第27話:未来への糸
「では、プロジェクトの詳細について」
アトリエの応接室で、千秋は新しい育成プログラムの資料を広げていた。真夏の午前中、窓から差し込む光が作業台を明るく照らしている。
「各研修の流れは」千秋が説明を続ける。「まず伝統技法の基礎から入り、徐々に現代的なアレンジへ」
春樹は真剣な面持ちでメモを取っていた。一方、蓮は静かに千秋の話に耳を傾けている。体調は戻りつつあるものの、まだ完全ではない様子が窺える。
「この部分ですが」春樹が一枚の資料を指さす。「パリ展示会との兼ね合いが」
その時、アトリエの外で騒がしい声が聞こえた。
「大変です!」
玲奈が慌ただしく応接室に入ってくる。
「欧州からの連絡で」玲奈が息を整えながら。「展示会の日程が」
「前倒しに?」蓮が立ち上がる。
「はい」玲奈が頷く。「二週間早まって」
応接室に、緊張が走る。
予定より二週間早いということは——
「技法の完成まで」千秋が呟く。「時間が」
「大丈夫です」
蓮の声が、静かに響いた。
「篠原様?」
「むしろ」蓮の目が輝きを増す。「これは好機かもしれない」
春樹が意味深に微笑む。
「久しぶりだな、その表情」
「風間さん」蓮が千秋に向き直る。「私からの提案があります」
「はい」
「この二週間」蓮の声に力が込められる。「私も、研究に参加させてください」
千秋は息を呑んだ。
「でも」千秋が心配そうに。「お体の」
「大丈夫です」蓮が微笑む。「むしろ、この方が」
「この方が?」
「本来の自分でいられる」
その言葉に、千秋は胸が熱くなるのを感じた。
「蓮」春樹が心配そうに。「無理は」
「違うんだ」蓮が遮る。「これは、必要な時間なんだ」
アトリエに、真夏の陽射しが差し込む。
三人の影が、床に重なっていた。
「分かりました」千秋が決意を込めて答える。「では、今日から」
「ありがとう」蓮の声に、心からの安堵が混ざる。「風間さん」
「私は」春樹が立ち上がる。「パリとの調整を進めておきます」
去り際、春樹は千秋に小さく頷きかけた。その目には、友人を託す深い信頼が浮かんでいた。
応接室に残された二人の間に、静かな緊張が流れる。
「では」千秋が作業台の布地を示す。「ここから説明させていただきます」
蓮は真摯な眼差しで布地に向かった。
その姿は、経営者というより、一人の研究者のよう。
「この部分の構造が」千秋が説明を始める。「光の当て方で」
二人の会話は、自然と専門的な内容に移っていく。
それは上司と部下の関係を超えた、同志としての対話。
アトリエの窓から、蝉の声が響いてくる。
夏の風が、カーテンを揺らしていた。
玲奈は、そんな二人の姿を見守りながら、意味深な表情を浮かべる。
「やっと」玲奈が小さく呟く。「本当の二人に」
作業台の上で、二本の針が光を放っている。
一本は千秋の祖母から、もう一本は蓮の祖母から託された針。
その二本が紡ぐ未来は、
決して一本の道ではなく、
確かな絆となって、
新しい物語を織り上げていく。
(つづく)




