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廃嫡宣言

 声が震えた。ファルハードは、怪訝そうにアルスランを見た。

「イギ国と手を組むなど、どうやったらそういう判断になるのです? 今まで散々我らと小競り合いを繰り返してきた仲ですぞ。それでは、イギ国の手下も同然ではないですか!」

「口を慎め! アルスラン!」

 叔父の声が飛んだ。それでも、一度溢れ出た思いは、留まることを知らなかった。

「そんな生き方、俺は嫌だ! イギ国の庇護の下、やつらにいいようにされて生きていくなど……」

「では、このような状況をどう乗り越えていくか、妙案をお聞かせ願おうか」

 父の冷静な問いに、ぐっと言葉が詰まった。

 今まで幾度となく六部族の会合に参加してきたが、アルスラン自身、妙案を見いだせていない。当然、父を満足させる代替案など、持ちあわせていなかった。

「……理想だけでは、このオグズ族を守れない。これが、オグズ族が今後も影響力を保持しながら生き残れる唯一の道なのだ。

 イギ国は「土を守護する者」が影響力を持つ地域の人間。「風を守護する者」が影響力を持つシャモル地方を直接統治していくのは、困難だろうからな」

 淡々と話す父を、アルスランは暗い瞳で睨みつけていた。

「それは、ブリの入れ知恵ですか? ……まだ、六部族の会合は続いております。妙案が出ないとも限らない。イギ国と手を組むなど、時期尚早だと思います」

「やつの案ではない。私が考えたことだ。

……それに、これ以上会合に時間をかければよいというものではない。早く手を打つに越したことはないのだ」

「本当ですか? 次の族長の地位を手に入れるためなら、何でもやりかねない男ですぞ! イギ国の者と手を組むことだって、十分考えられるじゃありませんか!」

「まだわからんのか! 今はそんなことを言っている場合ではないんだ! それに、六部族は今後ももうまとまることはない! 遅かれ早かれイギ国が攻めこんできて、このシャモル地方を蹂躙するだろう。それを待つわけにはいかんのだ!」

 ぐっ! と力強く奥歯を噛むと、アルスラン は拳を握りしめた。

「……っく! 我らはこの自由な風が吹き渡る下、なにものにも縛られずに生きてきたのだ。それが、こんな生き方を選択してまで、部族の存命を図る必要など……!」

 その言葉に、父ファルハードは驚いたような顔をした。

「……! お前、自分の言っていることがわかっているのか? 我がオグズ族が滅ぶことも、厭わないと言うのか!」

「滅ぶことなど、望んでおりません! ……ただ、そんな生き方をしてまで、部族を維持していく理由が、私には見出だせないのです」

 それを聞いた父ファルハードの顔が、さっと青ざめた。

 その青白い顔に、アルスランとよく似ている漆黒の瞳だけが、爛々と輝いている。

 しんと静まり返ったユルトの中で、暖炉のジジッという燃える音が響く。

 その静寂を、父ファルハードが、低く重々しい声で打ち破った。

「……長男でもあり、気質や振るまいにおいても、お前が次期族長に相応しいと考えていたが……。どうやら、俺の目は曇っていたようだな。

 お前に、我がオグズ族は任せられない」

 我が耳を疑った。

(任せられない……?)

 唖然としたアルスランに、父ファルハードはなおも言葉を続けた。

「お前も分かっていただろうが、お前の弱点はその短気さにある。短気であるということは、自分の感情を抑えることができない、ということを意味する。それは、つまり、自分の気持ちより、部族のことを第一に考えなければならない族長にとって、とても危険な資質となるのだ。

 それでも、俺が次期族長をお前とブリの二人に絞ったと宣言した際、お前はその意を汲み取り、その欠点を克服しようとした。そして、ある程度まで達せられ、俺は、お前に次期族長の座を譲ろうと思ったのだが……」

「……父上、何をおっしゃってるのです?」

 未だ信じられないといわんばかりに目を見張ったアルスランを、父ファルハードは、氷のような冷たあ目付きで睨んだ。そして、微動だにしないまま、喉の奥から声を振り絞った。小さな声であったが、なぜか、よく通る声でもあった。

「お前に、オグズ族を率いる資格はない。

 族長とは、自分の部族のことを誰よりも強く思い、的確な判断の下、素早く行動に移すことができるかが問われる。それは、時に自分の理念にそぐわない決断をしなければならないということを指すのだ。しかし、お前はそれができないと言う。それは言い換えると、自分の理念のために、部族の者が犠牲になるのも厭わないと言っているに等しい。

……そんな者に、大切なこのオグズ族を任せることなどできない」

「父上! 私は、そんなつもりでは……」

「そんなつもりも何もないだろう。要はそういうことだ。

……仮に、お前と信条を共にする者がいたとしよう。いや、きっと同じように考える者は、少なくないかもしれん。しかし、そんな時でも、例えば女や子どもといった弱い立場の者を、族長である者は気にかけてやらなければならんのだ。それが、結果として、自分の信条に反するものだとしてもな」

「……」

 言葉が出てこない。頭の中が目まぐるしく回っていて、考えがまとまらない。

「……次期族長を誰にするかは、早急に考える。もう用は済んだだろう、アルスラン。出ていけ」

 父の言葉に、アルスランは思わずすがるように手を伸ばした。

「父上……」

「出ていけ!」

 ユルト全体がびりっと震えるような怒声に、アルスランの体がびくんと震える。伸ばしかけた手も、思わず止まった。

 アルスランは、父の瞳を見つめた。そこには、有無をいわさない強い信念が宿っていた。

 二人のやり取りを見守っていた叔父が、すっと動いたかと思うと、入り口まで進み、戸布を上に上げた。帰れという合図だ。

 それでも、アルスランは父の瞳を見つめていた。しかし、対話の余地は全く残されていないことを覚った。

 アルスランは、震えるような小さな吐息を吐くと、父に背を向け、静かにユルトを後にした。

 アルスランが出ていくと、父ファルハードは、机の上に置いておいたグラスに手を伸ばし、口元へ運んだ。しかし、中が空なのに気がつくと、怒りのあまり、床に叩きつけた。グラスは「カシャン!」という大きな音を立てて、粉々になった。

 肩で荒い息を吐きながら、ファルハードは足元を見つめた。

 その表情は、先程とは打ってかわって、疲れの色が濃く滲み出ていた。


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