第33話:結婚式当日の朝
「これで、完璧」
千秋は、さくらのウェディングドレスに最後の仕上げを施していた。朝日が昇り始めたばかりのアトリエで、白いドレスが神々しい輝きを放っている。
パリ展示会まであと六日。そして今日は、さくらの結婚式。全ては、この一着から始まった物語。
「本当に」玲奈が感動的な表情で見つめる。「素晴らしい出来栄え」
ドレスには、二人の祖母の技法が見事に融合していた。伝統的な刺繍は光を受けて新しい表情を見せ、シルエットは現代的な優雅さを纏う。
「千秋」玲奈が静かに言う。「このドレスは、あなたの集大成ね」
その時、アトリエのドアが開く。
「失礼します」
さくらが、着付けの準備を終えた姿で入ってきた。その表情には、晴れやかな期待と、僅かな緊張が混ざっている。
「風間さん」さくらの目が潤む。「このドレス、本当に」
千秋は微笑みながら、ドレスへと導く。
「さぁ」千秋が優しく言う。「お召しになって」
さくらがドレスを身につける間、千秋は一針一針を確認していく。全ての縫い目、全ての刺繍に、これまでの想いが込められている。
「美しい」
振り返ると、蓮が立っていた。モーニングに身を包んだ姿は凛々しく、けれどその目には兄としての優しさと誇らしさが滲んでいる。
「兄様」さくらが振り向く。
蓮の表情が、一瞬で和らぐ。
妹の晴れ姿に、言葉を失ったように。
「本当に」蓮の声が震える。「幸せそうだ」
「はい」さくらが微笑む。「風間さんのドレスのおかげで」
千秋は静かに二人を見守っていた。
この瞬間のために、全てがあったのだと実感する。
「風間さん」蓮が千秋の方を向く。「ありがとうございます」
その言葉には、単なる感謝以上の、深い想いが込められていた。
「いいえ」千秋は首を振る。「私こそ」
その時、春樹が姿を見せた。
「さくら」春樹が優しく微笑む。「本当に素敵だよ」
「春樹さん」さくらの目が輝く。「見てください、このドレス」
「ええ」春樹が頷く。「風間さんと蓮の、想いが形になったんだね」
アトリエに、朝の光が満ちていく。
白いドレスが、まるで光を纏ったように輝いている。
「そろそろ」玲奈が時計を見る。「式場に」
さくらは最後にもう一度、鏡の前で姿を確認する。
ドレスが、彼女の仕草に合わせて優雅に揺れる。
「風間さん」さくらが千秋に向き直る。「最後に、お礼を」
「いいえ」千秋は微笑む。「さくらさんの幸せな姿が、何より」
その時、さくらが千秋を抱きしめた。
「兄様のことも」さくらが小さな声で。「よろしくお願いします」
千秋は言葉を失う。
その想いの重みに、胸が熱くなる。
蓮と春樹は、そんな二人の様子を見守りながら、意味深な視線を交わしていた。
「では」春樹が空気を和ませるように。「そろそろ」
さくらは優雅に歩き始める。
ドレスのトレーンが、朝の光を受けて煌めく。
アトリエに残された千秋は、静かに深いため息をついた。
ここからが、新しい物語の始まり。
「行きましょう」玲奈が千秋の肩に手を置く。「あなたも、大切な一日よ」
千秋は小さく頷いた。
作業台の上には、二本の針が残されている。
一本は千秋の祖母から、もう一本は蓮の祖母から。
その二本が紡いだ物語は、
これからも続いていく。
窓から差し込む光が、アトリエ全体を包み込む。
それは新しい季節の訪れを告げるよう。
(つづく)




