第19話 激闘
ライは一歩、後ろへ跳ねた。
体内で疼くように膨らむ力を、静かに制御しながらポーチをまさぐる。
指先が触れたのは、ヴェルカから購入した小瓶──赤い液体が揺れる回復ポーションだった。
――コルクを抜き、口元に傾ける。
焼けつくような液体が喉を通り抜け、次の瞬間、傷ついた肉体がじりじりと修復されていくのを感じた。
(今しかない──)
剣を構え直す。
まずは剛剣。真っ向からの踏み込みと打ち下ろし。
地面を抉るような一撃が、ジェネルの細剣を真横から押し返す。
彼女は受け流すが、わずかに足が滑った。
すぐさま柔剣。
構えを崩さず、刃の軌道を変えながら、ジェネルの死角へと滑り込むように斬り込む。
彼女のレイピアが再び舞い、辛うじて防がれた。
その刹那、変剣。
刃を振るう途中で力のベクトルを切り替え、空間の一部を「フェイント」として利用する。
一見不自然な軌道に見えるその一撃は、ジェネルの脇腹へと迫るが──
「甘い」
カン、と金属がぶつかる音。
ジェネルは読みきっていた。
ジェネルの剣が、再び閃いた。
銀光──細剣が空を裂き、ライの肩口を再び狙う。
(くる──ッ!)
だがライは既に、その軌道を“知っていた”。
先の一撃で、剣筋の初動と風の流れを掴んでいた。
体を沈め、踏み込み、逆にジェネルの懐へと斬り込む。
細剣が耳元をかすめるが、ライの《無銘の黒》がレイピアを弾いた。
打ち合いは続く。
──二合。
──三合。
──四合。
ジェネルの剣圧は、確実に強まっていた。
(……攻撃が、速く、重くなってきている)
おそらく“審問対象”を殺す気はないのだろう。あくまで制圧するための力加減。
だが既に限界に近い。
このままでは、どこかの一瞬で綻びが生じる。
それでもライは、踏みとどまる。
強剣、柔剣、変剣──型を自在に切り替え、全身を駆使して対応し続けた。
「くっ……!」
剣と剣が何十度もぶつかり合い、火花が散るたびに、ライの体に“何か”が蓄積していく。
経験の集積。研ぎ澄まされる戦闘本能。
新たな感覚が浮かび上がってくる。
(……これは……!)
剣の軌道。力の流れ。敵の間合い。
すべてが、まるで手の内にあるかのように「見える」。
頭の中に、突如として鮮烈なシステムログが流れ込んできた。
《【心得:中級剣術】を習得しました!》
その瞬間、ライの動きが変わる。
一歩目が速くなり、刃の軌道が鋭くなる。
直前に斬撃を放ち、その斬撃がジェネルに届くより早く一撃を与える。
ジェネルの目が、初めてわずかに見開かれる。
「……今、何を──」
だが、その問いは飲み込まれた。
ライの二連攻撃が、一段階鋭さを増して彼女のガードを揺らがせたからだ。
彼の目が、ジェネルの一瞬の動揺を捉えた、その時だった。
──風が止まった。
「……終わらせる」
ジェネルが低く呟き、剣を納めるように下ろした。
左手を軽く掲げると同時に空気が沈む。
圧。周囲の空間ごと圧縮されるような、目に見えぬ重圧。
《【威圧】発動》
【威圧】── 対象範囲内の敵全員に対し、恐怖と重圧の効果を与える。精神抵抗が弱い者は気絶、あるいはその場に倒れ伏す。
一瞬で空気が塗り替えられた。
地に膝をついたのは、ジェネルの従者たちだった。
LV140台の審問官たちすら、その場で動けなくなっていた。
味方である審問官たちすら膝をつくほどの強大な圧力が、ライへと集中して注がれた。
「……!」
呼吸が、喉の奥で止まりそうになる。
筋肉が硬直し、剣を持つ指がかすかに震える。
(ぐっ……! これが、【威圧】……!?)
だが──
【沈着】──発動。
《【威圧】に抵抗しました》
風が吹き返す。
抑えつけられていた空気が破れ、身体を覆っていた圧が剥がれていく。
「な……!?」
ジェネルが初めて驚愕の声を漏らす。
【威圧】が通じない。
それどころか、沈着によって自我を保ったライは、 逆に今、沈み込んだ三人の審問官に“隙”を見出していた。
再び動き出す足。
ライの目が、苦しげに崩れた味方の審問官に向く。
ジェネルに攻撃する振りをして、その横を駆け抜ける。
狙いは後ろの審問官。
刹那の3連撃。
ジェネルの追撃を恐れ、大したダメージは与えられなかったものの…
《特殊条件【胎動】発動》
力が、満ちる。




