第17話 異質
首都ルインの商業区から、北東に伸びる大通りを歩く。
石畳の道は広く、整備された街路樹が等間隔に並び、露店の喧噪も徐々に遠ざかっていく。
街のざわめきが次第に薄れ、空気がひんやりと静けさを帯び始める頃、ライは“それ”を目にした。
──《信仰区》。
そこはまるで、別の空間のようだった。
喧騒の絶えぬ商業区とは対照的に、静寂が支配する空間。
白大理石で造られた神殿建築が整然と並び、建物の窓という窓にはステンドグラスがはめ込まれている。
神官服に身を包んだ者たちが行き交い、祈りの言葉を唱える声と聖歌隊の練習が微かに聞こえてくる。
そして──その中心に立つ、巨大な建築物。
それこそが、《白銀の殿堂》だった。
神殿というより、もはや“城塞”に近い。
光を受けて鈍く輝くその壁は、雪より白く、月光のように静かに煌めいていた。五階建てに相当する高さの中央塔からは、純銀の鐘楼が伸び、風を受けて微かに音を鳴らす。四方には礼拝堂、儀式の間、書庫、瞑想室などの区画が繋がっており、建築そのものが“聖なる構造物”として扱われていた。
ライは、外階段の端に立ち、しばしその姿に見入った。
(──でかいな。昔、何度か見たはずだが……やっぱり、こうして自分の足で立つと、違う)
人の流れが、自然と殿堂の中心へと吸い込まれていく。
その先にあるのが、《真理の鏡》。
ライは足を踏み出し、階段を上がる。
殿堂の前庭には、すでに数十人のプレイヤーたちが集っていた。
彼らは、自らの特殊装備や特殊能力の確認、そして潜在能力などから今後の方針を立てるため、この鏡を使うのだろう。
殿堂へ向かって歩みを進める。プレイヤーや教会の関連者の視線が痛い。
(……この中に、教会側の監視がいないとは限らない)
だが、日中の混雑と変装によって、幸い監視の目に引っ掛かることなく鏡のある中心部へと向かう。
殿堂の中へと進むと、柔らかな金色の光が空間を包み込む。
高い天井に、光を受けて輝く巨大なステンドグラス。静謐な空間に祈りの詠唱が流れ、空気そのものに“神聖”が染み渡っているようだった。
そして──大広間の中心に、それはあった。
《真理の鏡》。
その名にふさわしく、幅十メートルを超える半球状の巨大な鏡が、床に埋め込まれるように存在していた。鏡面は銀と水晶の中間のような質感で、波紋のように柔らかく光を反射し、まるで“魂そのもの”を吸い込むような吸引力を放っている。
円形の鏡の周囲に、複数のプレイヤーが並び、同時にその鏡へと手をかざしていた。
同時利用型。
それでも、全員が己のみに集中できるよう、“真理の鏡”はそれぞれの魂の波長を分離し、個別の干渉情報として処理するという。
ステータスの確認のために訪れているプレイヤーたちが、順番に鏡に手をかざし、鑑定結果を受け取っている。中には、驚きの声を上げる者や、肩を落として立ち去る者もいた。
それぞれが“現実”を突きつけられている。
ライは列の後方に並び、鏡を見つめた。
その前に立つプレイヤーたちは、期待を胸に、順番を待っていた。ライもその列の端に腰をかけると、慎重に荷の奥から、長布に包んでいた一本の剣を取り出した。
──《無銘の黒》。武器屋《星屑の溜まり場》で手に入れた剣。見た目は無骨で地味な片刃の直剣だが、鞘の中からは時折わずかに“闇”のようなものが滲む。
「……まずは、こいつの正体からだ」
数分の待ち時間のあと、いよいよライの番がやってきた。
人々の視線が自分に向いているのを感じたが、ひとまず気にせず、布を取って剣を露出させる。
そして、そっと《真理の鏡》にその刃を向けた──。
「……!」
次の瞬間、鏡面に微かな“波紋”が走った。まるで、何かを識別するかのように、鏡の表面がうっすらと光り、文字が浮かび上がる。
【識別対象:無銘の黒】
名称:不明
種別:片手剣
等級:レア
潜在等級:ユニーク
属性:不明
状態:封印中
解放条件:不明
帰属スキル 【???】
攻撃力+90
特殊条件【胎動】 生物の血を吸収し、力の一部を己のものにする。
(……やっぱり、こいつ、ただの剣じゃない!)
ライは思わず息を呑んだ。
“レア”と識別されているが、潜在等級はユニーク。
「レーヴァテイン」と同じ成長型武器。
成長型装備は全体の1%にも満たない特殊な武器だ。
さらに攻撃力こそ他の”レア”等級の剣に比べて大幅に落ちるものの、帰属スキルと特殊条件持ち。
それだけで、ただ者ではないと知れる。
しかも鏡の力を持ってしても属性や解放条件が判別できない。普通の武器ではあり得ない”特殊な武器”。
(少なくとも真理の鏡と同等以上の格がある剣ってわけか)
(ただ今の俺じゃ、こいつの本来の力は引き出せそうにないな…)
ひとまず布に剣を包み直し、ライは剣を背に戻した。
──次は“自分自身”だ。
鏡の前に再び立ち、今度は剣を下ろして、静かに《真理の鏡》を正面から見つめた。
手を伸ばす。
──その瞬間。
「バチィィィッ……!!」
鏡が閃光を走らせ、電撃のような光が縁から迸る。その音に、近くにいたプレイヤーたちが振り返り、ざわめきが広がる。
「なんだ今の!?」 「鏡が……反応した?」 「いや、あんなの初めて見たぞ……!」
だが、騒ぎは一瞬。
光はすぐに収まり、鏡は何事もなかったかのように静かに揺れ続けていた。
《対象の奥底に眠る魂の波動を検知》
《魂が顕在化します》
《同調率:1%》
「うわっ!なんだ…これ?同調率?」
もう一度鏡を見るが、既に先ほどの文字が消え、”ライ”のステータスが表示されていた。
名前:ライ
レベル:Lv.17
職業:農民
属性:無属性(光/闇属性の素質あり)
HP 820
MP 40
STR 47
DEX 76
AGI 60
INT 38
VIT 55
【心得】一覧
・【心得:農耕】
・【心得:土壌観察】
・【心得:弱点補足】
・【心得:下級剣術】
・【心得:戦闘続行】
・【心得:モノづくり】
・【心得:沈着】
【称号】一覧
・【逆境】
・【プレイヤーキラー】
・【森の猟師】
・【???】
自身に属性がなく、ステータスも普通のLv17並であることに落胆しつつ、視線を下へと向けていく。
(農耕、土壌観察、弱点補足、下級剣術、戦闘続行、モノづくり、沈着──全部、これまでの経験と一致してる。
やっぱりあの時”戦闘続行”が発動して一命を取り留めたのは間違いなさそうだ)
ゆっくりと視線を下へ滑らせ、【称号】一覧に目が止まる。
最後の一つで、ライの指がぴたりと止まった。
【???】
何かが存在しているのに、それを《真理の鏡》ですら読み解けていないという異常。
称号が不明なのは、レイヴンですら経験したことのない事態だった。
(武器と違って称号は”システム”によって与えられる。それが読み取れないことなんてあるのか?)
そして何よりこんな称号を手に入れた記憶がない。
”異質”
その言葉が脳裏をよぎる。
普通とは異なる存在。
死んだプレイヤーが、NPCとして蘇るという前代未聞の状況。
“常識”という土台から外れた、自分自身の存在。
ただ、直感でしかないが…この異質な称号こそが現状を打破する道標のようにも思える。
ライは、小さく息を吐き、真理の鏡から手を離した。
鏡の中に写る自分を見据えるように、目を細めながら。
次の投稿は今週の木曜日か金曜日になります。
もし覚えてたらぜひ、また見にきてください。




