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『壊斗』



「明日雑談すっから、スパチャはその時に読むわ。スパチャくれた奴は待っててくれな。ほんじゃあ今日はこんなとこで終わりにするわ。またこいよー」


 APG主催のカジュアル大会も近いので、エイムやバトルの勘を取り戻すための『Noble(ノーブル) bullet(バレット)』配信をやっていた俺は、配信を切るとゲーミングチェアの背もたれに体を預けた。伸びをしながら呻き声をもらす。


「腹減ったぁ、飯……の前に投稿しとかないと」


 弾切れを訴える腹をさすりながら、SNSを開く。


 アカウントは『壊斗』。SNSのヘッダーには金髪で赤い虹彩のイケメン兄ちゃんが爽やかとは対極に位置する悪そうな笑みを浮かべて犬歯を覗かせている。これが俺のヴァーチャルの姿だ。俺のガサツな性格と壊斗のキャラクター性は非常にマッチしている。格好よく産み落としてくれた絵師(ママ)に感謝。


 ヘッダーの片隅にはVtuber事務所『Golden Goal』のロゴが小さく入っている。


 GGに入って、もうすぐ四年になる。所属する前から配信はやっていたが、GGに入る前は社会不適合者でしかない俺が事務所に入っても長く続かないだろうな、なんて思っていた。まさかこんなにも続けることになるなんて、GGに入る前の俺に聞かせたら驚くだろう。


 紆余曲折波乱万丈を経て、オンライン動画共有プラットフォームでのチャンネル登録者数は百万人を数えた。企業さんなどから案件をもらう機会も増えた。事務所の先輩よりも後輩のほうが人数も多くなった。そのわりに人間的に成長できている気がしないのはどうしてなのだろう。


 自身の精神性に疑問を抱えつつ、配信を観てくれてありがとう、という内容を乱暴に噛み砕いてSNSに投稿する。


 配信終了時のタスクをこなした後は、友人の投稿をぱらぱらっと流し見ていく。


「あ、ロロもちょっと前まで配信してたんか」


 ロロ。個人勢のVtuberの田品ロロとは、もうだいぶ付き合いが長い。俺がデビューして落ち着いた頃を見計らうようにコラボの誘いがあった。それからも年に数回パーティゲームなり雑談なり凸待ちなりで交流は続いている。メインでやっているゲームの方向性が合わないせいでがっつり一緒にコラボする、という機会はないが、付き合いは続いていた。


 ロロは配信が終わってリスナーへ感謝を告げるとともに、よくわからない投稿を連続でしていた。今日の配信がそれだけ楽しかったのか、テンションが上がっているようだ。まぁ、テンションの低いロロは見たことがないが。


 様子のおかしいロロのことは頭から放り捨て、席を立つ。


 晩飯が待っている。そろそろ空腹が限界だ。


 防音室から出て、ダイニングへ向かう。


 扉を開けてダイニングに足を踏み入れると、ダイニングテーブルの俺の定位置の対面で、妹がイヤホンで音楽かなにかを聴きながら座っていた。


「あ、お(にい)。やっと出てきた。遅いよ」


「わり。配信終わりの投稿してから軽くSNSチェックしてた」


 黒いショートボブの髪を弾ませながら席を立ち、妹──優空(ゆあ)はキッチンに回る。


 一応俺は都内のマンションに一人暮らしをしているが、あまりの生活力の欠如っぷりに怒りを通り越し、さらに呆れも通り越して感情の針が絶望にまで達した母親が俺の家へと優空を遣わせたのだ。


 優空が俺の食事を作ったり、掃除や洗濯などをしてくれる代わりに、俺は優空にお小遣いを渡す。やっていることは家事代行のバイトとさして変わらないと思う。


 俺は同年代と比べれば稼ぎはいいほうだし、バイト代を出すくらい問題はない。優空は医療専門学校に通っていて、いろいろお金も入り用になるが研修なり課題なりでバイトの時間が作りにくいらしい。


 金はあるが生活力がゴミの俺と、バイトはしたいが時間がない優空とで利害が一致したわけだ。


 優空は空いている時間に俺の家にきては家事をしてくれている。なんなら実家よりも俺の家のほうが学校に近いから、という理由でちょくちょく泊まったりもする。


 俺の自由気ままな一人暮らしが侵されている。まぁ、一人暮らしを続けていればいずれはゴミ屋敷待ったなしだろうし、部屋は余っているので問題ないといえばない。


 なにより、優空がきてくれていなければ俺は早死にしてた自信がある。優空がくるようになってからというもの、俺のQOLは明確に向上している。食事や住環境もそうだが、気を張らずに適当に話ができる相手がいるのは精神的にとても楽になった。


 俺にはなぁ、GGになぁ、オフで会って遊ぶような友だちがいねぇからなぁ。


「はい。どうぞ」


「おー、サンキュー」


 ことり、と音を立ててテーブルに置かれた白い皿には大きめのハンバーグが二つ。続いて茶碗いっぱいによそわれた白米。トマトと玉子が入っているなんかよくわからん、おそらくコンソメスープ。胃袋をダイレクトに殴りつけるような、俺好みのメニューだ。


 俺の妹だけあって俺の好みをよくわかっている。ハンバーグのソースが大根おろしの入った和風ソースなのもよくわかっている。そこまでわかっているのなら、俺の苦手な茹でたブロッコリーや、人参のグラッツェだかグラッセだかも省いてくれればいいのに。


「いただきまー……あ?」


「ご飯はまだ炊飯器にあるよ。電源は切ってるから、冷めたらラップして冷凍庫に入れといてね」


 一度キッチンに戻った優空が、盆を持ってふたたびテーブルまで来た。量を減らしているだけで、俺のと変わらない料理が盆に載っている。優空はそれをテーブルに並べた。


「俺そんなに食えねぇよ」


「ばかっ、これはわたしのご飯!」


「おん? 今日は飯食ってくのか」


 優空がこっちで飯食うかどうかは日によってまちまちだ。翌日学校が早ければすぐ帰るし、腹が減ってればこっちで食う。俺の家に泊まるかどうかもその時の気分で決まる。次の日友だちと遊びに行く予定があれば家事代行もさっさと切り上げるし、暇な時は娯楽の多い俺の家に泊まっていくこともままある。


 最近は実家に帰るのが面倒になってきたのか、じわじわと優空の泊まる比率が増えていっている気がする。気がするというか、着実に私物が増えつつある。俺はごく稀に衝動的にインテリアを買うくらいで、基本的には物欲に乏しい。なのであまり物を置いていない。その空いているスペースに優空がいろいろと自分の趣味のものを置いている。観葉植物や雑貨など、男の部屋に置いておいても違和感はないものばかりだから文句はないが、そろそろ俺の物よりも優空の私物のほうが数が上回りそうだ。


「お兄が部屋から出てくるの遅かったせいでわたしが帰るの遅くなるじゃん? 今から帰って、それでご飯食べてってなったら時間も遅いし太っちゃうでしょ。だからこっちでご飯食べてく」


「優空が作った飯だし、好きにすればいいんじゃね? いただきまーす」


 生返事しながらハンバーグを一口サイズに切り分け、口に放り込む。


 専門店のようなクオリティ、とはとても言えないが、昔から実家でも食べていた味とほぼ同じだ。母さんからレシピを教わったらしい。専門店や名店より、俺はよほどこっちのほうがいい。舌に馴染む。


 白米を空っぽの胃袋にかき込む。悪魔的なほどの幸せだ。


 優空が俺の家の家事代行を始める前は、宅配サービスか、通販で買い溜めしてる即席麺ばかりだった。自分のために作ってくれた料理を食べられるというのは、とても幸せで恵まれたことだ。実家にいる時には気づけなかった。


「お兄はジン・ラースってVtuber知ってる?」


 スープから口を離した優空が、唐突にそんなことを訊ねてきた。


 箸を伸ばそうとしていた二つ目のハンバーグから視線を上げて、優空を見やる。いやにご機嫌な表情だ。


「そりゃ知ってる。『New Tale』の新人だろ。あんだけ派手なデビューになったんだから、界隈の人間なら名前くらいは聞く。少なくとも企業勢なら確実に耳に入る。炎上が一番過熱してた時は事務所からも、どこの誰が、みたいな名指しはなかったけど、こういうことがあったから気をつけるようにっていう通達があったからな」


 長く活動をやっていれば、規模の大小はあれど炎上したり配信が荒れることはある。過半数の配信者が一度くらいは経験するのではないだろうか。俺はある。


 ただ、デビューしたその日にあれだけ派手に炎上するのは稀だ。少なくとも俺は初めて見た。ジン・ラースとやらはよくVtuberを続けられているものである。


「お兄も知ってるんだね。今日そのジン・ラースさんがロロさんとコラボしてて配信観てたんだけど、すごくおもしろい人でさ」


「……ロロと?」


「うん。ロロさんは新人さんとか話題になってる人をゲストに呼んでコラボするでしょ? それのゲストに今回ジン・ラースさんが呼ばれてたんだよ」


 若干聞こえが悪くなるが、ロロは人気が出そうな新人ライバーや、注目が集まっているライバーにはかなり早い段階で声をかけて繋がりを作っている。


 それはロロに合った生存戦略なのだろう。後ろ盾を持たない個人勢だからこそ、人との繋がりを大事にしている。そう活動してきて結果が伴っているのだから、ロロにとっては正攻法だったのだろう。トークスキルが高いという自分の長所を活かせているわけだし。


「へぇ……ロロにしては結構危ない橋渡ったもんだな」


 たしかにジン・ラースは知名度だけなら俺の所属している『Golden Goal』や『End Zero』に所属する人気ライバーに引けを取らない。


 だが、その知名度が上がった要因が炎上だったためイメージがよくない。


 俺はジン・ラースがなにをしたのか具体的な話を知らないから強くは言えないが、炎上するに足るだけの火種があったということだろう。


 ロロはいくら知名度が高かろうと巻き添えのリスクのあるゲストは呼ばないと思っていたのだが、方針の転換でもあったのだろうか。


 そんなことを考えていたせいで気づいていなかった。目の前の妹が、すっごい腹立つ顔をしていたことに。


「はーん? お兄、知らないんだぁ? Vtuberとして活動してるのに」


「は? なにがだよ。とりあえず人を馬鹿にしくさったその顔やめろ」


「へっへーん。実はねぇ……」


 Vtuber界隈のことで俺よりも詳しいというマウントが取れたからか、優空は心底腹立つ顔でドヤりながら説明し始めた。


 俺はたまに相槌を打ちつつ、残りのご飯をぱくつきながら黙って聞く。やはりご飯は温かいうちに美味しくいただかねばならない。


 出された料理をすべて平らげてお茶を飲んで一息ついたあたりで、優空の長口上が終わりを迎えた。


 喋っている間、優空はお箸を置いて身振り手振り交えて賑やかに話していた。おかげで食事はほとんど進んでいない。目の前に置かれたスープから湯気が立ち上らなくなって久しい。冷めてそうだ。


「……ってことは、あれか。ジン・ラースがなにか悪いことしたわけじゃなかったのか」


「そういうこと。完全に被害者なんだよ」


「はー。なるほどな……」


 配信者がとくに悪いことをしていなくても、残念なことだが荒れることはある。声が気に入らないとか、話し方が(かん)に障るとか、単純におもしろくないとか、推しに絡みそうだから排除したいとか、そういう身勝手な理由で一部のリスナーから手酷いコメントが届くケースも、あるにはある。


 上述の例でも悪質だとは思うが、ジン・ラースの場合はより一層に酷いものだったようだ。本人に非がないにもかかわらず長期間に渡って荒らされるというのは、かなりやり方が悪辣であると同時に稀有なパターンだ。少なくとも俺は他に例を知らない。


 そんな悲惨な炎上を乗り越えて今も続けていられているのだから、ジン・ラースは相当にメンタルが強いのだろう。不特定多数から厳しいコメントを受けて、それで精神的に不安定になる配信者だっている。


 リスナーからしてみればたった一言の悪口かもしれない。だが、その一言の悪口だって送ってくるリスナーが多くいれば、配信者からしてみれば百や二百、それ以上の数の悪口になる。心を病ませるだけの誹謗中傷になる。


「だから優空はそいつを応援しようと思ったってことか」


 得心がいった、というふうに俺がそう訊いたら、一口サイズに切り分けたハンバーグを口に入れた優空はきょとんとしたような顔をして、次いで首を振った。


 そういう大変な時期を経験しながらもがんばっているから優空はジン・ラースを応援しているのかと思いきや、別段そうでもないらしい。


「ぜんぜん違うよ? 可哀想だなーとは思うけど」


「いやそこは応援してる流れじゃねぇのかよ……」


「応援はしてるよ。これから時間が空いたらアーカイブ見返すつもりだし、機会があったらライブ配信も観ようと思ってる」


「……は? お前違うって言ってただろ……」


 話が噛み合わない。いや、もしかしたら噛み合っていないのは考え方かもしれない。女心なんてもんはいつまで経っても俺には理解できない。


 優空はこれ見よがしに、はぁ、とため息をついた。お箸を持つ手とは逆の手のひらを上に向けるアクションまでおまけでついてきた。お箸を無駄に動かさない常識があるのなら、そのいちいち腹が立つボディランゲージも控えたらどうだ。


「可哀想だから同情して応援するわけじゃないの。シンプルに話がおもしろかったから応援するの。ていうか、おもしろい人って最初に言ったでしょ?」


「んぐっ……」


 言われてみれば、話の冒頭に言っていたような気もしないでもない。しかし俺は目の前のハンバーグに意識が割かれていて、いまいち憶えていない。


 だがここで馬鹿正直に『話を聞いてなかった』などと反論すると『人の話もろくに聞けないの?!』と怒られるので、なんなら実際に以前怒られたので、賢明な俺は口を(つぐ)む。


「ジン・ラースさんは、なんか、こう、いっぱいできるんだよ」


「すっげぇふわふわしてんな……」


「うるさい。声真似とかもやってたし……そう! ギターも弾いてたよ! すごいんだから! お兄も時間あったらアーカイブ観てみなよ!」


「はー……声真似にギター、ね。すげぇ多才な奴が出てきたなぁ」


 Vtuberというジャンルが生まれて早数年。今では多くのリスナーに認知されて、それにつれてこの界隈も大きくなってVtuberの数も飽和状態となりつつある。そんな数多くいる同業者から抜きん出るためか、一芸を持つVtuberも増えてきた。


 今ではどこかの大手や中堅の事務所に入ろうと思ったら、相当に鮮烈な特色を持っていないと入れないくらいだ。もし仮に俺が今のGGのオーディションに応募したとしても、おそらく受からない。それくらいに競争は激化している。オーディションを勝ち抜けるくらいの素質がなければ、今のVtuber界隈で生き残ることは難しいという判断なのだろう。


「これまでは雑談配信とかは取ってなかったらしくて、しっかり声真似とかギター演奏とかはしてないみたいなんだけどね。チャンネル登録のついでに過去配信ちらっと見てみたら、FPSとかアイクリばっかりだった。声がすんっごい好みだったからゆっくり雑談してるのとか聴いてみたかったんだけどなぁ」


「そんだけ芸持ってて雑談配信やってねぇって、完全に宝の持ちぐ……あぁ、やってないんじゃなくてできなかったのか」


「そっか……きもい荒らしに粘着されてたんだもんね」


「言い方……いや合ってんだろうけど」


 ゲームのプレイ配信でもコメント欄はチェックするが、どうしたって頻度は下がる。だが雑談配信ならリスナーとやり取りする比重は増すだろう。


 配信者が話してリスナーがリアクションを返して話が膨らんでいくことなんてよく見られるし、リスナーから質問されてそれに答えるという場面も多々ある。ゲーム配信の時よりもコメントを拾いやすく、配信者とリスナーの距離が近くなるのが雑談配信の醍醐味みたいなところもある。


 リスナーからの反応をまるで意に介さずに配信者がだらだらと自分のしたい話をのべつ幕なしに叩きつけていくだけなら、そんなものはライブ配信でやる意味がない。動画で出せばいい。


 コメント欄を荒らされているのが常態化していたとすれば、雑談配信などやれる訳がない。


「これからは増えるといいなぁ。あ、でももしかしたらメンバーシップ限定とかになるのかなぁ。ロロさんも言ってたしなぁ。どうしよっかなぁ、メンシ入ろうかなぁ」


「まぁ、入りたかったら入ればいいんじゃね? 配信者への還元率は高いし。……で?」


「……は? 『で?』ってなんなわけ?」


 あからさまに気分を害したような表情で優空が俺を()めつける。こわい。


「い、いや……そのジン・ラースってやつの話をした理由がなんかあるんじゃねぇの? ただの世間話?」


「……あ、そうだった」


 若干のタイムラグの後、思い出したかのようにそう言った。


「完全に忘れてただろ、お前……」


 自分で目的を見失っておいて、それを指摘されたら機嫌悪くなるって、ほんと理不尽である。


 所詮兄に対する妹なんてのはこんなもんだ。姉や妹を持たない男は姉妹のいる男を羨ましがるが、兄や弟に優しい姉や妹なんていうのは幻想でしかない。夢見すぎ、もしくはアニメや漫画の見すぎである。兄に甘い妹なんていう幻想生物がいたら見てみたいものだ。


「お兄って友だち少ないでしょ?」


「んぐっげっほ、ごほ……っ」


 もう一度言う。幻想だ。


 俺が心ノーガードでゆったりお茶を飲んでる時になんてことを口走るのだ、この妹は。


「図星?」


「お茶が気管に入ったんだ! 友だちいるわ! GGに配信者が何人いると思ってんだ! 遊んどるわ!」


 ゲームで、だけど。オフであったことなんて案件の時くらいしかない。


「でも、お兄。今日の配信一人ぼっちだったよね」


「…………一人、では……あった。『ぼっち』つけんな。ソロクラスマッチ配信だったんだ」


「でも一緒にやってくれる人がいたら一緒にやってたんでしょ?」


「…………それは、そう」


「じゃあ一人ぼっちじゃん」


 なんだこいつ、レスバトルの階級ヘヴィ級なのかよ。言葉のストレートパンチ重すぎるだろ。


「違う。GGに近いクラス帯の奴がいないだけで……それに今日は英治も予定があったから……」


「英治って、『Mad Boys(MB)』の軽部(かるべ)英治(えいじ)、さん。だっけ?」


「そう。今シーズンのクラスで一番近いのはあいつくらいだ」


「……わたし、あの人ちょっと苦手。自信過剰っていうか、他の人を見下してるっていうか……」


 優空の言いたいことはわからないでもない。ライバーの配信スタイルが合う合わないというのは誰にでもあるものだ。


 それに加えてFPSというジャンルは言葉遣いが荒っぽくなりやすいジャンルのゲームでもある。とくにクラスマッチなどはポイントがかかっているのだ。撃ち合いや報告で価値観がずれると負ける可能性が高くなるし、負けたくないあまりに語気が激しくなることもある。野良でやると口の悪い(トキシックな)プレイヤーをちょくちょく見かける。


 英治はFPS歴が長いので毒されてきているのだろう。


「ああいうキャラでやってんだからしゃあねえだろ。それにそんなとこばっかじゃねぇよ。長いことやってりゃ向上心のある奴だってわかる。ノリもいいし」


「お兄の前では、ね。……ま、結局は軽部さんしかいないってことだよね?」


「友だちはいる。一緒に貴弾のクラスマッチ回せるフレンドは英治しかいないってことだ」


 GGは所属している人数が多いし、FPSをやっているライバーもいるにはいる。だが、貴弾のクラスマッチは、お互いにある程度クラスが近くないと一緒にクラスマッチに出られないのだ。それにあまりにFPSの腕に差がありすぎるとキャリーだブースティングだと騒ぎ立てる小うるさい厄介な外野も出てくる。あとは生活リズム。俺の場合、配信を始める時間帯が比較的遅いこともあって、時間の都合が合わない場合も少なくない。


 そういった複雑に絡み合った(しがらみ)によって、俺はあまり貴弾を二人とか三人でやれていない。


 そう。友だちが少ないわけではない。


「細かいなぁ……」


「細かくねぇよ。大事なとこだろが」


「でも! そんなお兄に朗報! ジン・ラースさんも貴弾やってるんだよ! それに上手いみたい!」


「そういやさっきアーカイブちらっと見たとか言ってたな」


「うん。ロロさんの言ってた『admini(アドミニス)strator(トレーター)』は確定で観るとして、他にどんな配信をふだんやってるんだろうって思ってね。そしたらお兄もよくやってる『Noble(ノーブル) bullet(バレット)』……貴弾だっけ? それがあったから、お兄が部屋から出てくる前に観てたんだ」


「ああ、イヤホンしてたな。上手いって言ってもどのくらいだよ」


「えっとねー、その配信は同じNT所属の妹さんとコラボでやってたんだけど、妹さんに指示出してたよ。わかりやすくて優しかった」


「……優しいってなんだ? しかしIGLできんのか。エイムはどんなもんよ」


「わたしはFPS詳しくないからなぁ。でも妹さんや一緒のチームになったもう一人からも褒められてたよ」


「へー……けっこうやれる感じなのか」


「観てた感じ、お兄よりも上手かった」


 オブラートって言葉を知らんのかこいつは。いや、絶対知っている。知っている上で、俺には使っていないだけだ。


「……それで、なんだ? ジン・ラースをコラボに誘えってことか?」


「そう! コラボ誘ったらいいじゃん! 一人でやるよりずっと楽しいと思うよ!」


「……一人ってのを強調すんな。コラボっつってもなぁ……。イベントとかで絡んだこともない。事務所も違う。数字にも差がある。FPSは上手いかもしれんけど、急にコラボって」


「ジン・ラースさんはお兄と違って愛想もいいしコミュ力も高いのになぜかお友だちが少ないらしいの。楽しくゲームできるお友だちを探してるんだって。お兄は友だち少な……FPS一緒にやってくれる友だちが少ないし、ぴったりじゃない?」


 友だちが少ないというのをほとんど言い切ってから、わざわざ言い直しやがった。憐れむんじゃねぇよ。それ以外は事実なので甘んじて受けるけども。


「つってもなぁ……」


「それにチャンネル登録者数ならジン・ラースさんはまだそんなに多いってほうじゃないけど、視聴者の数ならお兄と大差なかったよ。あくまでロロさんとのコラボの時の数字だけど」


「ま、じかよ……」


 曜日や時間帯、行う配信の内容によって同時接続数なんて増減するものだが、俺の場合はここ最近だとコンスタントに一万五千から二万は出ている。


 今の時期は学生が夏休み期間中ということもあって数字が上振れしやすい。それにロロとのコラボ配信でゲストとして呼ばれている時は自枠がないので、ロロとジン・ラースのリスナー両者がロロの枠に集中することになる。視聴者の人数──同時接続数は伸びやすいだろう。


 だとしても、デビューして数ヶ月でそこまでリスナーから期待されているのは途轍もないことだ。


 べつに明確な指標になるわけではないが、俺はチャンネル登録者数は人気の度合い、同時接続数は期待値だと考えている。


 リスナーは、わざわざライブ配信に立ち会わなくてもアーカイブからいつでも自分の都合のいい時間に観られるし、おもしろいシーンだけを集めた切り抜きで楽しむことだってできる。


 それでも配信の時間に自分の予定を合わせて視聴するのは、リスナーにライバーを応援したいと思わせていたり、おもしろいシーンを切り抜きよりも早く観たいと思わせているから。


 つまりは、絶対におもしろい配信になると『期待』されているからだ。


 デビューしたばっかりのライバーならまずは配信に慣れるところからだし、ゲームしながらトークも並行するのは存外に難度が高い。ゲーム配信で見所を作るような配信にするのは経験を積んでいてもそうできることではないし、それが雑談オンリーの配信となれば求められるスキルも変わってくる。たとえゲームのプレイスキルやトークスキルが十分にあったとしても、大勢のリスナーに観られていると緊張してふだんのパフォーマンスを発揮できないライバーだっている。


 ジン・ラースはそれらのスキルに加え、荒らしに誹謗中傷されても、数多くのリスナーから一挙手一投足を注目されていても自然体でいられるメンタルまで持ち合わせているようだ。


 デビューしたばかりで炎上したことといい、新人なのにとんでもない人気を集めていることといい、ジン・ラースは(ことごと)く異例尽くめだ。


「あー……GGに入ってきてくれてりゃ……」


 優空の性格的に、きっとジン・ラースは穏やかなキャラクターをしているのだろう。過激な言動や声を張り上げて盛り上げるようなタイプを優空はあまり好まない。つまり配信モードの俺は好まれていない。


 穏やかで、優空曰く声がよくて、FPSもできる。そんな後輩が入ってきたら俺ならめちゃくちゃかわいがるのに。配信で引き摺り回すのに。


 配信上のキャラクター的にも、うるさい俺と、推定穏やかだと思われるジン・ラースなら相性もいい。考えれば考えるほどに惜しい。


 もしかしたら、ジン・ラースはGGからデビューするのは難しいと思って応募を控えたのだろうか。


 GGはVtuber事務所としては二大巨頭と言われている。定期的に行われている新規ライバー募集では、とんでもない数の応募が舞い込んでくる、とマネージャーやスタッフから聞き及んだことがある。探したらGG所属のライバーが最近のオーディションについて言及している動画もあるかもしれないし、そういう動画やネットの記事を見て、GGには入れなさそうだなと諦めてしまった可能性は高い。


「うーん……仮にNTで受からなかったとしても、GGに入ろうとはしなかったんじゃないかな」


 俺の考察をぶった斬るような優空の言葉だった。


「なんでだよ。GGのほうが事務所としての規模は大きいし、男も多くいて活動しやすいだろ。……いや、そんじゃあなんでGGじゃなくてNTを受けたんだ? 女しかいねぇのに……」


 GGからのデビューは難しそうだから諦めよう。これはわかる。


 GGは難しそうだから、NTのオーディション受けよう。これはわからない。


 NTは女ばかりの事務所。そこに男が入ろうと思ったら、もしかしたらGGに入るよりも難しい。しかもNTなら推しが男と絡むのを嫌がる層が確実に一定数いるため、活動もしづらくなる。それなのに、大差があるわけではないにしろGGよりもNTのほうが事務所としての規模は小さい。


 NTが悪い事務所だなんて言うつもりは毛頭ないが、ジン・ラースがあえてNTに応募する理由って、あるのか。


 一度GGに応募してみて駄目だったからNTに応募してみた、とかならまだ理解できるが。


 首を捻る俺に、優空が説明してくれる。


「NTに妹さんがいるらしくて、それでNTに入ったみたい。ロロさんとの雑談の中でも事あるごとに妹さんの名前出てたし」


「はー、なるほどな。納得した。知り合いや身内繋がりで入ったってことか」


 オーディションはもちろんあるけれど、新しくデビューさせる時に関係者の知人に適した人材がいないか訊ねることはままあるらしい。


 いくら直接面と向かって話したとしても、本性を隠されてしまえばそう簡単に裏側の性格を暴くなんてできない。その点、事務所関係者の知人であれば、人柄や配信で映えそうな技能の有無もわかるわけだし、全部放り出して飛ぶという最悪なことにもなりにくい。問題として挙げるなら縁故採用と言われかねない外聞の悪さだけで、ほとんどの面で都合がいいのだ。


 ジン・ラースがGGに入る可能性は最初からなかったかぁ、と項垂れる。GGの後輩だったらコラボに誘いやすかったのに。関わりのない相手にコラボ誘うのは、俺にはハードルが高い。


 どうやって誘おうかと眉を寄せながら考えていたら、優空が満面の笑みをこちらに向けていた。


「んじゃそういうことで、ジン・ラースさんとのコラボよろしくね」


 俺がジン・ラースとのコラボを前向きに検討しているとわかったから、こいつは目が眩みそうになるくらいうざったい笑顔を浮かべていたのか。


「いや、よろしくって言われても……どうなるかはわかんねぇよ。事務所にも一応確認取らんとだし、相手の都合もある。……てか、なんでそんなにジン・ラースとコラボさせようとしてきてんだ?」


「…………」


 なんだか流されそうだったが、よくよく考えてみると不審な点が多い。


 話を聞いている限り、ジン・ラースが配信者として有能なのだろうことは俺も疑っていない。優空の感性は信用に値する。


 だとしても、だ。これからの活躍が期待できる有望株だとしても、優空のプッシュはあまりに強引すぎる。


 違和感を覚えて理由を訊ねてみれば、これ以上ないくらいわかりやすく目を泳がせた。これは、確実に裏がある。


「おい、目を逸らすな。顔逸らすな。なに企んでる」


「た゜っ、企んでなかんが……」


「その慌て方は企んでるだろ、どう見ても」


 ほぼ自白に等しい否定だった。なんなら否定すらできていない。なんなら日本語すら怪しい。


 もう白状するしかないと割り切ったのか、優空は肘をテーブルにつき、手を組んで口元を寄せた。どこぞの司令のようなポーズをするな。


「……もし、お兄とジン・ラースさんがコラボして仲良くなったら、もしかしたらお兄の家に遊びにきたりする、かも……とか」


「…………」


「もしかしたら、ジン・ラースさんに直接会えるんじゃないかなぁ……みたいな?」


「……出会い厨じゃねぇか」


 しっかり企んでいた。しっかりばっちり悪巧みしていた。呆れ果てるほどに見下げた(こす)っからい性根である。ジン・ラースのガチ恋勢に灰にされてしまえ。


「そんな言い方やめてよ! べつにジン・ラースさんに直接なにかするわけじゃないし! 仲良くなってカラオケ行きたいだけだし!」


「ちゃっかり顔合わせしてがっつり遊びに行こうとしてんじゃねぇよ。もし万が一ジン・ラースがいい奴で家に招待するくらい仲良くなったとしても、絶対にお前がいない日にスケジュールを設定する」


「なんでよぉっ! わたしがジン・ラースさんのこと教えてあげたのにっ!」


「それとこれとは話がべつだ。コラボの時に話のネタとしてお前のことを出すくらいはするが、直接会わせるわけねぇだろ」


「こっ……このやろう!」


 テーブルの対面から腕を伸ばして掴みかかってきた優空を避けるように俺は席を立ち、食器をシンクに持っていく。


「言葉遣いが悪い。だから男ができないんだ」


「ばっ……言っちゃいけないラインを越えたなっ! お兄だって女の一人もいないくせに! わたしはできないんじゃないっ、作ってないだけだ!」


 ぱたぱたとスリッパを奏でながら追いかけてきた優空は時折俺の背中を殴りながら、俺の服を掴んで猛抗議している。『恋人を作れないんじゃない、作らないだけだ』という言い回しは、男女共通で作れない奴の吐くセリフだ。


 顔は整っているのに優空に男が寄り付かないのは、確実にこの気の強さが一因になっている。男が一歩引いてしまうくらいに気も語気も強い。


「……あ、ロロに仲介を頼むのはありだな……」


「おい! 一人ですっきりすんな! 撤回しろ!」


 背中をぱかすかと叩いてくる優空を放っておいて、俺は自分の使った食器を洗う。食事は作ってもらったし優空のぶんも洗ってやろうかと思ったが、こいつはお喋りに興じるあまりに途中から箸が動きを止めていた。自分で片付けてもらうとしよう。


 俺は近々開催されるAPG主催の貴弾カジュアル大会のリーダー権を渡されている。三人一組なので、チームメンバーはリーダーである俺と、付き合いのいい英治で決めていたのだが、後一人を誰にしようか頭を悩ませていたのだ。優空情報によるとジン・ラースはIGLもできるみたいだし、コラボしてみてわりと動けそうならジン・ラースを誘ってみるのもありかもしれない。


ということで『Golden Goal』所属の壊斗視点でした。ちなみにしばらく出てきません。


次はお兄ちゃん視点です。


感想や評価ありがとうございます。やる気出ます。がんばります。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ちなみにしばらく出てきません おお・・・ 多分お兄ちゃんが一番求めてる人材なのに!
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