「『配信者はリスナーを楽しませられるように努力するべき』」
後部座席に二人が乗り込んだことを確認して僕は運転席へと回る。
後部座席では二人が小声で話を続けていたけれど、車を発進させてから二回ほど信号待ちで停止したあたりで、触れづらい話は終わったようだった。助かった。
「そういえば……あ、あの、お兄さん、昨日の配信なんですけど……」
「うん、何か気になるところあった? 夢結さんの視点は独特で僕にはないものだから、ぜひ意見を聞きたいな」
「は、はい。NP……『Next Princess』の方とのコラボ配信って枠なかったんですよね?」
「あ、夢結さんもそっちなんだ……」
「え? 『も』って?」
「夢結を拾う前に私がその件でお兄ちゃんを詰めてたんだよね。ずいぶん仲がよろしいことで、って」
「詰め方怖すぎでしょ……」
「ちなみにコラボ配信じゃないんだ、あれ。美座さんの配信に僕がコメントしたら『次の出撃ついてきて』って感じで誘われただけなんだよね。それでゲームをご一緒したんだ」
「はー……なるほど。そういう経緯があったんですね。だからお兄さんの枠はなかったんだ」
「なに? 夢結は美座さんのアーカイブ観てなかったの? 切り抜きだけ?」
「いやアーカイブ観に行ったけど、お兄さんがVCに入ってきたところから観始めたからその前の流れを詳しく知らなかったのよ」
「あー、はいはい。わかった。コメント欄にあったタイムスタンプから飛んだんでしょ」
「やめろ、あたしの考えを読むんじゃない」
「ちなみに私もそう」
「あんたもかいっ!」
僕が美座さんの配信にお邪魔したのは出撃二回分だけだったのだが、礼ちゃんも夢結さんも当然のようにアーカイブを観に行ってくれていたようだ。
礼ちゃんの言っていたタイムスタンプとは、動画内の指定した時間に飛べるリンクのこと。それをクリックなりタップなりすれば指定された部分から動画を観ることができる。DVDのチャプターのようなものだ。
ちなみにコメント欄からもそのリンクは貼れるので、リスナーさんたちは自分のいいと思ったシーンを共有するためにコメント欄にも貼ってたりする。リスナーさんが面白いと思ったシーンがタイムスタンプとして表示されるので、僕としてもどういった内容がリスナーさんから好まれているのかわかりやすくていい。
ただタイムスタンプでわかりやすくなっているのだけれど、タイムスタンプが貼られているシーンはだいたい深く考えずに言葉を発している場面だったりするので、あまり学習に結びついていない。意識していない部分を良かったと言われても、それは無意識的だからこそ好まれているのであって、無意識の言動を意識し始めたらそれは無意識ではなくなってしまう。気にせずに自然体でいればいいということなのだろうか。判断に困るところである。
「短時間だけゲームご一緒するつもりだったから配信つけなかったんだ。それがどうかしたの?」
「えっと、あの……お兄さんが合流してからの部分で、創作意欲を掻き立てられるシーンがいくつもあったんですけど……NPは切り抜きするの許可制っていうか認可制だったんで、どうにかできないかなぁ……と。お兄さんの枠があったのならそちらを使わせてもらおうと思ったんですけど……」
「あー……そっか。『Next Princess』は許可もらわないと切り抜きできないもんね。そのあたり事務所ごとに規約が違うから、ちょっとややこしいよね」
「そっか……ごめんね。僕が手間を惜しんだばっかりに」
「いやっ! 違うんですっ! そういうことじゃなくて、ただ自分たちの欲求っていうか! イラストにしたいなって思っただけっていうか……」
「そうだよ。お兄ちゃんが配信つけてればこんなに面倒なことにはならなかったのに」
「ごめんなさい……」
「ちょっ、ちがっ……お兄さん謝らないでくださいっ! まったく謝るようなことじゃないんですから! 礼愛もなに言ってんのっ!? 推しが表に出てきてくれたのに謝らせるようなことなんてあっちゃいけないの! こちとら観れるだけで幸せなんだ! そっから先を望むなんてのはリスナーの我儘、エゴでしかないっ!」
「さすがジン・ラースのファン第一号を自称するだけのことはある。しっかりときも……熱心なファンをしてるね」
「ゆ、夢結さんの熱量がすごい……」
夢結さんはフォローしてくれたけれど、たしかに後々のことを考えれば僕も枠を用意するべきだったのかもしれない。
しかし急に美座さんにお誘いいただいたというあの状況、出撃二回か三回行けるかどうかというあの時間で、配信をつける判断をするのは難しかった。
他の人気のあるゲームをプレイするのと比べれば、リスナーさんもそこまで興味がそそられないだろうと思っていたのだ。
想像以上に反響が大きかったことを僕が知ったのは昨日の夜。礼ちゃんとのコラボを終えて、観にきてくれたリスナーさんへご視聴感謝の投稿をSNSにした時だった。僕のチャンネルのリスナーさんや、美座さんのチャンネルのリスナーさんから『またコラボ観たいです』といった内容の言葉をたくさんもらっていたのだ。
それを受けて僕は能天気にも『これでADZやってくれる人が少しでも増えたらいいなあ』だなんて思っていた。僕の枠がなくて困っていた人もいるというのに。自分が恥ずかしい。
「ふぅっ……。ということで、お兄さんは謝る必要ないんです。あたしからちゃんとNPのほうに許可もらいに行けばいいだけの話なので」
「う、うん。あ、ありがとうね、夢結さん」
車に乗る前は会話が辿々しかった夢結さんだけれど、運転席と後部座席という位置関係だと気が楽なのか、僕に対してもたくさん話してくれる。車を降りてからもこの調子で話してくれるととても嬉しいけれど。
「夢結、夢結。ちなみにさ……どのシーンをイラストにするつもりなの? 私さあ、ぐっ……とくるシーンがいくつかあってさあ……」
突然礼ちゃんが声量を落として夢結さんに躙り寄り、ねっとりと話し始めた。
「はっ、礼愛お前そんなん……あたしもいっぱいあるに決まってんでしょうが。……とりあえず言ってみ?」
そんな礼ちゃんの豹変ぶりに引くことも臆することもなく、なんなら夢結さんも礼ちゃんの肩に接するように近づいて声を潜めた。
「私はやっぱり最初のほうの……ハンドガンでヘッショしてたとこ、かな……。ハンドガンの交戦距離の外も外、十倍くらい遠くから一発で撃ち抜いたの、すごい……かっこよかった」
「たっはぁっ……わっかるぅっ……。めちゃくちゃわかるっ。あれさぁ、敵倒してからも平然としてるからなおさらかっこいいんだよねっ。誇らないっていうかさ」
「うんっ、うんっ。そうっ、そうなのっ! その後に美座さんにしてた約二秒の説明もお兄ちゃんらしくてね?!」
「あれ、悪魔のロールらしい人外じみた知的さがあって怖かっこよかったぁっ……」
「…………」
もしかして僕が同じ空間にいること、忘れられたりしてるんじゃないかな。最初のほうこそ僕に聞こえないようにしようという努力が窺えていたのに、徐々に声が大きくなってきている。
内容が内容だけに、僕からは口を挟みづらい。ただ内容が内容だけに気分は良い。褒め殺しされるのはこそばゆいけれど、褒めてもらえるのは嬉しいものだ。
「サブマシンガン全弾躱したとこもよかったなぁ。あれは美座さんの視点だからこそわかりやすかったよね」
「弾が飛んでくるとこわかってるみたいな動きだったよね! でも、あれをイラストで表現しようとしたら何枚描くことになるか……」
「あははっ、あのシーンはかっこよかったけどイラストには難しいね」
「あの神回避シーンを描き切る力は、まだあたしにはないなぁ……。イラストにして映えるシーンなら……」
「わかった、あそこでしょ? キャンプってとこの『おかえりなさい』か、地下の部屋の『ただいま』のどっちかでしょ?」
「あっは! やっぱわかる?! イラストにするなら絶対にあの二つは押さえとかなきゃいけないでしょ! とくに、とくにさぁっ! 地下の部屋のシーンがさぁっ! お相手の美座さんのセリフもあいまってめっちゃエモいんだよねっ!? 自分を守るために一人戦場に残ったお兄さんにゆっくり歩み寄ってさ、血だらけ傷だらけの体に手をあてて、目に涙を浮かべながら労わるイメージがありありと浮かんだよっ! あんなんっ、もうっ、尊すぎるわ……。シチュエーション最高かよっ……」
やはり絵を描く人は感受性が豊かなようだ。地下通路の脱出地点での会話をそんなふうに捉えていたのか。
『猫の目』のアビリティを使ってもなお部屋が暗かったので、おそらく美座さんは近づいて僕の被弾箇所とか出血のグラフィックを確認していただけだと思うけれど。
「……まあ、地下の部屋でのやり取りも……まあ、うん……よかったけどね。でもせっかくイラストにするならキャンプ地のほうでよくない?」
「なんでよ、おかしいでしょ。どっちも描きたいけど、どっちかしか描けないってなったら選ぶのは地下部屋のほうでしょ。あのシーンに繋がるまでのストーリーもスナイパーからの狙撃を庇ったり逆にピストルで超遠距離にいる敵を撃ち殺したりして劇的だったし、三対一の圧倒的劣勢から生き延びたっていうお兄さんのすごさも描写できる。お兄さんが追いつくまでの間、お兄さんの身を案じていた美座さんのヒロインっぷりはフィクションを凌駕してたし、そのあたりのかけ合いはシリアスだけじゃなくてユーモアもつけ足せる。合流してから命を賭して守ってくれたお兄さんに美座さんがお礼を言うところは感動的だった。お兄さんが傷だらけなのもそうだし、薄暗い部屋っていうのもデザイン的においしい。光の加減とかエフェクト、構図だって難しいところはあるけど、腕の見せ所でもある。これだけお膳立てされてて『ただいま』のシーンを描かなかったらそんなんなんのためにイラスト描いてるかわかんないでしょうが」
やはり夢結さんは、絵に本気で打ち込んでいるのだろう。イラストのことになると熱の入り方が段違いになる。いつもは礼ちゃんに丸め込まれたり押され気味の夢結さんだけれど、この瞬間は礼ちゃんを圧倒していた。堂々と胸を張って自分の意見を主張している。
それだけ絵を描くことに本気で向き合っているのだろう。ルームミラーで夢結さんに目を向ければ、礼ちゃんに真剣な表情で自身の考えを説いていた。
夢結さんに限らずだけれど、一つのことにひたむきに努力している人の姿は、思わず見惚れてしまいそうになるほど美しい。
まるで星を散らしたかのように夢結さんの瞳がきらきらと輝いていて、運転中でなければずっとその瞳を見ていたかったくらいに魅力的だった。
「うぐっ……だ、だってさあ……」
「だってもなにもない。手描き切り抜きが許可されなかったとしても、あのシーンはファンアートとして描く。絶対に描く。なにがあろうと描く」
「ううっ……。ゆ、夢結はなにも思わなかったわけ? なんか……なんかあんな、さ? 二人だけの世界、みたいな……さ? 物語の主人公とそのヒロインです、みたいな……あんなやり取り、もやっとしないの?」
「……んふふっ、んふふふっ」
「なんだその気持ちわっるい笑い方……」
「はっはぁん? なるほどね、なるほどなるほど。……礼愛、嫉妬したんだ?」
「はあっ?! ちがっ、そんなんじゃないし! 嫉妬なんてするわけないじゃんっ! 私が一番お兄ちゃんのこと愛してるし、お兄ちゃんは一番私のこと愛してる! あんなぽっと出の女に嫉妬なんてするわけないんだけど!」
「その自信はすんごいし、あたしもそうだろうとは思ってるけどさ……。滲み出ててるよ、敵意が……」
「敵意も嫉妬もない!」
「一番だ、って思ってたらそんなにかっとならないよ。いい雰囲気だったから不安になったんでしょ」
「不安にもなってない! もやっとしただけ! もやっとしただけだから!」
手を掴みながら強弁する礼ちゃんから夢結さんは体をのけぞらせて距離を取る。肺活量も発声もしっかりしている礼ちゃんだ、動揺して声量の加減ができてない状態ではさぞ耳に響いただろう。それは運転席にいる僕も例外ではない。車内という空間では逃げ場はなかった。
「この距離で声張り上げないでよ礼愛、耳が痛い。ほんとにこの子はまったく、しかたないなぁ。……お兄さん」
可愛い生き物でも見るような表情で、でも口調だけは呆れたようなトーンで、夢結さんは僕を呼んだ。
「礼ちゃん」
夢結さんの意を汲んで僕は礼ちゃんに話しかける。
「なにっ?! 私は今、夢結の勘違いを正すので忙し……」
「僕はなによりも礼ちゃんが大事だよ」
「……むう」
「礼ちゃんが嫌な思いをするのなら僕は礼ちゃんを優先するけど、どうする?」
「どうするの? 礼愛」
意地悪そうに笑みを浮かべながら、夢結さんは礼ちゃんに問う。礼ちゃんなら道を誤るようなことはしないし言わないと信頼しているからこその、夢結さんの問いかけだ。
普段は遠慮なく言い合っていても、お互いにリスペクトは忘れない。理想的な関係、良い親友だ。
「うう……ううっ!」
「唸んないでよ礼愛。犬じゃないんだから」
「違うっ、違うのっ! お兄ちゃんの交友関係を制限したいわけじゃないの! ただ、なんかっ、すっごい仲良くしてたから……それでちょっともやっとしただけ! お兄ちゃんに一緒にゲームする友だちができること自体は嬉しいのっ!」
「それじゃあ礼ちゃんは、これからも僕が美座さんと一緒にゲームしてても大丈夫?」
「うぐっ……ううっ、だい、じょうぶっ……。過剰にいちゃいちゃしなければっ……」
「いつも通りならいいってことだよね?」
「……そう、そうだよ。お兄ちゃんが美座さんにも他の人と同じように接するなら、なにも問題はないよ」
「これまで相手によって接し方を変えた自覚は僕にはないから、これまで通りで大丈夫ってことかな。ありがとね、礼ちゃん」
「ちょっと待って。美座さんへの接し方は明らかに違ったよね? 明らかに甘かったよ! 接し方も! 空気も!」
「そんなことないよ。他の人と違うっていうんなら、きっとADZが原因だね。きっと他のゲームよりも協力とか助け合いが重要なゲームだから、他のゲームでやっている時よりも友好的に接しているように見えちゃうんだろうね。これは仕方ないね」
「そ、そんな言い逃れなんて通用しないんだからっ」
「言い逃れでも屁理屈でも詭弁でもないよ。ゲームのシステムがプレイヤー同士の協力を推奨してくるのだもの。親しくするのは自然だよ」
「親しく、親しくっ……むうっ! 夢結はっ?! 夢結はどう思う?! もやっとしたよね?!」
「んわぁ、分が悪いからってあたしにきた。あたしはべつに? てぇてぇなぁ……って思いながら観てたけど」
「嘘だよ! 絶対に少しくらいは羨ましいなーって思ったでしょ!」
「思わないよ。あたしには投影法があるから」
「と……え、なに?」
「投影法。どんな状況でも楽しめるように自分を相手の人に置き換えるの。だから推しがてぇてぇするたびにあたしの心は潤うよ。相手が誰だろうと自分に置き換えるから、てぇてぇする相手が増えれば増えるほどあたしの人生は豊かになる」
「楽し、置き換え……。わ、ああ……そ、そうなんだ……」
夢結さんから強烈にも程があるカウンターパンチを受けて、礼ちゃんは尻込みしていた。吐いていた気炎は鎮火してしまっている。さすが夢結さん、軽く発した言葉にすらとてつもない衝撃が乗っている。
「物理学や心理学以外の場面で投影法を聞くことになるとは思わなかったや……。リスナー心理学ってところなのかな……」
「リスナーみんながこの投影法をマスターしていればコラボ相手がどうとかで荒れることもないんですけどね。やっぱり人によって流派が違うので難しいんだと思います」
「りゅ、流派まであるんだね……。様式やしきたり、作法とかが違うのかな……。華道、みたいな……」
「言い得て妙ですね」
「気取らないで? 言い得て妙とか言わないで? 夢結はなんの専門家なの? 華道と肩を並べようとしないで」
「心の安寧を保つと同時に幸せにもなれる一挙両得の思考形態がこの投影法なの。まったく……常に生活が幸せに満ちている礼愛は精神的な刺激に弱くて困るなぁ。一般的なリスナーは推しからの限られた供給を最大限享受するためにいろんな方法を心得てるもんなの。寧音もそう」
「えっ?! 寧音ちゃんも?!」
「寧音は流派が違うけどね。あいつは妄想力で補完するタイプ。だから、まぁ……あたしと違ってそこそこダメージ受けてたね、ちょうど礼愛みたいに」
「やっぱりダメージ受ける人もいるんだよ! だから美座さんといちゃいちゃするのはだめだよっ、お兄ちゃん!」
「元から誰ともいちゃいちゃなんてしてないけどね、僕」
「ちょっと礼愛、やめなよ。推しに自分の理想を押しつけるのはマナー違反」
「マナー違反は……それはそうなんだけど……」
「リスナーなんてのは、推しの日常のワンシーンを覗き見させてもらってるに過ぎないの。配信してくれてるだけで感謝しないといけないの。礼愛はいつもお兄さんのすぐ近くにいるからその分思うところもあるのかもしれないけど、本来リスナーなんていう存在は配信者に関知されないものだし関与できないものなのよ。観させてもらってる分際で口を出すのが間違ってる。本人に文句言ったりコラボの相手を指定したり配信の内容を強制させるなんて、リスナー失格なのよ」
「いや、ゆ……夢結さん、僕はそこまで過激な考えは持ってないよ? 配信を観にきてもらってるわけだから、リスナーさんには楽しんでもらいたいと思ってるし……」
「『配信者はリスナーを楽しませられるように努力するべき』……そういった理念を『配信者』自身が掲げる分には構わないんです。ただ、その理念を『リスナー』がお客様目線で振り翳すのがいけないんです。お兄さん、知ってますか? どんなにおもしろいコンテンツでも、大抵終わり方は同じなんですよ。エンタメを解さない自己主張の激しい厄介な外野が、コンテンツを殺すんです」
「っ…………なるほど」
僕はVtuberとして活動するにあたってこの界隈のことを調べたり学んだりはしたけれど、それまではほとんど何も知らなかった。
デビュー以前は、礼ちゃんの配信の切り抜きを観るくらいで、広げたとしても精々礼ちゃんとコラボした人の配信や切り抜きをちょこちょこ観る程度。Vtuber界隈、配信者界隈に興味があったわけでも、熱心にイベントを追っていたわけでもない。
夢結さんがどれほどこの界隈にのめり込んでいたのか僕は細かくは知らないけれど、僕よりもよほど長く深く見てきているのだろう。
いや、もしかするとVtuberや配信者というジャンルに限られてすらいないのかもしれない。一度話を区切ったあと、夢結さんはわざわざ『コンテンツ』と表現した。夢結さんが警鐘を鳴らす『コンテンツを殺す』という話はおそらく、配信者界隈のみに限定されてはいないのだろう。
サブカルチャー分野について、僕では及ぶべくもない膨大な知識量と経験値を誇る夢結さんは、きっと望まれない結末で終わったコンテンツをたくさん見て聞いて触れて知ってきたのだろう。
御姉妹でサークル活動をして漫画も出している夢結さんは、サブカルチャーの消費者でありながら同時に生産者の顔も併せ持つ。この分野における有識者にして専門家、娯楽を提供するという観点からみれば僕の先輩にもなりうる。
「差し出がましいことはわかってますけど、お兄さんはお兄さんのやりたい配信活動をやりたいようにしてください。誰の指示も、相手がたとえ礼愛であっても、聞かなくていいんです。楽しそうにしている姿を観れるのが、リスナーにとってなによりのファンサービスです」
先達からの忠告、ありがたく頂戴しよう。
あくまでこれは夢結さん個人の見解だけれど、しかしこの見解は、多角的な視点、多面的な真理への解答の一つのように、僕は感じられた。
「……うん、わかった。肝に銘じておくね。ありがとう、夢結さん」
以前に、リスナーさんはどのような配信を求めているのだろうと考えて、僕は夢結さんにも意見を求めたけれど、夢結さんは『配信してくれてるだけで嬉しいです』と答えていた。あの時は僕に配慮してそう言っているのかと思ったけれど、夢結さんは自分の信条に従って真摯に答えてくれていたのだと、今なら理解できる。
立場が変われば意見も変わってしまう人が多いというのに、夢結さんは一切揺るがず一貫している。礼ちゃんが夢結さんのことを大好きな理由がよくわかる。一本筋の通る実直なその人柄はとても好ましい。
「ううっ……ううぐうっ……。夢結の言葉が、痛いっ……」
「まぁ、そうだろうね。正論パンチってそういうもんよ」
「痛いけど、夢結の言ってることが間違ってるとも思えないからなおさら苦しい……。反論できない……」
「正論だなんて言ったけど、べつにあたしの言ってることがすべての状況で正しいなんて、あたし自身思ってないけどね。思考放棄した盲目的な全肯定信者だ、って言われても仕方ない内容だし」
「まあたしかに内容はあれだったけど、大筋は納得できるものだったからさあ……。一部の声の大きなリスナーの意見を取り入れてだめになっちゃった、ってパターンは私も聞いたことあるし、それで嘆いてたリスナーさんもSNSで見たことあるし」
「うん。あたしもある。何回もある。だからこそ、自分はそうならないようにって律してる。礼愛なら自分に置き換えて考えてみたらわかりやすいし、納得もしやすいんじゃない?」
「ん? 自分に置き換えて、って?」
「んーと……そうだなぁ。たとえば、礼愛のガチ恋リスナーが『レイラ・エンヴィとジン・ラースのコラボは気に入らない。やめるべきだ!』なんて言ってきたとしたら、どう?」
「え、なんでお前に指図されなきゃいけないんだって思う。ふつうに腹立つ」
「ちょっと言い方が素直すぎるけど……まぁ、そういうことよ。自分にはしたいことがあるのに、それが気に入らないからって文句つけられたら気分悪いでしょっていう、それだけの話。推しを推すことと、支配しようとすることは違うんだからね。あたしも礼愛も、お互い気をつけようねってだけの話よ」
「ためになる話だね。僕も心に留めておかないといけない」
「お兄さんが? あんまりお兄さんが他人の気持ちを無視して言うこと聞かせようとする姿はイメージできませんけど……」
「お兄ちゃんにはその『他人』と接する機会もないわけだしね」
「ぐふっ……」
「……お兄さんが頭ごなしに命令するようなタイプだったら、礼愛はこんなふうには育たないよね。お兄さんは気にしなくても大丈夫ですよ」
「私で判断しようとしないでくれないかな」
「あはは。ありがとう、夢結さん。ただ僕は、支配しようとか言うこと聞かせようとか思ってないんだけど……いつの間にかそうなってるってことがあって」
僕が無意識下で他人を支配しようとしているのか、あるいは僕に従うように他人を誘導しているのかわからないけれど、それに近しい経験があった。それが原因で小学生の時と高校生の時、周囲と軋轢が生じた。
何が一番困るかと言うと、それが無意識下で行われているから困るのだ。完全に支配してしまえば問題は起きないのに、僕としては支配するつもりがなく、だからこそ中途半端になって糾弾される隙が生まれる。
そのせいで、僕はただ人と仲良くしたいだけだったのにうまくいかなかった。
小学生時代も高校生時代も、最初の頃は順調に親睦を深められていた。順調、と僕が思い込んでいるだけでその頃から問題はすでに芽吹いていたのかもしれないけれど、少なくとも僕の視点からは順調に見えた。
けれど、時間が経つにつれ、ぼろぼろと鍍金が剥がれ落ちるように周りから人が離れていった。最初から最後まで、僕は態度を変えずに周囲の人たちと接していたはずなのに。
意図せず発揮される支配欲をどう抑えればいいのか、治療法はまるで見当もつかない。けれど無意識的に支配欲が発露されているということは、僕の深層心理にはそういった欲望がある、ということなのだろう。
支配欲なんてものは友人を作るという僕の目標を阻む障害でしかない。夢結さんの言葉を肝に銘じ、まずは意識することから始めて、いずれはどうにか克服したいものだ。
「……お兄ちゃんの場合は支配しようとしてるんじゃなくて、周りの人が支配されたがってるんじゃない? 周りの人の被支配欲を引き出してるんじゃないかな……」
「あぁ……それわかるぅ……」
自分の行動を顧みてどうにか改善しようとしていた矢先に、二人は元も子もない話をしていた。
「……被、支配欲……」
僕が自然体でいるだけで被支配欲を掻き立ててしまっているのだとしたら、それはもう僕にはどうしようもないのでは。
「他人にああしろこうしろって命令されるのは誰だって嫌な気持ちになるけどさ、お兄ちゃんがするのは命令じゃなくて提案でしょ? 『こうしたらもっとよくなるかもしれないね』みたいな」
「わーっ、お兄さん言いそうっ!」
「…………ま、まあ……」
まるっきり、一言一句同じセリフを高校生の時にこの口から発した記憶がある。
さすが礼ちゃん、産まれた時から僕の妹をやっているだけあって僕の言い回しをよく把握している。
「柔らかい感じの提案なら言われた人も素直に聞き入れやすいし『それじゃ一回やってみようかな?』ってなるよね。で、いざお兄ちゃんのアドバイス通りにやってみたら、大抵うまくいく」
「そのあたり、礼愛はたくさん実体験がありそうだね」
「あるよ、めっちゃある。私は強い意思を持ってお兄ちゃんになるべく甘えないように自制してるからまだなんとかなってるけど、きっとふつうの人なら簡単に堕落するよ。だってお兄ちゃんに従ってればうまくいくんだもん。ぜんぶ任せちゃおってなるよ」
「一般人目線から言わせてもらえば十分甘やかされてるし十二分に甘えてると思ってたけど……そう考えるとたしかに、盲目全肯定指示待ち操り人形にならなかっただけ礼愛はしっかり者の部類なのか」
「やばい単語を繋げてやばい新語を作らないで。とにかく、お兄ちゃんの甘やかしスキルと的確なアドバイスのせいで、思考停止した被支配願望のある人間が集まってきやすいってこと」
「ぜんぶ指示されて生きれたら楽だもんね。しかも指示されたことがぜんぶ正しくて従うだけで人生うまくいくんなら、なおさら依存しちゃうだろうね」
「そう。ふつうだったら堕落する。私だったから誘惑に耐えられたものの、並の妹だったら耐えられないよ」
「並の妹とかいうこれからの人生で聞く機会がもう一度あるとは思えない謎ワード。牛丼かよ」
「そ、その場合、僕はどうすればいいのかな? 僕としては甘やかしているつもりはなくて、あくまで常識の範囲内で手助けをしてるつもりだったんだけど……」
困っている人を助ける、苦しんでいる人を少しでも楽にさせると思うことは、一般的な感性であれば自然な心の働きのはずだ。
普遍的な倫理観や常識的な道徳観に則って、僕は僕にできることを周りの人にしてきた。人によって差をつけたり態度を変えたりもしてこなかった。もちろん、周りの人と仲良くしたいという下心もあるにはあったけれど、社会通念や一般論から大きく逸脱するほど特別なことをした憶えはない。
二人は過剰に褒めちぎってくれていたけれど、他の人も同じようにやっているだろうことを僕もやっていたに過ぎない。
それでも駄目なら、いったい僕は人とどう接すればいいのだろう。
「んー……お兄ちゃんはもう、あんまり人にアドバイスとかしたり相談とか乗らないほうがいいんじゃない? そのうちどこかでメンヘラ女でも引っかけそうで私心配だよ」
「お兄さんは依存先にはぴったりだしね……。お兄さんからはあまり率先してお手伝いせずに、頼まれた時に必要な分だけ手を差し伸べる、とかでいいんじゃないですか?」
「……なるほど。頭の片隅に置いておくことにする」
いくら手助けといえど過度に干渉すれば相手の自立心や自主性を損なうことになるので、ある程度までに留めているつもりではあったけれど、その『ある程度』でさえ僕は手を出しすぎていたのかもしれない。
気をつけなければいけない。悪意なく人を駄目にするところだった。
「あ、私にはこれまで通り甘やかしてくれていいからねお兄ちゃんっ! 私はそんじょそこらの妹じゃないから!」
「そんじょそこらの妹ってなんなのよ……。お、お兄さん、あたしにもこれまで通りでだ、大丈夫です……。じ、自制心のあるタイプのリスナーなのでっ」
「なんだか話が違うような……まあ、甘やかすつもりもないし本人がそう言うのならいいか。二人とも、もうそろそろ着くからね。降りる準備しといてね」
「はーい!」
「あ、もう着くんだ……。あっという間だったなぁ……」
とりあえず話も一段落ついたちょうどいいタイミングで、とても大きな建物が見えてきた。
僕たちの今日の目的地である映画館は、駐車場も併設されている大型複合商業施設の中にある。
こうして三人で出かける機会が次いつあるかわからないので、せっかくだしお昼は施設内のお店で摂ることにしていたのだ。
映画鑑賞の前に、まずはお昼御飯である。




