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第11話:針の響き

「気分はいかがですか?」


千秋は病室で、ベッドに横たわる蓮を見つめていた。昨日の取締役会の最中に突然倒れたという知らせを受け、さくらの懇願もあって見舞いに来ていた。


窓から差し込む陽射しが、病室の白いカーテンを透かして柔らかな光を落とす。普段のスーツ姿とは違い、病衣姿の蓮は少し頼りなく見えた。


「ご心配をおかけして」蓮は普段通りの声を保とうとしていた。「単なる過労です」


しかし、その言葉の端々には疲れが滲んでいる。机の上には、病室でも仕事を続けている形跡があった。ノートパソコン、書類の束、そして携帯電話。


「お仕事は」千秋が恐る恐る尋ねる。「少し控えめに」


「さくらのドレスが」蓮は言いかけて、咳き込んだ。


「それは私が責任を持って」千秋は即答した。「ですから、今は」


その時、病室のドアが開いた。


「兄様」さくらが心配そうに入ってくる。「また仕事を?」


「さくら」蓮が言い訳をしようとする。


「風間さん」さくらが千秋の方を向く。「お願いです。兄様の仕事のことだけでも」


千秋は小さく頷いた。それは単なるデザイナーとしての仕事を超えた、人としての約束のように感じられた。


「では」千秋は作業ファイルを取り出す。「進捗だけご報告を」


蓮の目が光った。それは安堵の色なのか、仕事への情熱なのか。


千秋は新しい技法の試作について説明を始めた。伝統的な刺繍を基礎にしながら、現代的なシルエットに合わせて配置を変える。予算内で最大限の効果を引き出すための工夫の数々。


「この部分は」蓮が図面を指さす。その指先には、確かな職人の目があった。


「はい」千秋も真剣に応える。「祖母の技法を応用して」


二人の会話は自然と専門的な内容に移っていく。さくらは、その様子を見守りながら小さく微笑んでいた。


「風間さんがいてくれて」さくらが小声で言う。「本当に良かった」


千秋は何も答えられなかった。それは単なる感謝の言葉以上の、何かを感じさせる響きを持っていた。


「篠原様」千秋は話を仕事に戻す。「この方向性で」


「ええ」蓮は頷いた。「風間さんを、信頼していますから」


その言葉に、千秋は胸が温かくなるのを感じた。それは上司と部下の関係を超えた、職人同士の信頼。そして、まだ名付けられない何か。


病室の窓から、夏の風が入ってくる。カーテンが静かに揺れ、午後の光が差し込む。その中で、三人はそれぞれの想いを胸に、静かな時を過ごしていた。


それは、まだ仕事を軸とした関係。

けれど、その中にある確かな信頼と理解。

そして、少しずつ芽生え始める特別な感情。


(つづく)

風邪ひいて寝込み…期間が空いてしまいました。

皆様もお気を付けください。

本日から更新再開します!次の話から18時頃更新予定です。

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