第21話:変わる景色
気づけば今年も最終日。
次回は1月5日更新予定です。
今年もお疲れさまでした、よいお年を!
「今日の取締役会は」蓮の声に疲れが滲んでいた。「かなり厳しい意見が」
夕暮れのアトリエ。仕事帰りの蓮が、珍しく立ち寄っていた。作業台の傍らのソファに、いつもの凛々しさは影を潜め、肩を落としている。
「特に技法の件で」蓮が続ける。「伝統を守るべきだという意見が強くて」
千秋は黙って耳を傾けながら、手元の刺繍を進める。夕陽が作業台の上の布地を赤く染めていく。その光の中で、彼女の針はリズミカルに動き続けていた。
「でも」千秋は静かに言った。「この技法には、確かな可能性があります」
「風間さん...」
「見てください」千秋が新しい試作品を差し出す。「昨日からの改良で」
蓮は布地に近づき、そっと手を伸ばした。指先が、刺繍に触れる。その瞬間、彼の目が輝きを取り戻した。
「これは」蓮の声が変わる。「私の研究の発展形」
「はい」千秋は頷く。「篠原様のアイデアを基に」
二人の視線が、布地の上で交差する。
「失礼します」
アトリエのドアが開き、春樹が入ってきた。手には新しい企画書。
「取締役会の報告を聞いて」春樹が近づく。「すぐに来てみたんだ」
「春樹」蓮が顔を上げる。「君まで心配させて」
「当然だよ」春樹の声には親しみが混ざる。「昔から、君の無理な決断には付き合ってきたんだから」
その言葉に、懐かしさが滲んでいた。
「風間さん」春樹が千秋の方を向く。「新しい提案があります」
「提案?」
「ええ」春樹が企画書を広げる。「パリ展示会に向けて、若手デザイナー育成プロジェクトを」
千秋は息を呑んだ。それは、今の状況を打開する可能性を秘めた提案だった。
「伝統技法の継承と」春樹が説明を続ける。「新しい価値の創造。その両方を実現する機会に」
蓮の表情が、少しずつ変化していく。
「それなら」蓮が静かに言う。「取締役会も、納得してくれるかもしれない」
「だろう?」春樹が微笑む。「これなら、伝統派も革新派も」
アトリエに、希望の光が差し込んでくる。
夕暮れの陽射しが、三人の影を長く伸ばしていた。
「風間さん」蓮が千秋を見つめる。「このプロジェクトのリーダーを、お願いできますか」
その言葉に、千秋は顔を上げた。
「私に」千秋が戸惑いを見せる。「そんな大役を」
「ええ」蓮の声に力が戻る。「あなたにしかできない」
春樹は、そんな二人の様子を見守りながら、複雑な表情を浮かべていた。
「蓮」春樹が声をかける。「この企画には、君の夢も込められているんだ」
「夢?」
「ああ」春樹の目が優しさを帯びる。「学生時代から追いかけてきた、あの夢」
蓮の表情が、僅かに揺れる。過去の記憶が、その瞳に浮かぶ。
「風間さん」春樹が千秋に向き直る。「蓮の夢を、形にしてあげてください」
その言葉には、友人を想う深い愛情と、何か切ない決意が込められていた。
「私は」千秋が言葉を探す。「精一杯の」
「違います」春樹が静かに遮る。「あなたにしかできない、特別な何かがある」
アトリエの窓から、夕暮れの風が入ってくる。
カーテンが、そっと揺れる。
「分かりました」千秋は決意を込めて答えた。「この技法と、プロジェクトの成功に」
蓮の表情が、柔らかくなる。
まるで、長年の重荷が少し軽くなったかのように。
「では」春樹が立ち上がる。「詳細は、また改めて」
去り際、彼は千秋に小さく頷きかけた。その仕草には、期待と信頼が込められていた。
応接室に残された千秋と蓮の間に、夕暮れの光が差し込む。
「風間さん」蓮が静かに言う。「本当に」
「いいえ」千秋は針を持ち直す。「これは私の夢でもあります」
二人の視線が重なる。
そこには、まだ言葉にならない何かが、芽生え始めていた。
玲奈は、そんな様子を見守りながら、意味深な表情を浮かべていた。
作業台の上で、二本の針が夕陽を受けて輝いている。一方は千秋の祖母から、もう一方は蓮の祖母から託された針。その二本が放つ光は、まるで未来への道標のよう。
千秋は静かに針を進める。
一針一針が、新しい可能性を紡いでいくように。
プロジェクトという挑戦。
パリ展示会という夢。
そして、まだ名付けられない感情。
夕暮れのアトリエに、確かな決意が満ちていた。
(つづく)




