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第13話 首都ルイン

 街道を進み、ついに首都ルインの城門が目前に迫った。

 遠くからでもその巨大さが分かる灰色の城壁と、重厚な鉄門。その前には長蛇の列ができており、光の教会に属する白銀の鎧を着けた騎士たちが、通行者一人一人の身元と荷を厳しく調べていた。


 ヴェルカは馬車を林陰に止めてから、静かにライへと目を向けた。

「いいか、ここから先は一言一句、油断するな。お前は何があっても音を立てるな。息も小さく、身じろぎも最小限に──わかったな?」

 荷台の底に身を潜めていたライは、わずかに頷いた。

 やがて馬車が列に加わる。ヴェルカの目は鋭く、表情には曇りがなかった。やがて自分たちの番が来ると、一人の異端審問官が歩み寄ってきた。

 黒衣の外套をまとい、仮面を被ったその女は、鋭い視線をヴェルカへと注ぐ。

「この顔の男を知っているか?」

 差し出された手配書には、ライの写し絵があった。

 ヴェルカはそれを一瞥し、即座に首を振った。

「見たことも聞いたこともないね」

 女性審問官は無言のまま、仮面の下で目を細める。

 次の瞬間、彼女の瞳が淡く光を帯びた。

「【真理の眼】を発動した。もう一度聞こう。嘘は通じない。この男に見覚えは?」

 板底に潜むライの服に冷や汗が染みる。


 しかし──ヴェルカの表情は微動だにしなかった。  

 その内心を覆うのは、Lv79の商人ヴェルカが持つ数少ないスキル

 ──《不動の表情(ポーカーフェイス)


「ないな。何回聞こうが返答はかわらないぜ。」

 沈黙が数秒続いたのち、審問官は小さく鼻を鳴らした。

「虚偽──無し。」

 ヴェルカは眉一つ動かさず、無言で手綱を握り直した。

「荷の検分を行う。後ろを開けよ」

 ヴェルカが従者の指示に従って荷台の幌を開けると、騎士が中を覗き込んだ。

 袋や木箱の山。衣類、食料、道具。ライの姿はどこにも見当たらない。

(……頼む、動くなよ)

 そのとき、箱の奥で、ごく小さな音が響いた。

 審問官が一瞬だけ耳を傾け、目を細める。

「……今、音がしなかったか」

 騎士が剣に手をかける。

 だが、すぐに別の従者が首を振った。

「この時期、小動物が入り込むことも多いかと。隙間もありますし」

 審問官は数秒間の沈黙ののち、ゆっくりと頷いた。

「……通れ」

 ヴェルカは軽く礼をし、馬車を前へ進めた。

 ヴェルカの馬車が、灰色の石畳へと音を立てて進み出す。


 審問官による検問を突破したとはいえ、まだ関門は終わっていなかった。

 城門直前、鎧を着た首都所属の衛兵が歩み寄り、丁寧な口調で声をかけてくる。

「おや、旅人さん。随分と早い時間にお越しですね。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、念のため通行許可証の提示をお願いできますか」

 ヴェルカはにこやかに笑いながら、腰袋から一枚の革製の書類を取り出した。

「ええ、お手数かけます。ほら、これが商業通行証です。荷は乾物と雑貨、一部は卸売り用」

 衛兵は書類に目を通し、印章と刻印を確認する。丁寧ながらも迅速な手つきだ。

「確認しました。商人ギルド所属、ヴェルカ、確かに。では通ってよし──お互い、良い日になりますように」

「感謝します」

 ヴェルカが軽く礼をし、馬車がゆっくりと城門を潜る。 


 門を越えた瞬間、荷台の底で息を殺していたライは、喉の奥でようやく短く息を吐いた。

 門から離れヴェルカはライに声をかける。

「…っく〜。」

 狭い空間に閉じ込められていたライは底板を外し、体を這いずり出し、顔を上げる。

 その瞬間、ライの視界に広がったのは、まさしく“一国の中心”と呼ぶにふさわしい巨大都市の景観だった──


 ライとヴェルカが足を踏み入れたその街は、《グランゼルト王国》の心臓部、《ルイン》。

 北は森林地帯、南は大河と砂漠、東西に豊かな平原を抱くこの王国において、首都ルインは政治・信仰・軍事・経済の中心地として絶対的な存在感を放っていた。

 人口およそ三十万。都市としては中規模にあたるが、その密度と機能性は、他のより大きな主要都市に匹敵する。

 城門を抜けてすぐ、整然と敷かれた石畳の大通りが四方へ延びていた。道の両側には商館、宿屋、鍛冶屋、露店が軒を連ね、人々の声と馬の蹄音、遠く鐘楼の音が混ざり合っている。

 中層の建物が立ち並び、二階や三階のバルコニーからは商人が品を宣伝し、軒先には乾物や香辛料が吊るされ、鮮やかな布がはためいていた。どこか旅情と熱気が入り混じる空気。都市の中心でありながら、人々の営みの“熱”が感じられる活気があった。


 街は大きく五つの区画に分かれている。


 一つは《王城区》。王国の象徴たる《王城グランゼルト》がそびえる高台に位置し、政治と軍事の中枢が集まるエリア。一般人の立ち入りは制限されており、王国軍の精鋭たちが常駐している。


 二つ目は《信仰区》。白大理石で築かれた巨大な聖堂《光の神殿》を中心とする一帯で、光の教会の総本山が構える。ここには、神官、審問官、教徒たちが集い、信仰の儀式と教義が日々執り行われている。また”真理の鏡”が鎮座する《白銀の殿堂》もここに位置する。


 三つ目は《商業区》。数百を超える商館と露店がひしめき合い、食料、武具、素材、魔導具、情報、さらには許されざる品までが流通する都市最大のマーケット。旅人と商人が最も多く行き交うこの区画は、昼夜を問わず賑わいを見せていた。


 四つ目は《住宅区》。王城から離れた丘陵地に広がるこの区画には、貴族の館、裕福な商人の邸宅、そして労働者たちの集合住宅が混在していた。身分や階層によって住むエリアが分かれ、時にその差は顕著だった。


 そして五つ目は《東門区》──街の東端に位置する、旅人と傭兵たちの溜まり場。安宿と酒場、格闘場、道具屋、情報屋……あらゆる“出入り口”がこの一帯に集中しており、首都ルインの表と裏が交差する場所でもある。


「……すごいな。村とは、まるで別世界だ」

 かつてゲーム越しで何度も見た光景。

 実際、より大きな都市を拠点にしていたレイヴンにとっては物足りない規模のように思える。しかしNPCというこの世界に生きる生身の体から見るこの都市の風景に思わず感動する。

 ライは荷台から身を乗りあげながら、圧倒されるようにその光景を見渡した。

 空を仰げば、王城の尖塔が天を突いている。聖堂の鐘楼が陽光を反射し、その音色が遠くまで届く。足元を見れば、石畳の隙間に落ちる靴音すら律動を感じさせ、街そのものが“生きている”ようだった。


 ──だが同時に、息苦しさも覚えた。

 監視の目。差別と階層。数多の人間と情報が渦巻くこの街は、歩くだけで神経がすり減るような緊張感を孕んでいた。 


 しばらくして、主要道路を外れた一角にある小さな商店の裏口に馬車が止まった。

「着いたぜ。ここが俺の隠れ家……いや、俺の店だ!」

 ヴェルカはライを手招きしながら、安堵の笑みを浮かべた。

「相棒がヴェルカ商店ルイン店に来た第一号ってわけだな」

 ライは荷台から降り、城壁の向こうに広がる巨大都市の空を見上げた。

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