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皇帝遊戯  作者: さわら
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プロローグ―跪き、枯れる

今は冬。

外壁の隙間から冷気が忍び込み、部屋の空気は否応なく低下する。

従者は既に窓掛けを取り払い、東の空から差し込む光が床を染めていた。

ただこの歴史ある豪華絢爛な、広い空間の主は陰鬱とした表情だった。

そしてこの広い空間の主は枕へ顔をうつ伏せ、呟いた。


「ああ、またしても同じような陽の出を見て日常が始まるのだな。」


再び、目を閉じて神に願う。叶うことならば――ひとたびの変革が、我が国に訪れんことを。



大陸暦1877年6月某日

ロメリア王国/王都アルストム/王政府庁舎


「何ということをしてくれんだあの盆暗王は。」


ロメリア王国の王都アルストムは、都市全体が円環状に広がっている。

その中心にあるのが王政府庁舎で、行政の要として機能する建物だ。

王の住む王城は別の場所にあるが、いずれも王の権威を象徴する存在である。

そして、恥もなく自国の王を責め立てるこの男こそ「王政長官」であり、いわゆる宰相である。


「サンズリア帝国からの輸入は全面的に禁止、加えて入国すら許されない。

北のシィーロフ侯爵が怒りのあまり王都に攻め入ってくるぞ...」


盆暗王のおかげで王国が100年に渡って濁してきた帝国との対立は決定的だ。

いくら何でも帝国の仮想敵国である王家の娘と、

我が王国の王太子が婚姻関係になれば敵になったも同然だ。

何よりこれが王国議会を通った思案ならまだしも、

またしても"無能"という代名詞の元老院のみで動いていた事案など有り得ないことだった。

確かに今の王は盆暗で先代の傑物とは比べ物にならないため、

締め付けが強く各貴族家からの文句は酷かった。

しかし、元老院は王を肯定する事しかしない(むしろ、王にとって利があることばかり提案する)ので、

このお家騒動で貴族に一矢を報いたとでも思っているのか。

私はそんな元老院を、かつて法の守り手と信じていたことがバカバカしい。


「直ちに外務大臣に通達し、帝国と話し合いの場を設けるか。王には私から直接意見を言うしかない。」


数刻ほど執務机に手を当て頭を悩ませながら出た結論は直ちに王へ意見する事。

そして外務大臣にはすぐに帝国へ飛んでもらわねば。

私は外務大臣を任命できるが、上には元老院が存在し、彼らの一存で王政長官が決められる。

密かに元老院に楯突いていたのが仇となったか、味方は私の配下しかいない状況になっている。

先代王が逝去なされてから早7年、元老院を取り仕切り力強い手腕で王国の航路を取り決めた大臣は大半がすげ替えられた。私は侯爵家生まれでも次男なので、元老院に入ることはなかったがもしその場にいたら先代王派閥と見られ即解任であっただろう。部屋を見渡し、文書を整理する。

そして私が蚊帳の外の立場で出来ることはこれくらいかと考えついた先、部屋の外で足音が響いた。


「ソルフィーユ・グラン殿、王国総会への出席をお知らせに参りました。付きましては本官にご同行願います。」


王国総会とは国難にある際、王都で政務を行う者が集まるものだが、

直近の会合は先代王が死の淵にいた7年前から開かれていなかった。

部屋へ招き入れるとその兵士は元老院の制服を身に纏っていた。

そして元老院直属の兵士が今ここに訪れるということは、

いよいよ王都での味方はいなくなったということを示唆する。

抵抗する意思など見せたら面倒なことになりそうなので、大人しく従うのが吉だな。


「把握した。しかし、外務大臣は急を要する要件があるため出席は難しいと思われる。」


「外務大臣閣下につきましては、既に王国総会へご出席されております。」


その瞬間、背に氷の針が刺さるような感覚が走る。先手を打たれた。完全に。


「……しかし、ここに内務布告令第245号がある。」


私は震える指でその文書を示した。


「兄上の謀略か?」


ここで兵士の動揺を伺う。この文書だけは守り抜かねばならぬからだ。


「今朝、外務大臣に託したものであり、サンズリア帝国の禁輸措置に抗議するための特命である。王の名の下に、内務管掌として発令されたものだ。」


兵士は一歩前に出た。


「それについてでございますが――」


一呼吸おいて、声の調子を変える。


「王よりの正式な罷免令が、布告令の発令時刻よりも前の時刻で登録されております。」


私ははっと目を見開いた。


「何……?」


「よって、長官としての署名・命令は、王国法規第58条に照らし、無効とされます。そして、不正な文書の発行・行使は、王命偽造および反逆罪に該当いたします。」


その瞬間、背後の中央に添えられていたガラスが甲高い音を立てて砕け散った。

冷たい風が一気に室内へ流れ込み、肌に刃のように刺さる。

振り返るとそこには漆黒の制服を身に纏った元老院直属の粛清部隊が、

すでに銃口をこちらに向けていた。


「なっ、衛兵――ッ!」


再び前を向くと、兵士たちは無言のまま、次々と部屋を満たしていく。

足音も、視線も、まるで一つの意志のもとに動いていた。


強い腕に引き倒され、冷たい床に額を打ちつける。

視界が歪み、世界が静かに遠のいていく――


後に“王政の再編”と呼ばれるこの粛清は、ロメリア王国の歴史の中でも特異点として記録されている。

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