「私のお兄ちゃんすごくないですか?!」
書き溜めがなくなるまでは基本的に一日一話更新でやっていきます。
きりのいいところまで書き溜めする性格なので一章の終わりまで書き溜めしてます。
この小説はお兄ちゃん視点と別の人からの視点を行き来しながら進んでいきます。ご注意ください。
「……ふう。最後の方は強かったですね。一つでもミスをしていたら勝敗はわかりませんでした」
ゲームのリザルト画面から遷移し、ホーム画面に移動した。さっきの試合でもう今日の予定は終わりなので、邪魔にならないようにと小さくして画面端に寄せていた女性Live2Dモデルを、少し大きくしてから配信画面の中央右寄り付近に移動させる。
息を呑むほど綺麗で、白い肌が眩しい女性のLive2Dモデルが、画面の中で動いていた。
これが私。私の、恩徳礼愛の、Vtuberとしての姿。
つんと上を向く筋の通った鼻に切れ長の双眸。往年の有名ファンタジー小説に登場するエルフのように長く尖った耳。背中まである闇夜のカーテンのような艶やかな黒髪が私の動きに連動してなびく。側頭部からはとぐろを巻くように羊の角に似たそれが生えている。完全体だと翼や尻尾も生えているけれど、尻尾はともかく翼は画面を隠しがちになるのでゲーム配信中はわりと引っ込めていることが多い。
レイラ・エンヴィ。
それがこの子の名前。うじえもんというイラストレーターさんが『魂と性癖をこめて描いた』と豪語するほど美しく丁寧に産んでくれた、もう一人の私。
背筋が凍るほど端整な顔立ちをしているその女性アバターは、私がするのに合わせるように緑色の瞳をぱちぱちと瞬かせ、薄いピンクの唇を開いた。
「……ということで、一位を取れてしまったので本日の人間界調査は終了です。おつかれさまでした」
〈知ってた〉
〈知ってた〉
〈もしかしたらこうなるんじゃないかとは思ってたんだ〉
〈一位取るまで終わらない企画とかふつうなら耐久になるのになー〉
私が今までやっていたのは一人称視点でキャラクターを操作し、銃火器を用いて同時接続された他のプレイヤーと鎬を削って戦う、いわゆるFPSと呼ばれるゲームだ。大人数が限られたフィールドの中で戦い、最後まで生き残ったプレイヤーが勝者、というバトルロイヤル物。eスポーツとして大会も開催されるほど、人気のあるタイトルだ。
人気は知名度と同義だ。知名度のあるゲームならそれだけ人の目に触れる機会も増え、Vtuberに興味がない人でもゲームのほうに興味を持って視聴してもらえる可能性が上がる。
Vtuberは人気商売だからそういう点も気を使う──などという打算がまったくないとは言わないけれど、それ以上にこの手のゲームが好きだから、という単純な理由で私は今日もこのタイトルで実況配信していたのだった。
企業に所属しているVtuberなのだから、人気の指標となるチャンネル登録者数だとか、今この瞬間にこの配信を観ている視聴者の人数、いわゆる同時接続数だとかをもっと気にしたほうがいいのだろうけれど、自分を曲げてまで配信を続けたいと、私はどうしても思えない。
そんなわけで、基本的にはキャラクターに与えられた設定を守りつつ、ほとんど自然体で私は配信活動をさせてもらっている。
一応、キャラ設定はある。身分の高い悪魔のご令嬢が、魔界で山積しているいろいろな問題の解決のために人間界へ訪れた、というのがバックグラウンドだ。なのでゲームの実況配信や雑談も人間界調査という名目になっている。ゲームを実況したりお喋りするだけの時間が人間界のどういう調査に繋がるのか甚だ疑問だけど、そういうのが様式美というやつなのだろう。
人間界では学生として潜入しているので、今もセーラー服を着用していたりする。黒セーラーと黒の長い髪の対比で白い肌がとても際立つ、本当に綺麗な子だ。ちなみに、細くしなやかで長いおみ足は黒のストッキングで覆われている。きっとこのあたりがうじえもんママの趣味なのだろう。
見た目は綺麗系の落ち着いた印象をした女の子、中身は外行き用のダウナーな私という奇跡のマリアージュのせいで、簡単には人を近づけさせないような孤高の美少女みたいになっている。これだけ優れた外見なら、中身が私じゃなければもっと人気が出ただろうに。うじえもんママには申し訳ない。
申し訳なくは思いながらも声のトーンは上げないまま、私は配信の終了を宣言した。
今回は一位を取れるまで何時間でも何十時間でも続けるという耐久配信の予定だったのだ。レイラちゃんもそうだけど、中身の私自身も学生なので実際は何十時間も連続でプレイなんてできない。次の日に学校がある日は早めに寝ないといけないし、宿題や予習復習もやらなきゃいけない。
でもまあ今回はとりあえず一位取れちゃったからね。仕方ないね。
別にこの後お兄ちゃんとの用事があるから、早く終われるようにこんな予定立てたとかそういうことではない。今のランク帯なら本気で集中すればすぐに終われる見立てをしていたとか、そんなことはない、決して。
ゲーム終盤の激しい戦闘の余韻に浸りながらコメントに都度反応していると、ひとつのコメントに目が止まった。
〈最後の相手、APG所属のプロやんけ〉
「えっ、プロの方だったんですか?」
〈違うFPSゲームでプロをやってた元プロだよ〉
〈今はストリーマーだっけか〉
「はあ……なるほど。プロを経験されたことのあるストリーマーさんなんですね」
今もホーム画面で放置しているこのゲームはeスポーツとして大会も開催されているようなビッグタイトルなので、もちろんプロもプレイしている。たまにシーズンリセット直後とかだとマッチングであたることもあるが、大会でよく名前を見るようなプロゲーマーさんが相手だと、だいたい勝負に持ち込む前に負ける。基本的にはランク帯がかけ離れているからマッチングすることはないけど、今回はお相手の方がランク上げの途中だったりでもしたのか、偶然ご一緒したようだ。
リスナーさんに教えてもらって納得した。たしかに最後の方だけは他のプレイヤーとは明らかに動きが違ったのだ。今回マッチングしたストリーマーさんの名前は失礼ながら私は知らなかったけれど、APGという最前線でプロとして活躍している人が多く在籍しているゲーミングチームに所属する強い方と、直接一対一で対戦して勝てたのはとてもうれしい。
これもお兄ちゃんに戦術を教えてもらったおかげだ。『初見で、かつ人間が相手なら、少なくとも一回は確実に使える』と言ってとっておきを伝授してくれたのだ。
お兄ちゃん直伝の戦術と、あとは地理的な状況、回復アイテムや弾薬、グレネードなどの投げ物も残っていた。私に有利なシチュエーションだったので今回は何とか勝てたけれど、対等な条件でもう一度やったら十中八九私が負けるだろう。そのくらい上手い相手だった。
〈あれはまじで勝つとは思わんかった〉
〈さすがに即終了は免れると思ったのによぉ!〉
〈最後のは見入っちゃったよ〉
〈すごかった〉
〈コメ忘れてた〉
「めっちゃくちゃに強い人だとは思っていたんです。いい経験をさせてもらいました。ほんとに上手かったですね、あの方。私も最近特訓してますし有利な場面だったのでなんとかなりましたけど、以前の私ならなす術なく押し潰されていたと思います」
〈勝つお嬢美しい〉
〈めっちゃ謙虚〉
〈ここで調子に乗らないから好感が持てるんだよなぁ〉
〈前からうまかったけどさらにうまくなってる〉
〈ここ最近の勝率やべえよ〉
〈一時期落としてたけど完全に取り返した〉
〈裏でどんだけ練習してんの〉
「努力の成果をお見せできてよかったです。さて、こうして公約も果たしたことですし……」
〈努力の中身を詳しく!〉
〈やだー終わらないでー〉
〈はやいって! まだはやいって!〉
〈まだあわてるような時間じゃない〉
〈ほんとにそんな時間じゃねぇんだよな〉
私がいそいそと配信終了の流れに持っていこうとすると、コメントの流れが加速した。別れを惜しむ声が大量に流れる。
そんなみんなのいい反応に、レイラの表情がにへら、と緩む。
私が所属している事務所の母体はIT関連に強いし、その親会社は電子機器メーカーなだけあってか『New Tale』に提供されている配信者の表情を読み取るフェイストラッキングなどの技術まわりは無駄に精度が高い。
レイラを産んでくれたうじえもんママの作り込みもすごいせいで、はにかんだような表情がとってもキュートだ。自分で演じて自分でそう感じるのだから相当なもの。
「……配信を終えようかと思いましたが、さすがにまだ、ね。一時間も経たないでさよならでは寂しいので、せっかくですから皆さんから送っていただいたお手紙を読んでいきましょうか」
〈やったー!〉
〈送ったの読まれますように〉
〈お嬢、申請かなんかきとんちゃう?〉
『お嬢』というのは私の愛称のようなものだ。魔界で位の高い魔族のご令嬢という設定なので『お嬢』になった。先輩や同期とも被らないし、キャラにも合っているし、呼びやすくて打ちやすいともなれば採用しない手はなかった。私はちょっと恥ずかしいけれど。
「あ、ほんとですね。確認しますのでちょっと待っててくださいね」
ゲームの画面を片付けてお手紙を読む時の画面にしようと準備をしていたところで、コメントに気がついた。メッセージなどが届いた時に表示されるアイコンが点灯していた。
開いてみると届いていたのはフレンド申請で、送ってきたのは先ほどの激闘のお相手『utaco』さんだった。
「わっわっ、フレ申請ですっ、あんなに強い方から!」
〈元プロに認められたか〉
〈びっくりした時の声かわいい〉
〈なんか娘の独り立ちを見ている気分〉
〈彼女もいない奴がなんか言ってます〉
〈お嬢はわしが育てた〉
〈お前なんもしてねえだろうが〉
〈なんなら最初から俺らより強かった〉
〈有利な位置だったとはいえ元プロに勝つくらいだしな〉
〈可愛すぎんか?〉
〈もしかしたら負けたからって文句言いにきたとか?〉
〈チームに所属してる立場でそんなことしないだろ〉
〈SNSに流されたら速攻で炎上だな〉
〈負けて文句言うとか一番だっせえわ〉
〈お嬢かわいい〉
「とりあえず『承認』っと」
フレンド登録を済ませると、驚くような早さですぐにメッセージが届いた。
「はやっ。わわっ、どうしよ……あ、とりあえずお相手のプライバシーもあるのでメッセージ画面は隠しときますね」
〈しっかりしてる〉
〈配信中の面白さよりも常識やマナーを優先するお嬢〉
〈コンプライアンスの精神〉
〈そういうとこが好き〉
〈だから推してんだよなー〉
「個人情報とかプライバシーとかそのあたり大丈夫そうなら読み上げるので安心してくださいね」
リスナーの人たちにそう伝えつつ、私は届いたメッセージを確認する。
『もしかして先輩ですか?』
たった一言、その質問だけが送られていた。誰かと勘違いしているのかもしれない。
個人名など含まれていないのでそのまま読み上げるとリスナーさんたちからも、違うプレイヤーと間違えているのでは、と推測されていた。立ち回りが似ていたのかな。
もしかしてレイラの中の人である私のリアルでの後輩かと焦ったけれど、私の交友関係の中ではごく一部を除けば私がここまでゲームをやり込んでいるなんて知らないはずだし、後輩でプロゲーミングチームに所属している子がいるなんて噂も聞いたことがない。それに一度戦っただけで立ち回りから個人を特定するなんてできない、はず。
きっと、おそらく、たぶんだけど、ただ純粋に人違いなだけだ。そうに違いない。
「えーと……『すいません。先輩というのが誰のことを言っているのかわかりません』と」
声に出しながら文面を作る。
今回は単なる勘違いだったけど、あれだけ強かった元プロゲーマーの人が『先輩』と仰ぐくらいだ、きっとその先輩さんは相当な腕前のはず。そんな先輩さんと間違われるなんて、ちょっと嬉しくなってしまう。
〈お嬢にやけとる〉
〈ニッコニコで草〉
〈一位になった時もここまで笑顔じゃなかった〉
「う、うるさいですね……嬉しかったんですよ」
リスナーさんたちにしばしいじられていると、またすぐに返信がきた。
「えっと……『そうでしたか。急に訳のわからないことを送ってすいません。慌てていたせいで無言申請になってしまっていました。重ね重ね申し訳ないです。承認ありがとうございます』……だそうです。はあ、丁寧な文章を打つ方ですね」
〈お嬢もやけどな〉
〈あかん、このままだとFPS界隈はマナーのいい人間ばかりだと誤解される!〉
〈いかんのか〉
〈マナーやモラルを母親の腹の中に置き忘れたやつも多いというのに〉
〈魔界よりよっぽどひどい人間界〉
コメントが賑わっている中、私はいそいそとお相手への返事のお手紙を綴る。
「『いえいえ、全く構いません。こちらこそ申請ありがとうございます。私は今日はもう落ちるのですが、ご都合が合えばまた今度デュオなどやりましょう』っと。……も、元プロの人相手に一緒に遊びましょうとか、馴れ馴れしくしすぎでしょうか? 大丈夫かな……」
〈気にしすぎやろ〉
〈心配が可愛すぎだろ〉
〈いけるいける〉
〈Vしか知らんのだがプロゲーマーってライブ配信とかすんの?〉
〈こっちも同じ反応で草〉
〈切り抜きーここ頼むぞー〉
〈なんの話?〉
〈もしかしてutacoも今配信してる?〉
〈プロゲーマーとしてよりストリーマーとして稼ぐほうが多いとかなんとか〉
〈プロやめた奴がストリーマーに転向するのはよくある話〉
〈草〉
〈草〉
〈utacoさんも配信中だね〉
「えっ、配信中?! どどどどうしようっ……」
〈こんなにテンパってるお嬢初めて見た〉
〈かわいい〉
〈utacoさんナイスぅ!〉
「配信中に迷惑かけちゃったかな……大丈夫かな……あ! きた!」
〈まるで片思いの相手に送ったメッセの返信を待つ乙女〉
〈完全に一致だがそれは俺に効くからやめろ〉
〈utacoさんも同じ心配してて草〉
〈utacoて女なんか?〉
〈名前でわかるだろ〉
〈utacoさんはいつもマスクしてて前髪で片目隠れてる眼鏡っ子で変なチョーカーしてるけどめっちゃかわいい人やぞ!〉
〈ほとんど顔出てないやんけ〉
〈もしやこれは新たなカップリング……?〉
〈百合の波動を感じる〉
〈俺たちは記念すべき初絡みを目撃しているのかもしれない〉
能天気なことを言っているリスナーさんたちなどもはや気にかけることもせず、送られてきたメッセージに集中する。
「『ありがとうございます。あまり女性プレイヤーと知り合う機会がないので誘っていただいてとても嬉しいです。レイラ・エンヴィさん』って、え?! なんで私のこと知って……」
このゲームをやっている時の名前は『Leila』で登録している。姓であるエンヴィまでは知りようがないはずなのに、なぜ知っているのか。
「コメント欄で教えてもらったのかな……。一介のVtuberなんて覚えてるわけないだろうし」
〈一介のVtuberにしてはうますぎるんだよなー〉
〈向こうのコメント欄で出てたみたいよ〉
〈utacoさんの配信見てる人の中にお嬢のこと知ってる人がいたみたいだね〉
〈きたか!〉
〈ガタッ(AA略〉
〈き、キマ、キマシ〉
〈まだはやい座れ〉
〈はい〉
〈スッ(略〉
「わ、わ、やばいです。心臓バクバクいってます。一緒にゲームやる友だちいなかったし、すごく嬉しいです! えーと『こちらこそありがとうございます。私もとても嬉しいです。SNSなにかやってますか? やっていたらDM送ります』……大丈夫かな、引かれないかな? なんだか出会い目的の人みたいな文面になっちゃったし……」
〈声上擦っててかわいい〉
〈表情もかわいい〉
〈なんか途中でさらっと悲しいこと言ってたような気が……〉
〈お嬢……あんた、友だちが……〉
〈いつもより声高くなっとるw〉
〈そらお嬢についてこれるような子はそうおらんやろな〉
〈ついてこれる腕の友だちがいないってことだよな? な? そうだよな?〉
〈女性とかもとからプレイ人口少ないのにお嬢並みとかNIWくらいやろ〉
〈すごいなあこんなこと俺がやったら確実に出会い厨とか言われて晒されるんだろうなあ〉
〈おっさんと美少女を一緒にして考えんなよおっさん〉
〈正論という名の鈍器で人を殴るんじゃない〉
utacoさんとのやりとりが進むにつれてコメント欄の流れも早くなってきている。だんだん読みきれなくなってきた。
「ね、ねえ眷属のみなさん。もう送っちゃったんですけどさっきので大丈夫でしょうか? 馴れ馴れしいやつだな、とかって思われないでしょうか?」
もう送信済みの時点で取り返しはつかないのだが、心配になって尋ねてみる。みんなからの反応がよろしくなかったら訂正と謝罪のメッセージをすぐさま送ろう。
ちなみに眷属というのはリスナーさんたちのことである。魔界のお嬢様の取り巻き、配下ということで眷属という呼び名が採用されたけれど未だに、いいのかそれで、と思うことがある。
〈いけるいけるw〉
〈女の子同士ってこと考えたら印象も悪くないよ〉
〈男がやったら火刑だけど〉
〈お嬢がこれだけぐいぐい押すのも珍しいな〉
〈チーム戦やりたいって前ぼやいてたもんな……〉
〈お嬢あんたそんなにお友だちが……〉
〈独りぼっちは、寂しいもんな……〉
〈おいばかやめろ〉
「ちょ、ちょっと! 腫れ物に触れるみたいな言い方やめてください! いますから! お友だちは! ただちょっと、FPS付き合ってくれる子はいないだけで……あ、きた!」
アイコンにマークが点灯する。
私の心臓は今、ゲームのプレイ中よりも心拍数が上がっている。
「『わたしの方から誘ったのでわたしからやっておきますよ。というよりももうやっちゃいましたので、お暇ができたら確認してもらえると嬉しいです』……ええっ!? は、はや……」
utacoさんの配信を見ていたリスナーさんたちも合流したのか、激流のように流れ始めたコメント欄はもう追えないので後から目を通すとして、とりあえずSNSを開く。
もしかしたらプライベートなところも見えちゃうかもしれないので、もちろん配信画面には出さない。リスナーさんたち、ごめんね。
「眷属のみなさん、ちょっとごめんなさい。SNS確認してきます。えっとえっと……あ! utacoさんからDMきてる! ていうかフォロワーすごい増えてる……」
〈utacoさんからはなんて?〉
〈お相手の配信見てた人がフォロワーになったのか?〉
〈あとからutacoさんのアーカイブ見に行ってみるか〉
〈こういう交流もアリやな〉
〈みんな仲良くそれが健全〉
〈DMの内容は?〉
〈お嬢の表情筋がさっきから死んでて草〉
〈緩んだ状態から表情動いとらんw〉
「えへへ……すっごくうれしい」
〈かわいいかよ〉
〈さすが魔族は人間のコロコロし方をよく知ってる〉
〈安らかにイケる〉
〈日頃とのギャップがすごすぎてかわ〉
〈くぁ〉
〈ここでコメは途切れている〉
〈切り抜き不可避〉
「あ、DMの内容についてはプライベートなので控えますね」
〈ここまで期待値上げてから落とす〉
〈さすが悪魔〉
〈ひどい〉
〈教えてよー!〉
「また今度まとめてお話ができるところはするので待っててください。utacoさんから配信で話してもいいかどうか許可ももらわないといけないですからね」
〈しっかりしてる〉
〈学生の自制心と判断力じゃない〉
〈一部の先輩たちよりも大人な対応で草〉
「さて、utacoさんはあとからでもいいというお言葉をいただいたのでそれに甘えることにして、予定通りお手紙読ませてもらいましょうか」
〈そういえばそうだった〉
〈大事件があったせいで忘れてた〉
〈なんなら予定の通りならもう終わってるんだもんな〉
「そうなんですよね、本当の意味で予定通りというのならもう配信終了しているんですよね。予定通りに終わります?」
〈終わらないで!〉
〈お手紙行こうお嬢!〉
〈てめえ余計なこと言ってんじゃねえぞ!〉
〈すまんかった!〉
「ふふっ。大丈夫ですよ、やりますからね」
私が『お手紙』と呼んでいたのは、匿名メッセージサービスを介して届けられる、質問のような感想のような要望のような、ざっくりひっくるめてリスナーさんからの応援のメッセージだ。そのお手紙を画面に表示し、綴られた文章を読み上げては答えていく。
近況の報告やら、これからの方針やら、こういった配信を増やしてほしいやら、誰々さんとのコラボを希望やら、純粋に眷属さんからの質問やら。私はわりとオープンに受け付けているのでいろんな内容が送られてくる。
でも、一番多いのはこういう趣旨だった。
「『お嬢はご家族の不幸ということでしばらく配信をお休みしてましたが、もう大丈夫なんですか?』えーと、やっぱり眷属のみなさんも気にしてくれていたんですかね? よく見かけました」
〈俺も思ってた〉
〈もう大丈夫なん?〉
〈デリケートな部分に簡単に踏み込む神経がわからん〉
〈こういうのは本人が言うまで待ってるもんだろ〉
〈気になるのは確かだろ〉
少しばかりコメント欄の空気が刺々しくなってきた。
こうなるだろうな、とは思っていた。言い出すタイミングを失っていたので仕方ないとはいえ、はっきりと説明しなかった私にも責任がある。
公式の発表はたしかに誤解されかねないものだった。しかしだからといって個人の情報をどこまで詳細に説明すべきか、事務所の人も判断に困ってしまったのだろう。解釈の余地が残ってしまうような曖昧な文章になってしまっていた。それも仕方のない話だ。本当ならもっと早く、私の口から直接説明しておかなければいけなかった。
「みなさん、ありがとうございます。心配してくれた人も、気を遣ってくれた人も。もう大丈夫です。『New Tale』の発表だと『親族の不幸』ってなってましたけど……いや、間違ってはないんですけどね、それだとまるで親族が亡くなった、みたいに捉えちゃいますよね。実際はそこまで深刻じゃないんです。ただ……お兄ちゃんが過労で倒れてしまって、それを私が一番最初に発見しちゃったものだから動揺して……。突然配信をお休みすることになってしまいました」
私が家に帰ってきて玄関でお兄ちゃんが倒れているところを見つけた時は、もう頭が真っ白になって何も考えられなかった。
その日も配信の予定だったのにすっかり頭から抜け落ちていて、しかも配信できそうにないということを事務所のスタッフさんにも、SNSを通してリスナーさんにも報告できないまま、お兄ちゃんに付き添って病院に行ってしまった。
連絡も何も取れない完全な音信不通状態だったが『New Tale』としては何か発表しておかないといけないということで、縁起でもないけれど『親族のご不幸が云々』という声明を出さざるを得なかった。
とはいえ、大体の理由の目星はついていたらしい。
私のことをよく知ってくれていてよく気にかけてくれている、とても仲の良い一期生の大先輩の耳に、私が急に配信を休んでそれから連絡が取れないことが知らされた時、その大先輩が『きっとお兄さん絡みだと思います』と伝えておいてくれたらしいのだ。後日先輩へ謝意を伝えるため連絡した際には『事前に通知してたのにレイラちゃんが寝坊したりずる休みしたりサボったりするなんて考えられないもんね』と、まるでお日様のようにぽかぽかする声でころころと笑いながらそう言ってくれた。
たしかにお兄ちゃん関連以外で私が急にお休みをもらうことなんてそうそうありはしないけれど、尊敬している先輩からそこまで信用をされていると思うとプレッシャーがすごい。これから絶対に寝坊も遅刻もできない。
ただ、私にとってどれだけ大きくて重要な理由があったにせよ、それは眷属さんたちには関係がない。時間を作って待っていてくれたであろう眷属さんたちには、ただただ申し訳ないばかりだ。
「待ってくれていた人もいると思います。期待を裏切ってしまって本当にすいませんでした」
配信を予告もなく取り止めた私には謝ることしかできない。
そんな私を、眷属さんたちは責めることなく優しく励ましてくれた。
〈謝らんでええよ〉
〈そりゃあ仕方ないわ〉
〈謝ることじゃないって〉
〈大丈夫大丈夫〉
〈時計一周ぶん寝坊した挙句に時間通りだって開き直って配信した先輩もいるんだから気にしないで〉
〈ダメな先輩代表を比較に出すのはNG〉
〈過労で倒れるとかやっぱり人間界は魔界よりブラック〉
〈やっぱ人間界ってごみだな〉
〈家族倒れてたらそりゃ驚くよ〉
〈しかも話によく聞くお兄ちゃんさんだしな〉
〈お兄さんガチ恋勢の俺としてはお兄さんの容体が気になる〉
〈お兄ちゃんさんガチ恋勢……噂には聞いていたがまさか実在していたのか〉
「お兄ちゃんにガチ恋っていう話はちょっと聞き捨てなりませんが……もう大丈夫です。一週間くらい入院してましたがもう退院して、最近は一緒にご飯作ったりゲームとかやってます。そう! お兄ちゃんに立ち回り方とか戦法とかいろいろ教えてもらったんですよ! 最近はお兄ちゃんといっぱいゲームする時間があるから、だから勝率も上がってるのかもしれないですね! 明日も教えてもらう約束してるんですよ!」
〈声の跳ね上がり方えぎぃw〉
〈お嬢に教えられるくらいの腕〉
〈お兄ちゃんさん何者なんだよ……〉
〈おいバカ聞くな〉
〈かわいすぎかよ〉
〈お嬢にお兄ちゃんさんのこと聞くとか素人かよ……〉
「あれお兄ちゃんのこと知らない人がいるようですねここでもう一度説明しておきますね! お兄ちゃんはなんでもできるんですよ! テスト勉強しててもここがわからないんだけどって言ったらなんでも教えてくれるんです! 嫌な顔ひとつしないでとってもわかりやすく! あとですね! 昔から勉強もなんですけどゲームもできるんです! なんでも詳しいんですよ! これだけでもすごいのにそれだけじゃないんですよ! 音楽のテストでギターしなきゃいけないんだあって話をしたら次の週にはエレアコ買ってきてくれて教えてくれたんですよびっくりしません? 教えられるくらいにギターうまいんですよ?! いつ練習したの?! びっくりしますよね!? ね!? 合唱コンクールの時は練習するためにカラオケにも付き合ってくれたんですから! ラブソングをリクエストしたら心を込めて歌ってくれたんです! あと……くふふっ……これはつい最近の話なんですけどテレビでバーテンダーの特集がやってた時に私がかっこいいなーってぼそっと言ったらいつの間にか道具用意したらしくてその三日後くらいにはカクテル作ってくれたんです! 未成年なのでもちろんノンアルコールでしたけど大人っぽい味がしました! くふっ……きっと私がバーテンダーの人を褒めてたからやきもち焼いちゃったんですよかわいいなあ……かわいいなあ! そうだカクテルだけじゃないや! お兄ちゃんは私のご飯もずっと作ってくれてて料理もできるんですしかもすっごくおいしいんですよ! すごくないですか?! 私のお兄ちゃんすごくないですか?! はあ……私のお兄ちゃんすごいなあ……」
〈圧がすごい〉
〈お、おお〉
〈いつ息継ぎしてるんだw〉
〈せ、せやな〉
〈笑い方が絶妙にきもくて草〉
〈お兄ちゃんさんのこと好きすぎわろた〉
〈お嬢、お兄ちゃんさんの話する時めっちゃ早口になるよな〉
〈絶対また切り抜かれるぞ見てろよ見てろよー〉
〈完全にオタクのそれ〉
〈ワイもこんな妹欲しいわ〉
〈俺はこんなお兄さんがほしい〉
〈仲いいね〉
私の熱弁を聞いてコメントの流れが早くなる。お兄ちゃんの話はこれまで何度もしているので眷属さんたちも慣れたものだ。何度も話しているのにその都度話すことが湧いてくるお兄ちゃんの話題性すごい。
ばばーと流れるコメントの中でも『仲がいいんだね』という内容がちらほらあった。
そりゃあそうだろう。いったいどれだけの時間隣で過ごしてきたことか。
「両親が共働きで忙しくてなかなか家に帰って来れなかったので、お兄ちゃんとずっと二人で家に……あ。そう、魔界ではね。はい。高い役職にいたのでね、忙しかったんですよ、両親」
〈そんな今思い出したみたいにw〉
〈最近は共働き多いからな〉
「両親が忙しくて帰ってこられない代わりにお兄ちゃんが全部やってくれてたんです。人間界のふつうの兄妹がどのくらい一緒にいるのかは知りませんけど、きっと一緒にいる時間は長いほうだと思いますよ。だから、ふつうの兄妹よりかは仲が良いと思います、きっと」
さすがにふつうの兄妹よりかは仲良くしていると思うけれど、そもそもふつうの兄妹というものがどれくらい仲がいいのか分からないので判断が難しい。
マンガやアニメで四六時中べたべたと触れ合ってたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒の布団で寝てたりしている物を目にしたことがある。私の場合はお兄ちゃんがいても基本的には隣に座るだけだし、お風呂は中学校を卒業するくらいの時期からなるべく一人で入るように努力したし、寝る時もお兄ちゃんが忙しくなったのもあって高校入学を機にできるだけ可能な限り頑張れる範囲で自分のベッドで寝るようになった。なので年齢を重ねるにつれて距離を置くようになったと言えるだろう。
そう考えていくと、もしかして兄妹仲はふつう程度なのではないかとも思えてくる。
いや、いや、私とお兄ちゃんの仲は良いはずだ。絆があるのだ、何者にも断ち切られない絆が。何物にも代え難い絆が。
〈そんなお兄ちゃんさんだったら配信見てるんじゃない?〉
〈お兄ちゃんさん見てるー?〉
〈てかお兄ちゃんさんはお嬢がVtuberやってること知ってんの?〉
「あ、お兄ちゃんには伝えていますよ。配信中は騒がしくなるかもしれないですし、なにより一つ屋根の下で暮らしてて隠し通せる物でもないですからね。隠す理由もありませんし。でもお兄ちゃんは配信見てないですよ。見ないでって言いましたから。お兄ちゃんは約束絶対守るんです」
〈配信は見ない(見ないとは言ってない)〉
〈絶対隠れて見てるよ〉
〈配信は見ないけど切り抜きは見てるとかありそう〉
〈とんちかよw〉
〈一休さんかな?〉
「見てないですって。さすがに私もお兄ちゃんに見られてたらここまで喋るのは恥ずかしいです。……さて、そろそろいい時間なのでこのあたりで終わりにしましょうか」
眷属さんたちの別れを惜しむ声を半ば無視する形で強引に配信終了の流れに持っていく。私も寂しいが、これからお兄ちゃんと外食デートに行く予定があるので仕方ない。その後バイクで夜景を見に行く予定もあるので仕方ない、仕方ないのだ。
BGMと画面を変えて、配信の終わりに恒例でやっているスーパーチャットを送ってくれた人の名前を読み上げるコーナーに移る間際に、ふと思い出した。運営側からも言われていたことがあったのだ。
「あ、そうです。前回前々回もやっていましたが、お知らせがあります」
〈絶対忘れてたやん〉
〈お兄ちゃんさんの話に頭持ってかれすぎw〉
「思い出したのでセーフです。えー、この度『New Tale』で四期生のデビュー計画が始動しました。今現在も応募を受け付けています。やってみたい人や興味のある人はぜひ公式ホームページを見てみてくださいね。……はい、お知らせでした」
〈形ばっかりのお知らせコーナー〉
〈すごいな前回前々回と一言一句同じだ〉
〈今日日AIのほうがまだ抑揚あるぞw〉
〈コピペ?〉
「違います。カンニングペーパーです。モニターの端っこに忘れないように貼ってるんです」
〈カンニングペーパーw〉
〈そのわりには忘れとったけどな〉
〈とうとうNTも四期生まできたか〉
〈やってみたいけどニュートは男はだめだもんな〉
〈男がやるならGGじゃねえの〉
〈ゴーゴーはなーよく燃えるからなー〉
やはり見てくれてる人の中にも、見るだけではなく実際にVtuberをやってみたいという人はいるようだ。でも私としては、Vtuberは楽しいけれどただ楽しいだけではないということも、知っておいてほしいところだ。大変なことも、柵とかもあるしね。わざわざこの場では口にしないけれど。
ちなみにコメント欄で出てきた『GG』や『ゴーゴー』というのは二つとも『|Golden Goal』というVtuber事務所の略称だ。
もう一つちなむと『ニュート』という呼び方は『New Tale』のことを指している。『NewTale』の頭から四文字を抜き取って『Newt』と呼んでいるとかなんとか。『Newt』ってたしかイモリだったかヤモリだったかの意味だけど、まあ『New Tale』のことを指してるってみんなが伝わるのならいいのかな。
『Golden Goal』は『New Tale』よりも規模が大きな事務所で、男性も女性も所属している。さすがに女性のほうがちょっとだけ在籍人数は多いけれど全体の三割から四割くらいは男性が占めているのだから、他の事務所や『New Tale』と比べると男性Vtuberの人数は圧倒的に多い。
「勘違いしている人も多いかもしれないですけど、『New Tale』の募集は女の子限定でやってるわけではありませんよ?」
〈え〉
〈嘘やん〉
「応募要項では性別について言及してませんし、男性でもいいはずです。ダメとは書いてませんからね」
〈まじかよ〉
〈確認してみたらほんとに女限定じゃないな〉
〈でも実際は女の子だけなんでは?〉
「あー……そのあたりはどうなんでしょうね。暗黙の了解的なのがあるのかもしれないです。でも、とりあえず応募してみるのはいいかもしれないですね。出すだけなら問題ありませんし」
〈ダメ元で送ってみるか〉
〈ニュートも有名になったし応募すごそうだな〉
〈お兄さんに声かけてみたらどう?〉
〈ガチ恋勢のやつ必死すぎて草〉
「お兄ちゃんにガチ恋してる眷属さんとはちょっとじっくりお話する必要がありそうですが……でも、とても魅力的な提案ですね! 私もお兄ちゃんと一緒にやりたいです! よし、今度聞いてみましょう!」
〈おもしろくなってきた!〉
〈お兄ちゃんさんもVtuberやり始めたらずっとコラボやってそうw〉
〈これでお兄ちゃんさんもNTに入ったら兄妹Vtuberは二組目か〉
〈ツインズに続いて二組目やな〉
〈ツインズは姉妹だけどな〉
〈細けぇ〉
〈まぁお兄ちゃんさんが受かるかどうかはわからんけども〉
「お兄ちゃんなら絶対いけますよ! 声もいいですしなんでもできますからね!」
〈すごい自信だw〉
〈お兄ちゃんさんへのプレッシャーすごいな〉
〈めっちゃハードルあげてて草〉
〈がんばってお兄さんを説得してください!〉
〈なりふり構ってねえなガチ恋奴〉
とある眷属さんから不穏な気配を感じるけれど、お兄ちゃんにVtuberにならないかオススメしてみるというアイデアを出してくれたので今回ばかりは不問に付しておこう。
それほど関係はありませんが、このお話は時系列的には一話の前日だったりします。
だいたい一話一万字前後を目安に、きりのいいところで区切る感じで意識しています。なのでお話によっては短い時、長い時など多少ばらつきがあります。ご了承ください。