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第32話:結ばれる時

「光の加減で」千秋は作業台の上の布地を、角度を変えながら確認していた。「この影の出方が」


パリ展示会まであと一週間。アトリエには朝から、二人の真剣な空気が満ちている。窓から差し込む夏の陽射しが、布地の上で新しい表情を見せていた。


「ここですね」蓮が布地に手を伸ばす。「祖母が追い求めていた効果に」


その指先には、研究者としての鋭い観察眼と、布地を愛でる優しさが同居していた。


「はい」千秋も同じ箇所に触れる。「でも、まだ何か」


二人の指先が、わずかな距離で並ぶ。

朝の光が、その影を作業台に落としていた。


「風間さん」蓮がゆっくりと言う。「昨日の夜、考えていたことがあって」


「はい」


「この技法には」蓮の声が力強くなる。「もっと大きな可能性が」


その時、アトリエのドアが開く。


「失礼します」


春樹が入ってきた。手にはパリからの新しい連絡事項。


「おや」春樹が二人を見て微笑む。「今日も早いんだね」


「春樹」蓮が顔を上げる。「パリの準備は?」


「順調だよ」春樹が頷く。「むしろ、欧州の評価が予想以上で」


差し出された書類には、二人の研究への期待が綴られていた。伝統と革新の融合。それは、世界が求めている新しい価値だという。


「これは」千秋が息を呑む。


「ええ」春樹の目が優しさを帯びる。「二人の研究が、確実に実を結び始めている」


蓮の表情が、僅かに和らぐ。


「アメリカの件も」春樹が続ける。「時期の調整が可能かもしれない」


「え?」千秋が顔を上げる。


「むしろ」春樹が意味深に言う。「この研究の完成を待って」


アトリエに、希望の光が差し込んでくる。

それは二人の未来に、新しい可能性を示唆していた。


「春樹」蓮の声に感謝が滲む。「ありがとう」


「友人として」春樹が微笑む。「できることをしただけさ」


三人の間に、温かな空気が流れる。

それは単なる仕事の関係を超えた、確かな絆。


「では」春樹が立ち上がる。「私はこれで」


去り際、彼は二人に向かって深々と頭を下げた。

その仕草には、友人の幸せを願う純粋な想いが込められていた。


応接室に残された二人の間に、朝の光が差し込む。


「風間さん」蓮がようやく口を開く。「先ほどの続きを」


「はい」


「この技法は」蓮の声が震える。「私たちの未来を、照らすものになるはず」


その「私たち」という言葉に、特別な重みがあった。


「篠原様」千秋も真摯な眼差しを向ける。「私も、同じ想いです」


アトリエの窓から、蝉の声が聞こえてくる。

夏の風が、カーテンを揺らしていた。


二人は再び、作業台に向かう。

一針一針に、これまでにない想いを込めながら。


それは技法の完成への祈りであり、

二人の未来を紡ぐ糸でもあった。


窓から差し込む光が強さを増し、

作業台の上の布地を照らしていく。


二本の針が、朝の陽射しを受けて輝く。

その光は、まるで二人の想いが

一つになったかのよう。


(つづく)

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