
その動きに反応し、ジェネルがすぐさま身を引く。
次の瞬間。
ライは、傷だらけの身体を無理やり動かし、叫びもなく《無銘の黒》を掴んでいた。 そして、そのまま起き上がるように剣を振り上げ、ジェネルの胴体めがけて渾身の一撃を──
「甘い!」
ジェネルはライを投げ飛ばし、ジェネルの左手が、素早く印を切る。
その指先に光が集まり、爆ぜる。
「《閃光》ッ!」
──ドン!
突如として、ライの視界が閃光で真白に染まる。 次の瞬間、雷鳴のような衝撃と共に、光の奔流が彼の胸元を撃ち抜いた。
悲鳴すら絞り出せないまま、ライの身体は宙を舞い、十数メートルも吹き飛ばされていた。
(《不死》残り0.3秒)
──その落下先は、殿堂の門の外。
(《不死》解除)
石畳に転がり、何度も地面を打ち、ようやく身体が止まる。 だが、息をするだけで肺が焼けるようだった。
(……逃げろ。まだ……動ける……)
指先だけは、かすかに動いた。
(……まだ、だ)
ポーチに手を伸ばす。震える指が、革袋の中を探る。
見つけた──ヴェルカから購入した、最後の一本。赤い液体の瓶。
蓋を噛み切り、喉に流し込む。
喉が焼ける。だが、その焼けつくような熱と共に、身体が微かに反応を取り戻していく。
(……動ける……)
腕が持ち上がる。足に、わずかに力が入る。 地に這うようにして、剣を石畳に突き刺し──
ゆっくりと、ライは立ち上がった。
「っ──!」
門の内側。ジェネルの視線が、一瞬揺れた。
先ほど、自らの魔法で吹き飛ばした男。殺した、殺してしまったと思った、あの男が──再び立ち上がっている。
「……生きてる、だと……?」
言葉が漏れた。
その背後では、従者の審問官たちがようやく膝を起こしていたが、ジェネルは振り返らずに声を発した。
「追うぞ!」
低く、鋭い命令。
「対象、門外に逃走!即刻、追跡を──!」
「はっ!」
数名の審問官が、一斉に門へと駆け出す。
20話まできました!
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