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とても興味がある。

切りのいい長さで分けられそうになかったのでちょっと長めです。

荒らし一掃配信。


 しばらくは比較的平和な配信ができていた。


 そう、できていた(・・)


 もちろんまだ一度たりとも同期の四人や『New Tale』の先輩方とはコラボはおろかメッセージのやり取りすらできてはいないけれど、穏やかで楽しい活動ができていた。


 『Island(アイランド) create(クリエイト)』や『Noble(ノーブル) bullet(バレット)』を礼ちゃんとのコラボで一緒にプレイしたり、一人で違うゲームをやったりもしていた。そうした配信の中でも荒らしの数はデビュー当初とは比べるべくもないほどに減少してきていた。


 礼ちゃんとコラボしてからの数日は、フィルターやブロックを活用しているにせよ目に見えて減っていたのだ。


 だが、ここ最近になって逆行するように爆発的に悪いコメントが増えている。爆発的という表現が過言にならないくらい爆発的だ。コメント欄が爆発しそうなほどに悪質なコメントが届けられている。ここしばらく減少傾向にあったぶん尚更に強烈だ。初配信に匹敵するほどの数である。今は初配信と違ってフィルターをかけているので字面的にはまだ優しいが、印象としてはさほどの違いはない。フィルターをくぐり抜けられる程度の汚い言葉を使ったり、コメントを連続で投稿したりするなどしてせっせと妨害行為に励んでいる。


 僕は真っ当なリスナーさんたちのコメントが見辛くなるし、リスナーさんはそういう荒れたコメント欄を見ると不快な思いになることもあるだろう。リスナーさんをお迎えする立場の義務として荒らし行為をするユーザーにはブロックなどの対応を取ってはいるけれど、アカウントをいくつも用意しているのか、それとも荒らし行為をするユーザーの母数が膨大なのか、いくら措置を講じても効果が表れない。


 なぜこうも急激に荒らし行為が再燃したのか。


 それにはもちろん理由があった。


「あんな動画を信じる人が本当にいるんだなあ……」


 四日前のことだ。


 とある動画が、オンライン動画共有プラットフォームに投稿された。


 それは、おそらくVtuberの歴史に名を刻むことになるだろう規模の炎上騒動を引き起こした件の男女Vtuber、その片割れである女性Vtuberが以前に配信した動画を切り抜いた動画だった。


 ただの切り抜き動画であれば問題はなかった。本人はもう引退したのになぜ今さら投稿するのか、という疑問を置いておけば何も支障はなかった。


 問題は、その切り抜き動画に僕が登場していることだ。


 念のためここで一つ注釈を入れるのだけれど、もちろん僕は件の女性Vtuberさんとお仕事をご一緒したことは一度もない。というよりも、僕がデビューした頃にはすでにいなくなっていたのだ。ご一緒する機会など存在しない。


 正直なところ、ここまですると思わなかったし、ここまでできるとも思わなかった。まさか動画媒体で仕掛けてくるというのは想像を超えていた。初めて動画を視聴した時なんて、驚きのあまり『おお……』と感嘆なのか驚愕なのか自分でもよくわからない声が漏れたくらいだ。


 件の女性Vtuberの切り抜き動画から、自分の声が聞こえる。僕は彼女とご一緒した記憶はない。なのにその切り抜き動画では、僕と彼女が和気藹々(わきあいあい)喋々喃々(ちょうちょうなんなん)とゲームをしている。


 初見時はとてもびっくりしたけれど、別にこれはオカルトでもミステリーでもホラーでもなんでもない。なんならマジックに近い。最初のインパクト自体は強いけれど、種がわかると単純な話だ。


 骨子はもちろん、件の女性Vtuberの動画だ。その動画ではリスナーに声をかけているというよりも誰かと会話をしているようなセリフが多いので、誰かとのコラボ配信だったと思われる。要はそのコラボ相手が喋るところで、僕が配信中に発した言葉を切り取って貼りつけることで彼女と僕が会話しているように装った、ということだ。


 正直、アイデア自体は考えつきはする。ただ普通は考えついても実現できない。言うほどに簡単なことではないのだ、観ていて違和感を覚えないほど自然に繋ぎ合わせるというのは。


 巧みに編集する技術力と、細かくて時間のかかる作業を(いと)わない根気が必要になる。権利関係を誤魔化すためか、僕の声に若干の加工までするあたり芸が細かい。


 そうやって偽装した動画を投稿したのは、件の女性Vtuberの配信の切り抜きも作っていた熱心なファンだった人だ。囲いと呼ばれるレベルの熱心なファンだった人たちが集まってグループを形成し、組織的に荒らし行為を働いているのだ。


 ここ最近の荒らし行為の過激化は、その荒らしグループが自分たちが投稿した切り抜き動画を情報ソースとして使って『ジン・ラースの前世は件の男性Vtuberである』と吹聴していることで起こっている。


 僕からすれば、というかまともな知性を持つ人間であれば『そんなわけあるか』の一言で一蹴される与太話でしかないのだが、なぜか荒らしグループの言を信じる人たちもいるから驚きだ。


 ジン・ラースを『New Tale』から排斥したがっている人たちがその与太話を利用するために信じている体をとっている、というのならまだ理解ができる。ジン・ラースと件の男性Vtuberは同一人物ではないと本当はわかっていながら、それはそれとしてジン・ラースを叩くための棒代わりにはなるから利用しているだけ、というのならまだ僕も理解できたのだ。


 だけれども驚くべきことに、それ以外の一般リスナーまで荒らしグループのでたらめな言い分を信じ始めているのだから頭が痛い。


 この驚愕すべき状況の背景には、不運な行き違いもある。


 件の男性Vtuberが企業勢だったことは周知の通りだが、彼が所属していた事務所が起死回生の一手として彼の出ている動画を削除しているのだ。それは彼の配信したアーカイブに限らず、コラボであったり切り抜き動画であったりと、とりあえず件の彼が出ている動画は(あまね)く削除を要請しているようだ。事務所としては、彼が在籍していた痕跡を全て綺麗に消し去ることでさっさとリスナーから忘れてもらう、というのが目的なのだろう。


 コラボ相手としても、件の彼と関わっていたということだけで炎上させられかねないので削除要請には従うだろうし、切り抜き動画などに関しても元動画の権利は彼、ひいては所属事務所に帰属する。削除要請を受ければ対応しないといけない。


 そんなこんなで今現在、件の男性Vtuberの声は、かなり努力して電子の海の底からサルベージしなければ耳にできない状態になっている。


 それがどういう結果を招くのか。


 荒らしグループが投稿した捏造動画での声と、件の男性Vtuberの声を聴き比べようとしてもできない、という状態に陥るわけである。


 そのため荒らしグループの大勢が、証拠として捏造された動画を取り上げて『件の男性Vtuber=ジン・ラース』という図式を強引に押し出せば、比較できない人たちはその勢いに流されて荒らしグループの言い分を鵜呑みにしてしまう。


 ということなのだろうか。いや、そうはならないでしょ、としか僕は思えないのだけれど。


 一般リスナーの判断力を嘆くべきなのか、それとも件の男性Vtuberの動画があらかた削除されるタイミングまで待ってから捏造動画を投稿した手腕を讃えるべきなのか。


 そういった運命の悪戯的な背景があるにしても、あの矛盾だらけの捏造動画に騙されるのはおかしいと思う。


 なにせ、男女Vtuberの炎上騒動が激化、というか火に油を注いだ報告配信をしたのが、僕のデビューの数日前なのだ。そんな短期間で新しくデビューする準備など整うわけがないし『New Tale』が現在進行形で問題を起こしている人間を加入させるわけがない。


 なんなら『New Tale』が四期生の募集をしていた時期は、最初期の炎上騒動よりもずっと前になる。明らかに時系列が狂っているのだ。


 それに誰か、例えば件の男性Vtuberのリスナーだった人ならアーカイブなり切り抜きなりを保存している人だっていただろう。その人が動画をアップしてしまえばそれだけで破綻する計画だ。まあアップされれば件の彼の事務所が速やかに消してしまうだろうけど。


 時間をかけて僕の配信と捏造切り抜き動画を見比べれば、配信での発言が捏造切り抜きに使われていることにもすぐに気づける。


 なのに『件の男性Vtuber=ジン・ラース』という図式を信じている層が一定数存在する。これには首を傾げざるを得ない。とても不思議だ。多くの人は、捏造切り抜き動画が本当に正しいのかどうかなんて、調べたりはしないのだろう。


 なにより恐ろしい、いや(おぞ)ましいのは、荒らしグループのメンバーたちがまるで魔女狩りかのように、SNSやブログなどで正論を主張している人や常識的な発言をしている人たちを集団で叩いていることだ。


 ひとたびジン・ラースに対して肯定的、あるいは中立的、擁護するような感想を述べれば、そのアカウントに頑固な汚れの如く張りついて誹謗中傷の限りを尽くす。そんなことが繰り返されれば、心の内でどう思っていようが無用なトラブルを避ける為にジン・ラースに対してまともな感想を述べる人がいなくなる。代わりとばかりに荒らしグループによるネガティブな意見ばかりが発信されることとなり、それがジン・ラースの全体的なイメージに繋がってしまう。


 イメージの悪化。それが荒らしグループの目的だ。


 ジン・ラースを知らない人や無関心だった人がそういったネガティブなコメントばかりを目にすれば、ジン・ラースは炎上しても仕方のない奴なのだと勘違いする人も今後出てくるかもしれない。かもしれないというか、爆発的に荒らし行為が増加している近況を(かんが)みると、実際にもう出ているのだろう。『New Tale』のスタッフさんで手隙の方が、僕の配信で投稿されるコメントや悪質なアカウントにブロック措置するなどモデレーターを務めてくださっているけれど、人の手では追いつかないほどに荒らしコメントが急増している。


 諸悪の根源たる捏造動画に対処しようと『New Tale』が削除依頼をしているが、それも通るかはわからない。大本は件の女性Vtuberの配信動画から切り抜いたもの。文句を言える筋合いではない。ジン・ラースの音声を無断で使ってはいるけれど、加工されているので権利の面で認められるかというと微妙なラインだ。


 権利云々で通らないのならば誹謗中傷の被害に遭っているという切り口から削除依頼を出せばいいのではと『New Tale』の人たちも考えていたけれど、その切り抜き動画自体はジン・ラースに対して誹謗中傷等の表現をしているわけではない。ここがネックだ。


 その動画自体は、件の女性Vtuberがジン・ラースと思しき男性と仲睦まじくお喋りしている風の切り抜き動画なだけなのだ。ジン・ラースへの悪口が出てくるわけではない。ジン・ラースとの関わりなど仄めかされてもいない。ジン・ラースを炎上させるように煽ることもしていない。ジン・ラースの名前など一秒たりとも表示されていない。その動画自体には、一瞬たりとも、一言たりとも。


 切り抜き動画を観た人間が勝手に『この相手はもしかしてジン・ラースなのでは?』とイメージを膨らませて『やはりジン・ラースが悪かったのだ』と誤解して『悪い奴は叩くべきだ!』と暴走しただけだ。


 非常に巧妙な手口だ。投稿者は一切直接的に教唆(きょうさ)することなく、これ以上ない成果をあげた。


 動画をでっち上げる技術、上げられた動画を広める情報拡散能力、時には論調を対立しているふうに装って耳目を集める荒らしグループの連携。事前にしっかりメンバー間で周知していて、周到に準備していたからこそできる芸当だ。


「んー……どうやって捌こうかな……」


 僕としてはそんな流言なんて意に介さないのだけど、僕の身辺状況を知って心身を気遣ってくれている人たちはいてくれている。礼ちゃんも夢結さんも、夢結さんの妹さんの寧音さんも、『New Tale』のスタッフさんたちも、なんならSNSを通じて連絡先を交換した少年少女さんも心配してくれているのだ。なるべく早く安心させてあげたい。


 ただ、対処するにしてもSNS上で僕が『あれは捏造されたものです』などと発信したところで意味はないだろう。中途半端に反論すれば、かえって荒らしグループを増長させかねない。


 迂遠な言い回しでは効果がないどころか逆効果。真正面から反証を突きつけて説き伏せるのが効果的だ。


 少々強行的になるけれど、荒らしグループにはそろそろご退場願おう。ラインを見誤ったつけは払わなければいけない。


 事あるごとにこんな(いさか)いが発生していては、リスナーさんたちが安心して視聴できなくなってしまう──という理由もあるにはあるけれど、僕が今回大々的に根絶しようと考えた主な理由は別にある。


 礼ちゃんのことだ。


 なんならメインの理由はそれがすべてであって、他の理由なんていうのは後づけでしかない。


 本来ならば、今やっている対応以上の措置を講じるつもりもなかった。このまま時間をかけるつもりだった。


 しかし礼ちゃんにまで(るい)が及ぶのなら、もう悠長にしていられない。野放しにしておくような情けもかけられない。事ここに至ってしまえば、もう手を(こまぬ)いてはいられない。


 時間をかけすぎた僕の不手際だ。絶対的なまでに礼ちゃんの安全が確保されるよう、危険を排除しなければいけない。


 下準備は済んでいる。だから、あとは各所への根回しだ。


「まずは『New Tale』側、安生地さんに話を通しておいて……あとは父さんに連絡を取っておかないとね」







「『New Tale』所属、四期生にして悪魔のジン・ラースです。いつも観にきてくださっている方は本日もお越しくださりありがとうございます。今日初めてきましたという方は、お会いできて光栄です。ただ今日は楽しい配信にはなりそうにありませんので、その一点のみご了承ください」


〈がんばって〉

〈消えろ〉

〈このたびは引退おめでとうございます〉

〈ニューテイルから出て行けよもう〉

〈いる意味ねぇって〉

〈やめてくれたら一番嬉しいです!〉

〈今日はいい日になりそうだな〉

〈荒らし多すぎだろ〉

〈あらしが消えろよ〉

〈Vtuberやめろ〉

〈信者必死で草〉

〈負けんな兄悪魔〉


 これまでかけていたブロックやらフィルターやらをすべて外したコメント欄には、想像通りに過激な文言が並んでいる。最近はかなり減っていたため、この光景は懐かしくもある。


 ただ、擁護するようなコメントが初配信の時よりも多く見受けられる。想定していた数を超える応援の言葉が届けられているのは、これまでの活動の成果と考えていいのだろうか。だとしたらこれほど嬉しいことはない。


「SNSのほうでもお知らせはしましたが、本日の配信は予定を変更いたしまして、最近巷を騒がせている悪質な切り抜き動画の件について、なるべく端的に疑惑の否定と諸々の迷惑行為への対応方針についてお話ししようと考えております。誤解されている方も多くお越しになられていると思いますのでね、ここで誤解を解いておきたいですね。今回の配信を一つの線引きにするつもりですので、そのおつもりでご視聴ください」


〈そのまま一線をしりぞいててくれていいぞ〉

〈出ていってくれ〉

〈頑張れ〉

〈女孕まして逃げたくず〉

〈どんな顔して配信してんだ〉

〈応援してんぞ〉

〈謝れよ〉

〈平然と続けんな〉

〈脅しか?〉

〈コメント欄見なくていいよ〉

〈反省とかないの?〉

〈ばれたことについて言うことないのか〉

〈まず謝罪からだろ〉


「それではさっそくやっていきますね。まずはやはり件の切り抜き動画について、でしょうか。気になっている方も多くいらっしゃるようですしね。まずはそこをはっきりさせておきましょう。あれは完全に捏造です。配信で発した僕のセリフを貼り付けた捏造動画です。とてもお上手でしたので勘違いしてしまうのも無理はありませんけれどね」


〈無理矢理で草〉

〈言い訳してんなよ〉

〈配信追ってればすぐ気づくんだよなぁ〉

〈さっさと謝罪して反省してりゃひどくならないのに〉

〈はい炎上です〉

〈逃げられないぞ〉

〈リスナーは全員わかってる〉

〈騙される奴とかいねえよなあ!〉

〈現実見えてないですね残念です〉

〈お前の声だっただろうが低脳が〉

〈さっさと謝ってNTから消えろぼけ〉


 捏造だ、と伝えたところで荒らそうとしている人は決して認めないだろうし、荒らしグループの工作活動に騙された人は信じられないだろう。


 実際に切り抜き動画の中だけでなら件の女性Vtuberと僕が話しているように見えるのだ。動画というわかりやすい証拠と、当事者である僕の言葉の上だけの否定では、どちらに信憑性があるかなど瞭然だ。


 だからこそSNSなどでは言及しなかった。


 言葉だけでは疑いを晴らせないとわかっていたからこそ、わざわざ配信を使って説明の時間を取っているのだ。何も用意していないわけがない。


「ええ、わかりますよ。あれは捏造だ、なんて口だけで言っても信用はないでしょう。なので件の切り抜き動画をお借りして比較検証しようと思ったのですが、そちらは許可が下りなかったので実際にこの場で流すことはできません。仕方がないので切り抜き動画で使われている僕のセリフがいつの配信のどの部分で発言されたのか、わかりやすく提示することといたしましょう。比較は人間様ご自身で切り抜き動画をご覧になっていただけると幸いです」


 本当なら配信画面上に切り抜き動画と僕のアーカイブの動画を並べ、一緒に音声を流したほうが一目でわかりやすくはあったのだけど、切り抜き動画の投稿者に連絡を取ったところ予想通り断られたのでこの方法とあいなった。


 切り抜き動画の投稿者は荒らしグループに所属している人物だ。こちらに利のあることはしない。そのくらいは織り込み済みだ。問題はない。


「確認しやすいように、切り抜き動画内での発言をまとめておきました。鉤括弧(かぎかっこ)内がセリフ、その下に書かれているのが僕が発言した配信の日付と配信内の時間です。こうして表にして見てみると、いろんな配信から一つ一つ会話に沿うようなセリフを抜き出していることがわかりますね。僕の配信を熱心に視聴されていることがわかります」


〈は?〉

〈だからなんだよ〉

〈配信で同じ発言してたからって無罪にはならないぞ〉

〈さっさと謝れ〉

〈はやくやめろ〉

〈言い訳すんなよ見苦しい〉

〈素直に認めれば傷は浅いのになぁ〉

〈これで理解できないやついるのマジか〉

〈切り抜きのほうは元配信と言われているほうのBGMが聞こえない。あの場でジン・ラースが発言しているようにしか思えないんだが〉

〈配信する資格ないよお前〉

〈あの妊娠した女は捨てたんですかー?〉


 かなり流れの早いコメント欄の中、とても良い質問を見つけた。やはりちゃんと視聴している人もいるにはいるらしい。


「BGMが聴こえない、という部分ですね。僕もそこはどうやっているのだろうと不思議に思いました。僕の発言中には配信で流れていたはずのBGMが、切り抜き動画内では聴こえない。調べてみたらわかりました。よく作り込まれていましたね。素晴らしい技術をお持ちの方が動画を編集されたようです」


 動画内の一部の音声を聞こえなくさせる方法はいくつかある。


 最初は僕側の音声を最低限まで小さくしてエフェクトをかけて誤魔化しているのかとも思ったけれど、それにしては僕の声がクリアだった。どうやっているのだろうといくつか方法を模索して、ノイズキャンセリングと似た要領なのでは、と見当をつけたのだ。


「皆様は逆位相、もしくは逆相という言葉をご存知でしょうか? マイクや、近頃はイヤホンでも取り入れられているノイズキャンセル機能にも使われていますね。あれは取り込んだノイズの位相に逆の位相を合わせることで音を感じないようにしています。それと同じように、動画内のBGMの位相に逆相を混ぜて音を消していたようですね。お借りしているBGMは毎回概要欄に記載していますし、難しくはないことでしょう。根気は必要でしょうけれども」


〈面倒なこと言ってんじゃねえよ〉

〈消えろ消えろ消えろ〉

〈話通じないのかお前〉

〈位相の反転か、理解した。感謝する〉

〈声きもいよ〉

〈そんな方法があるんだ〉

〈ノイキャンのイヤホン使ってるわ〉

〈言い訳必死で草〉

〈見てて哀れだよお前〉


 位相反転によるノイズキャンセリング。それを使えばBGMだけを消して僕の声だけを抽出することはできる。でもそんな方法があると示しただけでは納得はしないだろう。話しただけで理解できない人もいるかもしれない。ここは実践して見せたほうが早い。


「では実際にどんなふうになるのかやってみましょう。ということで、事前に録音しておいた音声ファイルがここにあります」


〈料理番組みたいになってきたw〉

〈用意がいいw〉

〈だからなんだよ〉

〈いいから謝れよ〉

〈お前が悪いのは変わらないが?〉

〈お前が消えてくれるだけで丸く収まるよ〉

〈ぐだぐだうるせえって〉

〈謝罪会見はまだですかーー?〉


 前もって用意しておいた音声と編集ソフトを配信画面上に載せる。音声に含まれているBGMを波という視覚的にわかりやすい形にして、ここから作業を始める。


 同じ音声ファイルを新しいトラックにもう一つ、今度は上下反転させて乗せる。これで位相の反転はできた。


 さっそく音声ファイルを再生させてみる。


「はい、音は聞こえませんね。要領としてはこういうことです。真逆の音の波をあてることで相殺する。ただ、これだと僕の声も消えるので、残すためにはフリーで提供されているBGMから必要な箇所をくり抜いて当て嵌めなければいけないんです。タイミングと音量、どちらも完璧に合わせなければ音がちゃんと消えてくれないので動画を編集した方は苦労したかと思います」


 ちなみにこれは僕の声を綺麗に切り取るまでの作業だ。ここから女性Vtuber側の切り抜き動画で流れているBGMを途切れないように始点と終点を繋ぎ合わせなければならない。気の遠くなるような作業だ。技術に加えて根気が必要なのはこういうことだ。


 その作業量を考えれば、このようななんの利益にもならないことをやろうだなんて思えないはずだが、動画を編集した人物はやり切った。その執念にはもはや感心する気持ちさえ抱いている。


「ということで、話題になっている切り抜き動画が捏造であることを証明するお話でした。これでご理解いただけたかと思います。あの捏造切り抜き動画が、技術と根気と悪意で作られているということが」


〈まじで捏造やったんか〉

〈そうやって作ることもできるってだけだろ疑いは晴れてねえよボケカス〉

〈本物かと思ってた〉

〈dからなんだyお前の詰みはきえないぞ〉

〈女妊娠させて捨てたクズ〉

〈誤魔化されてる馬鹿多くて笑うわ〉

〈早くやめたほうが家族のためだぞ〉

〈荒らし焦ってて草〉

〈誤字りまくってる奴おるなあw〉

〈効きまくってるじゃん〉

〈やめなかったら妹さんがどうなるかわからないよ?〉


 捏造切り抜き動画についての言及は終えた。


 ここからは対処についての注意だ。一度くらいは警告を発しておいてもいいだろう。それで改められるのであれば、そのほうが両者にとって良いことだ。


 まあ、一部の人間に対しては事後報告になるのだけれど。


「それではお次は迷惑行為の対処のお話でもしましょうか。……正直なところ、誹謗中傷や配信妨害行為を僕にするだけであれば放置していたのです。僕はそういうコメントに対して感情を刺激されることがないので、少々手間ではありますけれどフィルターやブロックなどの対応を取るだけで終わらせていました。でも、もう僕だけの話で済まなくなってしまったのですよ」


 僕一人に対してだけ誹謗中傷行為を働くのであれば、別に構いはしなかったのだ。


 この世の中にはいろんな人がいる。倫理観や常識を欠如している人だっている。善悪の区別をつけられなかったり、やって良いことと悪いことの境界線が見えない人もいる。自分の目的のためなら他人には何をしても構わないと考えている人がいることも、僕は理解している。


 そんな人間からどんな言葉を送りつけられようと響かない。精神的に追い詰められたりしない。何も感じられない。


 気にならないのではない。


 気にかけることができないのだ。


 問題は、騒動が僕一人の範疇では収まらなくなったことだ。


 礼ちゃんにも火の手を伸ばしたことが、僕を決心させた。時間をかけるという穏便なやり方を諦めさせた。愚か者はどこまでいっても愚か者でしかないのだなと、僕に痛感させた。


「礼ちゃんに犯罪予告とも取れる文言を送りつけた人間がいました。ただでさえ僕が炎上させられたことを気に病んでいたところにそのような脅迫があったわけです。配信上でも普段の生活でも気丈に振る舞ってはいますが深層心理で恐怖があるのでしょう、夜一人で寝ていると悪夢に(うな)されるようになりました。僕にだけならまだしも、関係のない礼ちゃんにまで矛先を向けるのは……こればかりは看過できない」


〈お、効いてたんか?〉

〈妹も関係者だろうが〉

〈目開くんだ〉

〈無関係じゃねえよ〉

〈箱に手引きした責任がありますよね?〉

〈お嬢が……〉

〈開眼かっけぇなおい〉

〈マジかよやりすぎだろ〉

〈お前がやめない限り続くだろうな〉

〈なんで被害者ヅラしてんだ〉

〈俺が不快だからずっと続けるよ^^〉


 荒らしや眷属リスナーと思しきコメントの他に、よくわからないコメントがあった。目を開いた、というような主旨のものだ。


 何について言っているのかと思って別画面に表示しているジン・ラースの立ち絵を見てみると、リスナーの言う通りいつも胡散臭(うさんくさ)げに閉じられている瞼が開いていた。


 闇を感じさせる暗さがあるのに、どこか輝かしい赤の虹彩。その双眸が露わになっていた。


 『New Tale』の母体がフェイストラッキング技術の高さで名高いので、特殊な設定が埋め込まれでもしていたのだろうか。なぜ瞼が開かれたのかわからないが、とりあえず今は本題に関係ないので放置しておく。


 礼ちゃんについてのほうが百倍重要だ。


「……なので、弁護士の先生と相談し、発信者情報開示請求と被害届の提出を行いました。法整備も進んでおりますので一昔前よりも速やかに対応がなされることでしょう。証拠は保存しておりますので、脅迫あるいは威力業務妨害等で被害があったことを訴えることになりますね。刑事事件として起訴されるかはまだ判然としておりませんが、少なくとも民事訴訟は確定しております。すでに脅迫と捉えられかねないコメント及び文章をネット上に発信している人間は裁判に向けて準備を、それに近いコメント及び文章をネット上に発信している方は今後お控えになることをお勧めします」


〈は?〉

〈できるわけないだろ〉

〈脅しか?〉

〈妥当で草〉

〈開示請求きた!〉

〈ニューテイルもやるって言ってたしな〉

〈残当〉


 あまりに僕が失言や暴言などの弱みや隙を見せなかったので痺れを切らしたのか、近頃は『New Tale』を辞めないと危害を加える旨のコメントやSNSでの発信が増えていた。それが僕にだけ送られるのならなんら困ることはないけれど、礼ちゃんにまで、である。


 そういった脅迫の後、実際に行動に移すことなどほぼないとは思っているけれど、万が一ということがある。可能な限り礼ちゃんと一緒にいられるようにしているが、僕が横にいないタイミングを狙われないとも限らないし、なにより常に警戒し続けるのは無理がある。脅迫してきた人間を警察に捕まえてもらったほうが礼ちゃんも安心できるだろう。


「いい機会なのでここで話しておきますと、捏造動画の件に関わっている人間に対しても開示請求を検討しています。調べたところによると、集団で組織的に誹謗中傷行為をしているようです。さすがに動画を捏造して証拠だと言い張ってまで誹謗中傷を行うというのは目に余ります。再生数もなかなかのものでしたし、ちょうど誹謗中傷や脅迫コメントも、捏造動画の投稿時期を境に明らかに増えましたので少なからず影響は及ぼしているのでしょう。名誉を(おとし)めることを企図(きと)した動画ですからね。対応しないというのはもはや、こちら側の怠慢とも言えます。もちろん対応させていただきますよ、ええ。法的に」


〈秘境だろ〉

〈すぐに訴えるのはどうなんですかね〉

〈冗談理解できないとか友だち少なそう〉

〈荒らしがいまさら慌ててる〉

〈秘境は草〉

〈個人の感想でしかないのに〉

〈卑怯とかどんな顔してたら言えるんだよ〉

〈悪うざけに対して顔真っ赤にしえ訴えるとかガキかよ〉

〈すぐにそんなことできるわけないだろ〉


「……匿名であることを盾に大勢で一人の女の子に誹謗中傷する行為は卑怯ではないと? 犯罪予告は悪ふざけで許されることですか? 冗談で済まされるラインを理解できていないのはどちらでしょうか? 個人の感想で収まる内容であれば問題ありませんが、意見や感想と誹謗中傷は別物です。そしてそれらを判断するのは、あなたではありませんね」


〈ど正論で草〉

〈あーすかっとするー〉

〈荒らしくん息してる?〉

〈震えて待ってろよ〉

〈全員に開示請求は現実的じゃない〉

〈絶対に無理〉

〈表現の自由を知らないのかな^^〉

〈謝罪したほうがいいんじゃないの?〉

〈怖くなってブラバしてる奴多すぎw〉

〈逃げ出してる奴おるなあw〉

〈表現の自由への侵害〉


「表現の自由に触れている方もいらっしゃいますね。たしかに表現の自由によって個人の考えを主張する行為は認められておりますが、それは他者を攻撃する免罪符にはなり得ません。場合によっては制限されることもあるということを、表現の自由という憲法を知った時に学んでおくべきでしたね。他者の人権を侵害しても表現の自由だと言っておけば許されるなどと思わないことです」


 とはいえ、コメントでもある通りに誹謗中傷してきていた人たち全員に開示請求するというのは確かに現実的ではない。なんならこちらもやるつもりはない。一番目立っている、かつ、悪質なケース──つまり礼ちゃんを攻撃してきた人にターゲットを絞るつもりでいる。馬鹿正直にそう説明してしまえば、根拠もなしに自分は安全だと(たか)(くく)って反省しない人も出てきそうなので口には出さないけれど。


「一度まとめますね。一つ、犯罪予告をした人間には、すでに被害届と発信者情報開示請求を行っています。こちらの方々は……そうですね、裁判の準備を進めつつ書面が届くのをお待ちください。二つ、捏造動画の制作者と、それをまるで真実かのように取り上げて誹謗中傷行為をしていた荒らしグループの方々は、反省文の投稿と今後誹謗中傷行為をしない、この二つをお約束していただきましょう。この配信を見ていただいていたのかアカウントを削除してらっしゃる方もいますが、消したところで逃げられるものではありません。反省の意思を示す手段がなくなればそれこそ開示請求を避けることができなくなりますので、迷っている方はアカウントの削除はしないほうがよろしいですよ。三つ、その他SNSやコメント欄で誹謗中傷をした方につきましては、今後誹謗中傷行為をしないのであれば、こちらからアクションを起こすつもりはありません。法的措置には出ませんが、かといって『ここまでなら許されるんだ』などとは考えないでくださいね。次は今回のように事前に忠告はしません。粛々と法的措置の手続きに入ります。お気をつけください。今視聴してくださっているリスナーさん全員にご理解いただきたいのですが、誹謗中傷行為は犯罪です。投稿した内容によって名誉毀損や侮辱であったり、脅迫、威力業務妨害、強要などの罪に問われます。自分の中から外部へと発信する前に一度深呼吸して、相手を傷つける内容ではないか、法に抵触するような内容ではないか確認しましょう。言葉は一度出してしまうと引っ込めることはできません。僕を含め、インターネットを利用している全員で気をつけていきましょう」


〈そうだな〉

〈すいませんでした〉

〈かっとなってやばいこと書くなってこった〉

〈他人事じゃないしな〉

〈同接ばか減ってて草〉

〈自覚あるんならやるなよなー〉

〈まずあんな捏造信じるか?〉

〈そもそも炎上にしたって兄悪魔に非はないんだが〉

〈荒らしは一言謝ることもできないのかよ〉

〈みんな逃げてて草〉


 捏造動画の件も開示請求の件も、こちらができる最大限の注意勧告はした。これでもなお、誹謗中傷なり犯罪予告なりを続ける人にはもう斟酌(しんしゃく)も容赦も不要だろう。


 だいたいの説明はできたことだし、なんだかんだでいい時間になった。今回の配信はこのあたりでお終いとしよう。


「できる範囲での報告は以上なので、そろそろ配信のほう終了いたしま……ん?」


 そろそろお別れの挨拶に入ろうかと思った矢先、コメント欄に投稿された長い文字列に目が止まった。


〈本当にすいませんでした。今は馬鹿なことをしたと後悔しています。本当に反省してます。すいません。でも俺も騙されただけなんです。仲間の一人にそそのかされたんです。動画を作った奴にこれが証拠だといって捏造された切り抜きを見せられたんです。それを本物だと思い込まされて騙されたんです。騙されて荒らすように誘導されたんです。俺たちも被害者なんです。お願いします許してください〉


 長々と謝罪の体裁を取り繕っただけの言い訳と責任転嫁のコメントだった。一緒になって荒らしていたグループの仲間を売る、なんとも見苦しい上に非道な内容だ。仲間である動画制作者に罪を全て着せようとしている。


 はいそうですか、となるわけがないのは本人が一番わかっているだろうに。


「長文でコメントを送ってくれたあなた。あなたのアカウントはちゃんと覚えていますよ。覚えるほどにコメントしていただいていましたからね。そんなあなたに一つ、アドバイスしましょう。反省している、後悔している、という姿勢を相手に示したいのなら、自分も被害者なんだ、などというような文言はつけ加えないほうがいいですよ。反感を買われる場合が多いでしょうからね」


〈荒らしびくびくで草〉

〈反省してるやつは被害者面しないだろ〉

〈騙されたは無理がある〉

〈開示請求されたくないだけなのが見え透いてる〉

〈逆に清々しいくらい見苦しいなw〉

〈草〉


 長文謝罪コメントを送ってきた人のことはすでに全て調べがついている。わざわざ自分で『自分はジン・ラースにこんなこと言ってやったぜ』みたいなことをスクリーンショットつきで報告していた。虚栄心や自己顕示欲、承認欲求の強い人だ。


 顔も知らない赤の他人を傷つけ貶めることに罪悪感を一欠片たりとも抱いていないような内容ばかりを投稿していて、荒らしグループで唯一SNSのアカウントを削除して逃げ(おお)せようとした人だ。ある意味で、僕がこうして法的措置に訴えるきっかけになったキーマンと言えるだろう。


 こいつなのだ、SNSで礼ちゃんへ誹謗中傷や犯罪予告の文言を送りつけていた愚か者は。


「そしてなにより、あなたにはすでに発信者情報開示請求と被害届の提出を済ませています。誹謗中傷もそうですが、犯罪予告はどうあってもやりすぎなんですよ」


〈お嬢大丈夫なん?〉

〈荒らしってかシンプルに犯罪者〉

〈妹悪魔心配だわ〉

〈お嬢……〉


「人間様、眷属の皆様には不安にさせるようなことを言ってしまい申し訳ありません。礼ちゃんは大丈夫ですのでご安心ください。僕が隣についているとゆっくり眠れていますから、ご心配には及びません。礼ちゃんの配信にお越しの際には気にせずにお楽しみくださるようお願いします。礼ちゃんもそのほうが嬉しいと思いますので、心配かとは思いますが礼ちゃんの配信ではそういった内容のコメントはお控えください」


〈わざわざ蒸し返すこともないか〉

〈楽しむことが応援になる〉

〈眷属ならお嬢を心配させるようなことしないようにしないとな〉

〈なんだよ謝ったら許してくれるんじゃないのかよ嘘かよそっちこそ犯罪者じゃねえか脅迫の罪で訴えるからな覚悟しとけよボケ〉

〈お嬢が話題に出すまでは黙っとこう〉

〈荒らしまったく反省してなくて草〉

〈フリにしてももう少し頑張れよ〉

〈まだおったんか荒らし〉

〈小学生でももうちょい賢い立ち回りできるぞ〉


 謝罪と反省があれば許すと言ったのは、僕に誹謗中傷行為をしていた荒らしグループの人間に対してだけ。礼ちゃんに誹謗中傷や犯罪予告をした人間に対しては、開示請求と被害届を出しているということは先に伝えていたはずだけれど、この人は話をちゃんと聞いていなかったらしい。


 なんであれ、形ばかりの反省すらしないこの人に同情する必要はなさそうだ。


「ちょっと長引いてしまいましたが、今度こそ終わりますね。次回の配信はちゃんとした配信ができると思いますので、またきてくださると嬉しいです」


〈おつかれ〉

〈すかっとしたわ〉

〈荒らしだんまりになったのウケたwww〉

〈お別れの挨拶は?〉

〈いつものは?〉


「今日は礼ちゃんがいないのでいつもの挨拶はカットです。あれは基本的に礼ちゃんとコラボしている時限定ですので」


〈いつものなかったら眠れないって!〉

〈いつもの挨拶……〉


「それでは、皆様またお会いしましょう。おやすみなさい」


 リスナーさんからいつもの挨拶を切望されていたけれど、強引に断ち切って配信を閉じた。


 あれはあくまで礼ちゃんが振ってくるから合わせているだけで、自分から率先していつもの挨拶をしたことはないのだ。


「……これで荒らしが減ってくれればいいけど、どうだろうなあ」


 椅子の背もたれに体を預けて息を吐く。


 これで荒らし行為が綺麗さっぱりなくなって平和に配信活動ができるようになる、なんて楽観的な考えはしていない。僕が『New Tale』に所属している限り、ある程度ちくちくと悪口なり嫌味なりを言われることは覚悟している。


 ただ、度を超えるような誹謗中傷や、悪いイメージを流布する人が減ってくれればそれでいい。それだけで随分やりやすくなる。


 今回の配信で、身に覚えのある人にはお(きゅう)を据えることができただろう。


 でもそれは今回の配信を視聴してくれた人に対してだけだ。それ以外の人はこれまで通り荒らし行為に励むだろうし、なんなら誹謗中傷していても自分だけは訴えられるわけないと思い込んでいる人とか、法に抵触している自覚のない人もいる。


 そういった人たちには効果は薄いだろうけれど、とりあえず邪魔をしてくる人数の母数が減ればそれでいい。数が減っていれば配信中にコメント欄を荒らす人をブロックしやすくなる。僕としては礼ちゃんにさえ矛先が向かわなければそれだけで構わない。


「礼ちゃんの配信見とこっと」


 僕の配信と時を同じくして、礼ちゃんも配信を行なっている。今は同期の方とコラボ配信中だ。


 僕と絡んでいるせいで敬遠されてしまったのか、ここ最近礼ちゃんが同事務所のVtuberとコラボする機会が減ってしまったけれど、礼ちゃんの同期である二期生の先輩方は変わらずにつき合いを続けてくださっているのだ。


 先輩諸氏に感謝を捧げて礼ちゃんの活躍を眺めつつ、別のモニターでSNSをチェックする。


「……うわあ」


 ごめんなさいという格好だけ取っていれば開示請求しないと説明したからだろう。無数のアカウントがジン・ラースの名前が入ったタグを付けてSNS上に反省文を提出している。僕が言っていたのは荒らしグループに対してだったのだが、不安になったのか、荒らしグループとは関係のない人たちも反省文を投稿している。


 だからなのだろう。荒らしグループのみならず、誹謗中傷行為をしていた人たちが開示請求を避けるために謝意を表明し、今回の騒動を傍観していた人や騒動自体を知らない人がそれに反応するという流れを辿り、不必要な規模で注目されてしまっている。


 つまるところ、トレンドに入ってしまっていた。


 僕が配信中に法的措置に関する話をしたことも一因だろう。


 できることならこのようなネガティブかつ気分の悪いトピックで悪目立ちなんてしたくはなかった。とはいえ、初配信であれだけマイナスな意味で耳目を集めたのだから、今更といえば今更ではある。


 とりあえず悪い意味で界隈を賑やかしていることには目を背け、僕は荒らしグループに所属する人たちのアカウントを見て回る。


 犯罪予告はしておらず、礼ちゃんを誹謗中傷するようなことも発信していなければ、反省文掲載だけで面倒な開示請求を避けられる。となれば、常人であれば反省した(てい)で事態を収拾しようとするだろう。


 荒らしグループのアカウントは、前述の一人は削除してしまっているが他の全員の分を掴んでいる。グループの中でアカウントが残存している人間全員が謝れば、それでこの件は一区切りだ。


 一つ一つ見回りしていると、配信が終わったばかりだというのにほとんどのアカウントが反省文を提出していた。それだけ荒らしグループの人たちは毎度毎度しっかり僕の配信に参集してくれていたのだろう。


 何を隠そう、なんと荒らしグループに所属している人のうちの三人は今のところ僕がやった配信にすべて来ていて、かつコメントを打っていて、仕上げにSNSでも情報を発信しているという、まるで熱心なファンのような様相を呈しているのだ。ちなみにやっていることはファンの鏡写しのような内容だ。荒らしの鑑だ。


「……ん? へえ……面白いなあ」


 荒らしグループのアカウントの一つを訪れた時、順調だった謝罪声明確認作業の手が止まった。


 このアカウントの人は、などと考えるまでもない。捏造動画の製作者だ。


 捏造動画の製作者が投稿した内容に、とても興味をそそられた。


『ジン・ラース。あなたの主張は理解できるけど、こちらも言いたいことがある。こちらだけ主張できないまま終わらせられるのは承服できない。不公平だ。あなたと話がしたい。できれば配信という公の場で、堂々と』


 なるほど。わからない。


 この人がいったい何を考えているのか、さっぱりわからない。


 だからこそ、とても面白い。


 現状を理解している人間ならば、内心がどうあれ形だけでも早々に謝罪してこの件から手を引くはずだ。開示請求を受けるだなんて、時間と労力の無駄でしかない。そこから侮辱なり名誉毀損で訴訟となり、損害賠償ともなればそれらに加えて金銭的にも浪費となる。すいませんでした、の一言で済むのなら、どう考えてもそっちのほうがいい。


 現状を理解していない人間ならば、法的措置の言葉なんて気にせずに、なんならより一層過激に糾弾するはずだ。自分の頭の中だけで組み上げられた自分だけの論理が絶対的に正しいと妄信している人間は、正論や常識、他人からの忠告などには悪い意味で影響されない。強制的に制止させられるまで止まることはない。


 それらを踏まえて、この人はそのどちらでもない。


 自らの窮状(きゅうじょう)を理解していないわけではない。一度僕の主張を呑み込んだ上で、それでいてなお自分の行動は正当なものだと思い込んでいる。


 だから謝罪はしないのだ。(へりくだ)ることなく、自分が正しいという大前提を足場にして、あくまで対等な立場で語りかけてくる。


 理解しがたい。非常に度しがたい。


 配信が終わるや否やの時間でSNSに投稿されていたところを見るに、この人は今回も僕の配信を観てくれていたようだ。関係ない話だが、この捏造動画の製作者はなんと、さきほど取り上げた荒らしグループ内における僕の配信皆勤賞の三人のうちの一人である。全部の配信に来てくれていたからこそ、あれだけ上手に僕のセリフを捏造動画に取り込めたのだろう。


 僕の説明と注意を聞いて、それでもなお自身を正当化させ得る自信の源とは、いったいなんなのか。


 どのような論理と信念を下敷きにしたら、このような思考と言動に辿り着くのか。


 何がここまでこの人を駆り立てるのか。大事なものも、共に活動する仲間も、何もかもを失ったこの人は、何を原動力に対談を申し入れてきているのだろう。


 推しへ傾けていた特別な感情が、この大胆不敵で荒唐無稽な行動の理由なのだろうか。


 だとしたら、とても興味がある。


 その感情の大きさに、重さに、純度に、その感情の深奥にある正体に、とても興味がある。


「…………」


 捏造動画製作者のメインのアカウントはジン・ラースをフォローしているようだった。設定にはいくつか種類があるが、この人は自分がフォローしている相手であればメッセージの受信を許可しているようだ。今日の配信の前まではジン・ラースのアカウントをフォローしていなかったはずなので、配信が終わってからメッセージのやり取りを望んでフォローしたのだろう。


 随所から漏れ出ている不可解な矛盾に(こころよ)()わりの悪さを感じながら、僕はメッセージを作成し始めた。

腹立つコメント考えるのには苦労しましたが、頑張ったかいもあっていい具合に腹立つコメントが作れたと思います。どうでしょうか?

むかついたとしたらそれは僕の努力の成果です。

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― 新着の感想 ―
今回こそ「礼ちゃんを巻き込んだことに関して怒っている憤怒の悪魔 ジン・ラースでした。」って言った方が良かったと思うけど、わざわざ言わないほうがブチギレてるのが伝わるかもって思えて良い。まじ最高でした。
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