旅の始まり。そして、出会い
そうとなったらもうじき、旅に出るとしよう。幸い僕は家族とは親しくないし、跡継ぎも兄と姉がいるので大丈夫だろう。何故跡継ぎが必要なのかは、僕の家はほんの少し周りよりも地位の高い、下位貴族だからである。
でも、実際僕は一族の中の出来損ないと言われ、蔑まれてきたのでいなくなったほうが両親的にも良いだろう。名誉とか地位とか大好きな二人だから尚更。
僕は早速、”二週間後、旅に出ると伝える”と、両親達は態とらしく悲しむ素振りを見せ、数分で満面の笑みでわかった!とすぐに納得してくれた。まあ何にも説得なんてしてないけど。両親は僕の部屋の片付けに大勢の使用人まで寄越してきた。どんだけ僕の事を追い出したいんだ。自分で自分の嫌われようを知っているが、ここまでドストレートに使用人を寄越してきたら流石に少し凹む。
そんなこんなで使用人たちに手伝ってもらいながら、引っ越しの準備が終わった。ちなみに旅にでる一週間半前に。部屋に散乱していた本やノート、ペン、カバン、着替えの入った箪笥。机の上には何もなく、寧ろピカピカに磨かれ、全て誰も住んでいなかったかのように綺麗に片付けられていた。この部屋の持ち主である僕にちゃんとこれは捨てるか捨てないか、と聞いてくれたので、必要なもの、大切なものは何一つ捨てられていなかった。そこは少し安心した。
大きな荷物になってしまったので、持っていくものと、持っていかないものを決めて、自分のもつ最も大きなリュックサックに着替えと食料と水筒を中心に入れ、セウヌスとお揃いで買った斜め掛けのグレーのカバンに、日記と一応下位とはいえ貴族なので普通よりも多い持ち金を全て詰め込んで、自分の部屋、この家から出ることになった。
相も変わらず降り注ぐ雪景色に日光に殆どあたらない、病的な程に白い肌に、真っ黒な衣服を身にまとう人々を見て、世界が白と黒のモノクロな世界に染まっていってると実感した。
黒の衣服は、白い人間の肌をより白く際立たせているようで、僕は何故か体がこわばった。何故皆して黒い衣服を身にまとうのだろうか。でも、僕も黒い衣服しか持っていない。今までそれに疑問すら抱かなかった。色についてなんて考えることさえなかった。誰かに考えることを妨害されているかのように。もし本当に誰かに思考操作、集団洗脳を受けているのだとしたら、魔法を操ることで抵抗出来るようになったのはと考えた。その考えの根拠といえば何だが、僕が魔法を使えるようになってから色について初めて考えたからだ。…と、まあ信憑性の欠片のない、不確かな考えは置いておくとして、列車に乗るため、切符を買いに駅までやってきた。駅もまた全てが白黒で、どの人も黒以外の衣服を着ていない。もしかすると別の色は絶滅してしまったのだろうか、なんて本気で考える域で。
人間だって、肌の色は真っ白で、髪の毛も白、グレー、黒の三択しかない。目が少し疲れそうな世界だが、生まれた時からこの色で過ごしているため、目もそれに順応している。
漸く列車の出発時刻になったので、新たな旅に心踊らせ、内心ソワソワしながら列車に乗り込んだ。…が、僕の隣の席にはとても顔面の強い、ザ・イケメンみたいな人が座ったので、僕は周囲に居る女性の方々に物凄い形相で睨みつけられていて、僕の弱い心は凍えていた。別の席に座ればよかった。心からの後悔である。そのイケメンさん(仮)は困ったような、何か申し訳無さそうな顔をしてこっちを見て何度か頭を下げてきたが、逆効果で女性の方々の視線が余計冷たいものになった。僕悪くないです。全くの無関係です。ただ偶然隣の席になっただけです。
睨みつけてくる視線の数は、時間が進むに連れて多くなっていて、取り付けられた窓の風景を眺め、その視線から逃れていた。この旅は何だか幸先が悪いかも知れないな、とちょっとゲッソリした。
はあ、とため息をつくと、何か言いたげな顔をしているその人は、僕の方を向いて口を開いた。
「ねえ。君のそのカバンに入ってるの、何?凄い量の守護魔法がかけられてるけど…魔法かけたの君?」
引き気味な顔で青筋を浮かべているイケメンさん(仮)は一体何を言っているのか。僕は全くわからなかった。守護魔法なんてかけた覚えはないし、中に入っているのは日記と水筒と食料、財布だけだ。…日記に守護魔法かかってたりしそう。カバンの中にある日記を解析鑑定するとしよう。
《解析結果》
『セウヌスの日記』
・守護魔法Lv.MAX
・特殊効果:攻撃力上昇Lv.MAX
・報酬:経験値200でセウヌスの魂開放
…?守護魔法、攻撃力上昇に極振りしてある解析結果にセウヌスらしいな、と思った。このお兄さん緊張感半端なかっただろうな。それにプラスして女性たちの熱い視線。僕の状況よりも辛いはずだろう。”セウヌスの魂開放”…ってことはまたセウヌスに会えるのか。セウヌスの魔法の強さに改めて関心した。
・・・とりあえずこの凄い書物に掛かっている魔法について誤解を解かなければ。
「これは友人にもらった物なんです。僕の旅を応援、手助けしてくれてる日記です。」
呆気にとられたような顔をした後、コホンと咳払いを一つ。落ち着いたかと思えば僕の行き先を聞いてきた。そんな物を聞いて何になるのかと思ったが、僕は素直に次の駅で降りると伝えた。するとその人も一緒に降りるとか言いだしたので、切符はどうするのかとか聞いたけど、そんなのはどうでもいいと一刀両断された。一体この人は何をしたかったんだ。疑問に思いつつも疎に人に半ば強引に押し切られ、そそくさと電車から降りた。