第46話:突然の決断
「到着まで、あと一時間」
早朝のアトリエで、玲奈は時計を見つめていた。パリからの帰国便は、予定通り飛んでいるという。窓の外はまだ暗く、街灯の明かりだけが静かに差し込んでいる。
「春樹さんは?」玲奈が秘書に尋ねる。
「既に空港へ」秘書が答える。「取締役会の代表として」
アトリエには、夜明け前の静けさが満ちていた。展示会の大成功、アメリカ行きの短縮決定、そして突然の帰国。全ては新しい展開を予感させる。
「昨夜、社長から」秘書が続ける。「重要な報告があったそうで」
玲奈は息を呑む。
春樹から聞いていた通り、蓮が何か大きな決断を下したらしい。
その時、アトリエのドアが開く。
「玲奈さん」
意外な来訪者だった。さくらが、着物姿で立っていた。
「まさか」玲奈が驚く。「こんな早くから」
さくらの表情には、どこか特別な輝きが宿っていた。
まるで、何かを知っているかのように。
「兄様から」さくらが静かに言う。「昨夜、連絡がありまして」
アトリエに、朝を待つ空気が流れる。
街灯の明かりが、二人の影を長く伸ばしていた。
「篠原様が」玲奈が声を潜める。「何か?」
「はい」さくらの目が潤む。「やっと、本当の気持ちに」
その時、春樹からのメッセージが入る。
空港に到着したという知らせ。
「あと30分ですね」さくらが窓の外を見つめる。「兄様と風間さんが」
「ええ」玲奈も同じ方向を見る。「でも、どんな顔で会うのかしら」
パリでの別れ際、二人は何も語り合えなかった。技法は成功を収めたものの、その心の距離は、まだ埋まっていないように見えた。
「大丈夫です」さくらが優しく微笑む。「兄様は、決めたんです」
「決めた?」
「ええ」さくらの声が温かみを帯びる。「全てを、伝えると」
アトリエの窓から、夜明けの気配が感じられ始める。
カーテンが、朝の風にそっと揺れる。
「実は」さくらが続ける。「兄様からのメッセージ、あるんです」
玲奈は息を呑む。
「風間さんへの」さくらが封筒を取り出す。「最後の試作品と共に」
その封筒には、蓮の想いが込められていた。
技法の完成と共に、新しい絆を紡ごうとする決意。
「アメリカは」さくらが言う。「半年だけになったそうですね」
「ええ」玲奈が頷く。「その後は」
「兄様が」さくらの声が弾む。「新しいアトリエを」
その言葉に、玲奈は目を見開いた。
それは単なる帰国以上の、大きな決断。
「伝統と革新の」さくらが続ける。「二人で目指す場所を」
アトリエに、朝の光が差し込み始める。
夜が明けていく様子が、まるで象徴的だった。
その時、春樹からの新しい連絡。
飛行機が着陸したという。
「さぁ」玲奈が立ち上がる。「私たちは、ここで」
「はい」さくらも頷く。「二人の大切な時間を」
アトリエの中に、新しい期待が満ちていく。
それは長い道のりの果てに、やっと見えてきた光。
二人の決断が、今朝、形になろうとしていた。
(つづく)




