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第10話 「共に首都へ!」-1

朝霧がまだ地を這う頃、ライは村を後にした。  

見慣れた木の柵を抜け、南へ伸びる小道から、さらに脇道へ──地図にも明示されていない、未舗装の獣道を選ぶ。

首都ルインに向かうルートは主に二つある。

1つは村の南西方向にある、ルインまで伸びている主要街道。そしてもう一つは村の南方に広がる広大な森林地帯──《エルドリアの森林》を通り抜けるルート。

《エルドリアの森林》は進行度92%でほとんど攻略済みの初心者向けダンジョンの一つ。低~中レベルのプレイヤーにとっては通過点でしかない森。Lv15の農民でも十分突破できるレベルだ。ライは後者のルートを選んだ。

あえて主要街道を避けてここを選んだのは、審問官の追跡を回避するためだ。


南下し、平原を走り続ける。前まで1時間の畑仕事で根を上げていたライだったが、レベルが15まで上がったおかげか疲れを一切感じずに走り続けることができた。やがて、眼前に鬱蒼と生い茂る木々、どこまでも広がってると錯覚してしまうような巨大な森林が現れた。


森に入る。最初は木がまばらにあるだけだったが、いつの間にか木々が生い茂り、薄暗くなっていた。

さらに不幸なことに、森は湿っていた。 朝露に濡れた草の匂いが濃く、土はぬかるみ、靴の裏に重くまとわりつく。

(こんなに、歩きづらかったか……?)

 

初心者向けダンジョンの割に、道らしい道は見当たらない。モンスターの出現頻度は少ないとはいえ、シェリンからもらった食糧で突破できるか不安になる。

踏み跡も薄く、樹々はうねるように枝を伸ばし、視界を遮る。

まるで、森そのものが異物の侵入を拒むような圧迫感さえあった。



そして何より──  「方向が分からない」

ライは何度も立ち止まり、深呼吸してから再び歩を進めた。

日の光さえわかれば、方角が分かりある程度の憶測を立てられるが、鬱蒼と生い茂る葉が方角の正確な把握を妨げる。 



数分もすれば、またしても立ち止まる。足場の悪さ、景色の単調さ、何より“進んでいるはずなのに進んでいない”ような感覚が、思考と脚を蝕んでいった。

 

──その時だった。  足元の土が、わずかに変化したのに気づく。  踏み込んだ一歩が、これまでよりも軽い。

 (この感触……)

 ふと、村での日々が脳裏をよぎる。  鍬を振り、土を返し、畝を作った日々。  ──そして、《心得》を得た瞬間。


「……あれだ。〈土壌観察の心得〉」

 心の中で念じるように集中すると、足元の地面の状態が直感的に“読める”ようになった。  土の締まり具合、根の張り方、湿度と日照──どこが踏みやすく、どこが崩れるか。

 まるで地面そのものが“喋っている”ようだった。

 それからの道程は、嘘のように軽かった。  木々の合間を縫い、ぬかるみを避け、崩れた段差を自然に乗り越える。  深い森の中で、ライの身体はかつてないほど自由に動いた。

 ──が。

 その「感覚」を砕くように、空気が変わった。

 腐葉土と雨の香りが強まる。  風の流れが止まり、音が消える。

 

 

そして次の瞬間、木の陰から現れたのは──

 獣だった。

 全長二メートルを超える、赤毛の熊型モンスター。  《ブラッドベア》(Lv25)。

 片腕ほどもある鉤爪を振りかざし、血のように赤い瞳を光らせている。

(……避けられない!)

 反射的に剣を抜き、横跳びで間合いを取る。  《下級剣術》の心得が発動し、体の軸が安定する。  だが、敵の動きは重くも速い。視線を外せば即座に喉元を裂かれる距離だった。

 一合、二合、三合──

 踏み込んで突く。斬り上げる。回避し、足元へ打ち込む。

 ──しかし硬い。  ブラッドベアの体躯は鉄壁に近い。

 剣が刺さっても深くは届かず、逆に振り払われた衝撃でライは地面に転がされた。

 視界が回る。肩が焼けるように痛む。


──[ダメージ:HP -379]──

──[状態異常:出血(小)、裂傷]──


(……ッ、ダメか……)

 

その時、再び“何か”が浮かび上がった。

【弱点補足の心得】、自動発動。

敵の肩甲骨の動き、爪を振るう癖、足運びのズレ──  そのすべてが、戦場のノイズとして浮かび上がる。

ライは踏み込んだ。  転がるように身を屈め、刹那の隙に剣を突き刺す。

腹部、内腿、脇腹──三連撃。

ブラッドベアが呻き声を上げ、ぐらつく。  最後の一撃を、喉元へ。

──突き刺す。

呻きが止まり、巨体がゆっくりと崩れ落ちた。

その場に、ライは膝をついた。  呼吸が荒い。視界が滲む。

だが、ログが表示されたのを見た瞬間、かすかに笑みがこぼれた。


──Lv25:ブラッドベアを討伐しました──

──称号:《森の猟師》を獲得しました──

──レベルが15→17に上昇しました──

──HPが全回復しました──


称号【森の猟師】──森林系ダンジョンで出現する獣系モンスターに与えるダメージが5%増加する──


「……ふぅ。これで、進めるな」

 ふと見上げた空の色が、さっきまでよりも澄んで見えた。


歩を進め、ゆっくりと、しかし確実に首都を目指して森を南下する。 


その先にあったのは、舗装されかけた古い街道だった。  森を縦断するように伸びるその道の真ん中で、一台の荷馬車が止まっている。

 

その脇に、派手な青いマントを羽織った男が座り込んでいた。  若い。背は高く、癖毛の金髪を乱し、疲れた表情で歯をくいしばっている。

「あー……マジで、勘弁してくれよ……」

車輪の片方が壊れていた。獣の引き裂いた跡。明らかに、モンスターの襲撃を受けた形跡があった。

男──プレイヤーは、頭を抱えていた。

 その時。

「大丈夫か?」

 ライが声をかけると、男が驚いたように跳ね起きる。

「うおっ、び、びっくりした……あんた、NPC……か?」

 ライは軽く頷く。

「手を貸そうか?」

 その瞬間。  プレイヤーの視界に、ログが表示される。


【サブクエスト:《共に首都へ!》が発生しました】


『サブクエスト:《共に首都へ!》』

森林で迷子になった農民NPCライを首都レインまで護衛しよう!

成功条件:・ライの生存

     ・ライを首都レインに届ける

成功報酬:経験値(小)、1000G


「……マジか。イベント発生? しかも護衛系……ま、いっか。助かるわ。クエスト受注っと。」

男は手を差し出し、笑った。

「名前は? 俺はヴェルカ。見ての通り、ショボい商人だけどな」

「俺はライ。農民……だった」

ライは少し笑って、それを受け取った。

こうして、二人の旅路が始まった。

1話1話が短いけど10話まで書き切れました。ここまで読んでくれた人、ありがとう!

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