第八話 配属先が決まったよ
朝ごはんを食べ終え、少しまったりしていたときだった。ドアをノックする音が聞こえた。
「ウェーブです。ライブラ24、いますか?」
ウェーブさん? ここに来るのは珍しい。返事をして急いでドアを開ける。
「何でしょうか?」
「シェイド所長がお呼びです。所長室へ案内しますからついて来てください」
「は、はい」
何だろう。いつもぼくに用があるときは、ふらっと来るような感じの人で、誰かを通して呼ぶようなことはしない。こういったら失礼だけど、偉い人って感じがしない気さくな人だ。それが改まって、何の用なんだろう。
「シェイド所長、お連れしました」
「し、失礼します」
こ、ここが所長室。きれいな部屋だ。……というか、あまりこの部屋使っていないでしょ、シェイドさん。物が無さ過ぎる。
「ああ、ウェーブ君ありがとう。ライブラ24、そこにかけなさい」
「はい」
シェイドさんと対面する形でソファーに座る。
「MCC機構から正式に通知が来た」
そういってぼくに書類を差し出した。MCC機構から通知……。
「来期より、本部収集課へ転属を命ずる」
……収集課? 来期っていつだろう?
「MCC機構の本部で働くことになるかもしれない、と伝えていただろう? それが確定した」
「収集課ってどんなことをするんですか?」
「本部が集めた情報や、魔法情報センターの調査部が得た情報をもとに、魔法とか魔道具を収集、あるいはその詳細な情報を持ち帰るのが仕事だよ」
「はあ」
あんまりイメージがわかない。
「ライブラ21も一緒に転属するよ。俺もMCC機構で働き始めたときは収集課だったな。あそこはいつも人手が足りないから。当時と変わってないようだったら、もう一人先輩がついて三人で行動することになるだろうね」
ライブラ21、一番上のお姉さんだね。元気がよくて、褐色肌、グレー髪で……。あれ? 顔を思い出してみる。
「シェイドさんとライブラ21って、似てますよね」
「ははっ、急だね。ライブラ21は俺の体をベースに作った子だから」
???????
「そ、それはどういう?」
ぼくは本当にこの世界のことを知らない。ぼく含め四人がライブラと呼ばれる理由を知らない。
「……まあ、その話は追々ね」
そう、追々だなんていってごまかす。今回は食らいつく。
「あ、あのあの、流石に教えてくださいよ。せめてぼく、ライブラ24のこととか」
「追々、追々ね。それより来期か。本部も結構時間をくれたもんだ。というか、現場側としても急にそんなこと言われてもって感じなのか。まあどう考えても準備期間が必要になるだろうし俺のときだって」
ぶつぶつと独り言が始まる。シェイドさん、こういうところがあるからなあ。ぼくは独り言を制止するように声を出した。
「シェイドさん!」
「魔力の大量放出」
その言葉を聞いてビクッとする。……あの騒ぎのことだ。
「その原因はおそらく、ツバサ君の死に際と、ライブラの死に際の記憶がリンクした結果、魔力に乱れが生じたのだと思われる。誰しも感情を揺さぶられれば起こる現象だ。下手に刺激を与えたくない。警戒している状態なんだ」
シェイドさんは淡々と説明する。警戒しているだなんて、そう言われてしまうと何も言えない。両手を強く握りしめる。
「本当は全部教えてあげたい。でも俺らはツバサ君がいた世界のことを、ツバサ君の記憶を知らない。何を教えたらいけなくて、何を教えてもいいのか、少しずつ情報を出して様子を見ている」
ぼくは俯いたまま何も言えなくなってしまった。
「ライブラ21、22、23とは仲良くなれそうか?」
「……はい」
三人ともライブラの死を受け入れ、そしてぼくの存在を受け入れてくれた。強くて、優しいお姉さんたち。
「ライブラ21、22、23、それからライブラ24の生い立ちについて話そう」
シェイドさんはゆっくりと話し出した。ぼくは黙ってそれを聞く。
「ライブラ21は、魔術師として最高クラスに出来上がったが、MCC機構が求める必要な力を持っていなかった。でもとても頑張り屋さんでね、MCC機構が収集した魔法のほとんどを記憶している。俺にも負けないくらいにね。元気で強い子だ」
MCC機構が求める必要な力……。
「ライブラ22はその点をクリアしたが、平均的な魔術師と比べると、魔法発動まで時間がかかる。本人は隠しているが、今でもそのことを気にしているかもしれないな」
魔法発動までの時間……。
「ライブラ23は、魔法発動までの時間を平均以上へ上げることに成功したが、体調を崩しやすい。ライブラ20のことがあるからな。気に病んでいないといいが」
……ライブラ20?
「ライブラ24は、魔力構成に着目して作成した。俺の体をベースにしたライブラ21が、力は無くとも体は健康で、魔術師としても優秀だからな。魔力構成を俺に似せるようかけ合わせてみた。結果、MCC機構が求める必要な力を有し、魔術師としての才能を持ち、健康な体を持つ個体の作成に成功した」
シェイドさんが、じっとぼくを見ている。
体が熱くなっていくのを感じる。感情が揺さぶられて、何か、何かを思い出そうとしている自分がいる。あのあたたかい手を思い出した。きっと、きっとシェイドさんなら――。
「シェイドさんは、ライブラみんなのことを、どう、思っていますか」
声が、体が、震える。
「俺の娘だと思っているよ」
はっきりと言ってくれた。そうだね、そうだったね。これはライブラの記憶。涙がぽたぽた落ちていく。
シェイドさんは、ぼくの隣に座って頭を撫でてくれた。ライブラは、お姉さん三人たちは、シェイドさんがいるから強くて優しいんだね。
――ぼくの新しいお父さん。
* * *
ツバサ君……ライブラ24を部屋へ送った後だった。
「シェイド所長」
「ウェーブ君か、わかっているよ」
「所長! あなたは所長で、僕はあなたの助手です。会話ログだなんていくらでも改ざんをすることが」
「止めておきなさい」
本部の呼び出しを食らった時点で、俺のアルカナクラスが引き上げられたことは予測がついていた。勝手な行動をとったのだ。当たり前だ。
俺は誰のコピーなのか。はたまた、一から作り出されたものなのか。何もないところから突然現れたのか。
「ツバサ君のいた世界って、きっと平和な世界なんじゃないかって思うんだ。魔法はおとぎ話で、アルカナなんて存在しなくて、それこそMCC機構が無くたって安全に暮らせる世界」
「シェイド所長、これだけは言わせてください」
「ん?」
「我々は、あなたを人として尊敬し、慕っております」
「……苦労をかけるね、ウェーブ君」