第73話:誓いの朝
「おはようございます」
結婚式当日の朝、Atelier Traditionは早くから活気に包まれていた。窓から差し込む朝日が、和室に飾られた白無垢を照らしている。
「千秋」玲奈が着付けの準備を整えながら。「緊張してる?」
「不思議と」千秋は微笑む。「落ち着いているの」
着付師の手が、丁寧に着物を整えていく。一針一針を刺すように、確かな技で花嫁姿が形作られていく。
その時、和室のドアが静かに開いた。
「失礼します」
さくらが、温かな笑顔で入ってきた。手には、特別な包みを抱えている。
「風間さん」さくらが近づく。「これを」
開かれた包みの中には、一枚の古い写真。蓮の祖母が残した最後の作品の写真だった。
「兄様が」さくらの目に涙が光る。「大切に守ってきたもの」
千秋は静かに頷いた。
その写真には、確かな想いが込められていた。
「そして」さくらが続ける。「これも」
差し出されたのは、一本の針。
「祖母の」さくらの声が震える。「最後の針です」
千秋の目に、涙が浮かぶ。
それは単なる道具以上の、魂の証。
「さくらさん」千秋が深々と頭を下げる。「ありがとう」
その時、アトリエの外から歓声が聞こえた。
「研修生たちが」玲奈が窓の外を見る。「みんな集まってきたわ」
若手デザイナーたちが、次々とアトリエに到着する。彼らの手には、心のこもった祝福の品々。
「先生」若手の代表が前に出る。「私たちからも」
差し出された箱には、一針一針、想いを込めて作られた小物が。
「みんな」千秋の声が震える。「ありがとう」
着付けが進む中、アトリエは次第に祝福の空気に包まれていく。
「風間さん」
春樹が、静かに和室に入ってきた。手には、パリからの祝電。
「マリーから」春樹が微笑む。「世界中が、祝福してます」
その言葉に、千秋は深い感動を覚えた。
伝統と革新の物語は、もう世界へと広がっていた。
「それと」春樹が新しい封筒を。「蓮から」
千秋は恐る恐る開封する。
そこには、研究者として、そして一人の男としての想いが。
『これまでの全てが、この日に向かっていた』
その言葉に、千秋の胸が高鳴る。
アトリエの窓から、朝の光が差し込んでくる。
カーテンが、新しい人生の始まりを告げるように揺れる。
「さぁ」玲奈が立ち上がる。「最後の仕上げを」
鏡の前に立つ千秋。
白無垢姿の自分を見つめながら、これまでの道のりを思い返す。
出会いから今日まで。
時には遠回りもしながら、でも確実に近づいてきた二人の未来。
「千秋」玲奈が優しく声をかける。「もう、時間よ」
「ええ」千秋は微笑んだ。「行きましょう」
アトリエを出る直前、千秋は作業台に目をやった。
二本の針が、朝の光を受けて輝いている。
(蓮さん)
心の中で、その名を呼ぶ。
(一緒に、夢を紡いでいきましょう)
玲奈とさくらが、そっと背中を押す。
「おめでとう」
アトリエには、新しい風が満ちていく。
それは伝統と革新の風。
そして、永遠の愛を誓う特別な朝の風。
(つづく)




