第12話 「共に首都へ!」−3
エルドリアの森林を抜けた先にあったのは、街道沿いの小さな宿場村――〈ルヴァルの交差宿〉。
石垣に囲まれた十数軒の家と馬小屋、酒場兼宿屋が一つ。旅人と行商人が束の間の休息を取る、素朴な中継地である。
夕陽が赤く木の梢を染める頃、ライとヴェルカは荷馬車を村はずれの鍛冶小屋へと横付けした。
煤で黒く染まった鍛冶場から、身の丈を超えるハンマーを握った老職人が現れる。
片目を細めて車輪を覗き込み、低く唸った。
「ほう……こんなガタの来た輪っかで、よく森を抜けてこられたもんだ」
ヴェルカが苦笑いで頭を掻く。
「途中でちょっとばかし噛まれましてね。なんとか動くうちに転がしてきたんですが」
老人はハンマーの柄でリムを軽く叩き、乾いた音を確かめる。
「軸木が割れとる。丸ごと組み直しだな。半日はかかるが、陽が昇る頃には走れるようにしてやろう」
ヴェルカが礼を述べ、銀貨を手渡そうとすると、老人は手を振って笑った。
「腕のいい鍛冶屋は仕事で返すものさ。夜明けにもう一度来な。お代はそのとき決めよう」
そう言って老人は鍛冶場に入っていく。炉の炎と金槌の音が、薄闇に規則正しく響き始めた。
壊れた後輪の修理を任せ、二人は酒場『星見亭』へ向かった。
入り口の前でヴェルカが足を止め、振り向く。
「部屋は二つ取る。荷馬車の荷も重いし、たまには布団で寝たほうが――」
ライは首を横に振った。
「悪い、俺は荷台で休むよ。慣れない布団より馬車の上のほうが落ち着くし、荷物の番もしたい」
ヴェルカは少し驚いたあと笑った。
「真面目だねえ。じゃあ俺だけ酒場に入って情報を拾ってくる。腹が減ったら裏口に来い、パンとスープぐらいは運んでやるさ」
「助かる」
ライは馬車へ戻り、ヴェルカは暖炉の灯りが揺らめく酒場へと入っていった。
ヴェルカは酒場『星見亭』へ。宿も兼ねた古い木組みの建物だ。
外壁には旅人の落書きやら古い手配書やらが重なり貼られている。
酒場の暖炉にはパイン材が爆ぜ、夕餉時の客で賑わっていた。
ヴェルカは暖炉前のカウンター席に腰を下ろした。隣にいた小柄な男──薄桃色の頭巾を被った情報屋らしき人物に、銀貨を一枚滑らせる。
「なあ相棒、首都ルインの情勢を教えちゃくれないか。街道が騒がしいって噂でね」
男は銀貨を指で弾き、くぐもった声で囁いた。
「検問だよ。光の教会が本気を出してる。『異端容疑者』を捜索中さ。名は──ライ」
ヴェルカの指が僅かに止まる。
「ライ? 何をやらかした」
「詳しい罪状は伏せられたまま。だが“農民然とした男がプレイヤーを殺した”って噂だ。そいつが異端かどうか確かめるために、審問官様が街道を封鎖してる」
「ふぅん……農民ねえ。手配書はもう出回ってるのか?」
「お前さんの後ろの掲示板を見てみな。筆の早い写し絵師が描いたらしいぜ」
ヴェルカはわざとらしく肩をすくめ、追加の銅貨を置く。
「助かった。もう一杯やってけよ」
《サブクエスト「共に首都へ!」情報更新!》
「共に首都へ!」
異端審問容疑のNPCライを首都ルインまで届けよう!
条件分岐
成功条件1:・ライの生存
・ライを首都ルインに届ける
成功報酬:経験値(中)、5000G
失敗時ペナルティ:光の教会の信頼度−100。
成功条件2:ライを捕え、光の教会に差し出す。
成功報酬:経験値(大)、10000G、光の教会の信頼度+50 称号の獲得(確率条件)
情報屋が消えたあと、ヴェルカは静かに腰を上げた。
ライは荷台で仮眠を取ろうと何度も瞼を閉じるが、一抹の不安が拭えず、浅い眠りを何度も破られた。胸の奥に渦巻く焦りが、瞼の裏を灼く。
夜半近く、酒場のほうで妙にざわめく声が聞こえた。荷台のシートを押し上げて外を覗くと、酒場脇の掲示板に村人たちが集まっている。
(……嫌な予感がする)
ライはフードを目深に被り、人混みが散った隙に掲示板へ近寄った。
月明かりに照らされた一枚の紙が視界を刺す。
――そこには、自分の顔が描かれていた。
『指名手配 異端容疑者ライ』
罪状:詳細不明 通報者には光の教会より銀貨百枚を下賜する
喉がひりつく。想定していたはずの現実が、紙一枚の重みとなって刺さる。
(想定していた何倍も早い!ここにも回ったか……!)
ライは踵を返し、馬車へ戻って荷をまとめ始めた。
夜明けを待たずに発つ――それ以外の選択肢が浮かばない。
そこへ足早に戻ってきたヴェルカが、息を弾ませて声をかけた。
「やっぱり……見ちまったか」
ライは肩を強張らせたまま荷袋を閉じる。
「悪い。お前を巻き込みたくない。ここで別れる」
「待てって」
ヴェルカは荷台に飛び乗り、ライの腕を掴んだ。
「確かに手配書を見た。情報屋からも聞いた。けどな──俺は森で命を拾われたんだ。あんたを見殺しにしたら、俺の商売道具より胸の勘定が赤字になる」
ライは目を伏せる。
「理由も語れない奴を信じるのか」
「商売ってのは顔と信用で成り立つんだ。俺の勘は外れねぇって信じてる。だから安心しろ」
言い切ると、ヴェルカは荷袋を肩にかけた。
「鍛冶屋の爺さんが夜明けまでに車輪を仕上げてくれるそうだ。夜明け前に発つぜ。」
その揺るがぬ眼差しに、ライは小さく息を吐いた。
「……借りが増えるな」
「だったら首都で倍返ししてくれりゃいいさ」
東の空が紫に染まる頃、修理を終えた馬車は音を殺すように村を発った。夜鳥の囀りが遠のき、朝露の冷気が二人の頬を切る。
やがて獣道は砂利敷きの広い街道に合流し、その先に灰色の城壁が霞むように姿を現した。
「……あれが首都ルインか」
ライの呟きに、ヴェルカが頷く。
「でかいだろ? あそこにゃ金と情報が渦巻いてる。だが検問の列はもっと渦巻いてるぜ」
確かに、遠目にも城門前の街道は荷馬車と人で溢れ、白銀の鎧を着けた騎士たちが通行者を一人ずつ検めている。
ヴェルカは手綱を引き、馬車を林の陰へ寄せた。
「正面突破は無理だ。荷物の中に身を潜めようにもリスクが高い。どうするよ?相棒。」
「正門以外の入り口はないのか?」
「東西南北にそれぞれ門があるが、それだけだ。情報屋によれば全てで検問が行われてて、入門が遅れてるらしい」
(門を突破する以外に手立てはない…どうする?)
「ヴェルカ!大体何分くらいかかりそうかわかるか?」
「俺の見立てだと4、5時間といったところかね。どうしたんだよ。何か目ぼしい案でも思いついたか?」
ライは荷台の底を見るようにかがんで答える。
「荷台の中がダメなら、底に潜めばいい」
ヴェルカは驚いた顔をした後、小さく笑いながらうなずいた。
「なるほどな。荷物じゃなくて、荷台の底か……。それならいけそうだな!」
ライは頷き、荷台の底板を軽く叩いた。
「少し細工が必要だが、この底板を浮かせて空間を作れば、人一人くらいなら隠れるスペースが作れるはずだ」
ヴェルカは感心したように口笛を吹く。
「農民にしてはなかなかの知恵だな。手早く済ませちまおう」
二人は荷台を林の奥へと引き込み、荷を一旦全て降ろしてから、荷台の底を慎重に解体し始めた。板を外し、空間を作り、細い支柱で支えを作っていく。慣れない作業に手間取りながらも、やがて人が入れるほどの隙間が出来上がった。
「これで十分だろう。息が詰まるが、しばらく我慢してくれよ」
ヴェルカが不安げに眉をひそめる。ライは静かに笑った。
「この程度、大したことはないさ。無事に突破したら、改めて借りを返すよ」
そう言ってライは荷台の底の空間へ滑り込み、蓋をするように板を戻して荷物を再び積み上げる。ヴェルカは一息つくと、手綱を握り直した。
朝日が城壁を黄金に染め、二人の影を長く伸ばした。馬車の車輪はゆっくりと転がり始め、首都ルインへの最後の関門へと向かっていく――。




