第九話 魔法の特訓がはじまったよ
「へえ、はあ、はあ、ひい」
「もっと力を入れて走るのだ! そんなんじゃ早歩きしたほうが早いまであるぞ!」
ライブラ21、一番上のお姉さんと魔法の特訓、のはずが、外で走り込みをすることになった。ぼくがあまりにも動けないからだ。だって仕方がないじゃん。ずっと入院ばかりの生活していたんだもん。
ライブラの記憶をある程度思い出せたら、走り方も思い出せるのかな? この調子じゃ、代わりに生きるのも一苦労だ。必死に建物の外周を走る。
「うわあ!!」
何もない所でつまずいて転んだ。
「何をしているのだ! 早く立って走る!」
「けがしちゃいました! 回復魔法かけてくださいよ!」
「そんなことで回復魔法をかけていたら、あっという間に魔力が尽きてお姉ちゃん倒れるのだ! 気合で立つのだ!」
うそつき! シェイドさんが言ってたぞ、魔術師として優秀だって。わーん! 結構スパルタだ! 擦りむいた膝小僧をさすって立ち上がる。
「いい、ひい、ふい」
……何時間走ったか。ライブラ21から声がかかる。
「この辺で切り上げるのだ!」
「は、はい」
ヘロヘロになって戻る。
「たった一時間でこの調子じゃ、MCC機構でやっていけるかお姉ちゃん心配だ!」
い、いちじかんしか、はしってないの、もうむり。
「MCC機構って、そんな、体力、使うんですか?」
息を整えながらしゃべる。
「部署による!」
部署、確か働くのは収集課だったよね。
「収集課って体力使うんですか?」
「使わないな!」
「使わないんですか? じゃあ何で走り込みなんて……」
「女の子を狙う悪い変質者がいるからな! これは逃げる特訓なのだ!」
「へ、変質者!?」
なにそれこわい。
「大丈夫! お姉ちゃんがボディーガードになるのだ! でもそんなに動けないんじゃお姉ちゃん守り切れるか自信がない!!」
「ひー!」
この世界、結構治安が悪いのかな。それもそうか。魔法があって、剣を持っている人がいて、ライブラだって作戦がどうとかで……。
「ぼくになる前のライブラ24って、どの部署で働いていたんですか?」
「んー……」
結構長いこと熟考するな。しばらく待つ。
「特殊な方の収集課なのだ!」
「特殊な方?」
「これ以上は言えない! 秘密! お楽しみ!」
秘密か。シェイドさんの言葉を思い出す。
『下手に刺激を与えたくない。警戒している状態なんだ』
お姉さん三人とライブラ24の生い立ちは、結構な刺激だった。ぼくのいた世界で理想の人間を造るだなんて、そんなことは無かった。刺激か。シェイドさん……。ぼくはまた、魔力の大量放出をするわけにはいかない。
「わかりました。知るタイミングが来るまで、楽しみにしておきます」
「えへへ、助かるのだ!」
走り込みの次は本命の魔法特訓。広い体育館みたいなところに移動した。そこにはフローラさんがいた。
「収集課か、私もMCC機構で働き始めたころは収集課だったなあ」
それシェイドさんも言ってたね。みんな通る道なのかな。
「収集課は基本魔道具くらいしか使わないから安心するのだ!」
魔道具、お風呂のやつね。あれしか触ったことがない。
「でも、細かいところでは魔法を使うよ」
「そ、そうだったっけ?」
フローラさんは何もないところからペンを取り出した。これが魔法……。こういうのやってみたい。
「ペン無いなーってとき、引っ張ってこれると便利だったりするし」
「地味!」
うーん確かに地味。
「収集課は地味なものよ」
「課長が聞いたら泣いちゃうのだ!」
「ぼく、その、物を引っ張ってくるやつ挑戦したです」
「そうね、簡単だしやってみましょうか」
まずは基本のき、魔力を感じる。魔力は体をめぐっている。人によって感じ方はそれぞれで、水が流れるようにだったり、ふわふわと感じたり、燃えるような熱さだったりで、いっぱいあるみたい。
熱さ。そう、ぼくは熱さを感じた。
「体の周りに熱を纏うような感じがします」
「……前のライブラ24と違う!」
「へっ? そうなんですか?」
「ライブラ24は冷気を張るような感じと言っていたのだ!」
なんでだろう。これは、ライブラからぼくになったから?
「不思議ね。後でシェイドに伝えておきましょうか」
「私が伝えに行く!」
「そう? じゃあお願いね」
シェイドさんに会いたいんだ。ぼくも一緒に行こ。
「次は魔法を編みましょうか」
魔法を編む?
「編むって何ですか?」
「……編む、としか表現できないかな。そうね、体をめぐる魔力に秩序を与えて、意味を持たせて、規則的に……編む」
「編む……」
……これは、思ってたより難しいかも。
「まあ、なんとかなるのだ!」
「そうね、とりあえずやってみましょ!」
「は、はい!」
感じた魔力。これに秩序を与える。意味を持たせて、編む。秩序、意味、編む。
「で、できない……」
「適当にやれば、何かしら発動するはず! だから何が起きてもいいように頑丈な実験場にきたのだ! ばっと大胆にやっていいのだ!」
ここ、実験場なんだ。なるほど、道理で壁がごついわけだ。
「うーん、これもシェイドに相談かな」
「私が相談に行く!」
「そう? じゃあお願いね」
シェイドさんに会いたいんだ。ぼくも会いたい。全然できなくて泣きそう。
「魔道具、使ってみようか。お風呂のやつは使えるって聞いてるしね」
「はい!」
フローラさんは、さっき魔法で取り出したペンを差し出した。
「これね、空間に文字が書けるの。でね、書いた文字は持って移動できるの。他人には丸見えだから下手なものは書けないけど」
「へー」
ただのペンにしか見えない。
「魔道具は魔力を通すだけで使える! 何か書くのだ!」
「わかりました」
ぼくはペンを持ってみんなの名前を書いてみた。特別なことをしなくても書けた。お風呂のやつと同じ。
「ライブラ21、フローラさん、ライブラ24」
「おおー! 字綺麗なのだ!」
「魔道具はね、誰でも簡単に安全に使えるよう設計されているからね。むしろ使えなかったら大変だったと思うよ?」
「そうですね……」
もし魔道具が使えなかったら、お風呂も誰かにやってもらわなくちゃいけなかった。魔道具、使えて本当によかった。
ライブラ21が飛び跳ねて、ペン無しで文字を書き始めた。
「えっペン無しで!?」
「ライブラ24も、いずれはこれぐらい簡単にできるようになって欲しいのだ!」
ほっぺを膨らましている。
「ひー」
で、出来るようになるかなあ。……とにかく頑張ろう。