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話し合い

 尋ねると決心したアルスランの足どりは、しっかりしていた。

(普段なら、不在にする時は行き先を告げていくが、今回は言わなかった。……確かに、イギ国の者と会っていたとしたら、それも納得だな。しかし、なんで……)

 漆黒の空に星が瞬きだしている。

 ざぁっと吹く風の中に、生い茂る草の濃厚な匂いの他、刺激的な香辛料や羊の脂の匂いが混ざり合う。時に、わあっという歓声や笑い声も、風に乗って辺りに響く。どうやら、皆は食事を食べ始めているようだ。しかし、考え事で頭がいっぱいのアルスランには、何一つ届かなかった。

 再び、父のユルトの前に来た。

 かがり火が焚かれたその場所は、他より明るく、ひときわ大きいユルトを、闇夜に浮かび上がらせていた。

 入り口に立っていた見張りは、暗闇から現れたアルスランにすぐ気がついたが、なぜ戻ってきたのかといわんばかりの訝しげな表情を浮かべた。

 その側にさっと近寄っていったアルスランは、中にいる人に聞こえるよう、わざと声を張り上げ告げた。

「父上にお目通しを願いたい」

 見張りは困惑の色を浮かべた。誰も入れるな、と言われているのかもしれない。

「聞こえなかったのか? 取り次ぎを頼みたいのだが」

「し、しかし、族長は長旅で大変お疲れのご様子で、誰であっても通すなと言われているのです」

 思った通りの反応だ。しかし、ここまで来て何も訊かずに戻るわけにはいかない。

「構わん、取り次いでくれ」


 その場で見張りと押し問答になる。それこそ、アルスランの思惑だった。

やり取りは中まで聞こえていたようで、ユルトの中から叔父が現れた。

「なんの騒ぎだ、騒々しい!」

 そんな叔父も、アルスランの姿を認めると、眉をあげた。

「叔父上、父上にお取り次ぎを願いたい」

「なんだ、アルスラン。挨拶はもう十分だ。他に用事もないだろう」

「いや、父上と話がしたいのです」

「話? なら明日にしたらよかろう。族長は、すでにお休みになられている。お疲れなのは、お前もわかっているだろう」

 直感で嘘だと感じたアルスランは、二人が制す間もなく、一人さっさとユルトの中へ足を踏み入れた。


 中は、相変わらず暖炉に明かりが灯され、明るかった。

 その明かりの下、奥から引っ張り出された机の上に、食べかけのプロフの他、シャモル地方産のワインボトルと空になったグラスが二つ、置かれているのが見えた。

 そして、そのグラスの一つに手を添え、椅子にどっしりと腰掛けて、こちらを射るような目付きで見つめている父がいた。やはり、休んではいなかったのだ。

 すぐさま、叔父が追いかけてきた。

「アルスラン、勝手なことを……! 次期族長と言えども、無礼だろう!」

 しかし、アルスランは叔父に一瞥することなく、ただ、父だけをじっと見つめていた。

父も、その厳しい眼差しで、アルスランを睨むように見つめていた。

「父上、お訊きしたいことがあるのです」

 アルスランの言葉に口を挟もうとした叔父を手で制した父は、口を開いた。

重々しい声が辺りに響いた。

「なんだ、その訊きたいこととは」

「今回の訪問先についてです」

 周囲の空気がぴんとはりつめたものに変わった。叔父の、のどをゴクッと鳴らす音が響く。

 父は表情を一切変えず、アルスランを睨み付けていた。

 アルスランも、その眼差しを正面から受けて立っていた。

 そんな空気を最初に打ち破ったのは、父だった。

「何が言いたい」

「この度の訪問は、どこに行かれたのか知りたいのです」

「そんなことを知ってどうする」

「さきほど、ブリに会いました」

「……」

 少しの間、沈黙が続いた。しかし、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で「あいつめ……」と呟くと、父は話し始めた。

「どこまで知っておる?」

「ただ、土の匂いのする者と会った、ということだけです」

 観念したかのように、父は小さなため息をついた。

「プラトもか……。そうだ、お前の言う通り、土の匂いのする者、つまり、イギ国の者と会ってきたのだ」

「なぜですか?」

「お前も知っているだろう。このシャモル地方は、我らオグズ族を始めとする六部族が結束することで、他国からの攻撃を防ぎ、独立を維持してきたことを。

 しかし、あの弱小部族だったパカラ族が、セガラ連邦との交易を独占し、影響力を強めることで、六部族の足並みがばらばらになりつつあるのだ。

……お前も会合に参加してわかっただろうが、農業を主とするエフタル族と、貴重な薬草を抱えるコーカンド族は、セガラ連邦の交易船を通じて得られる恩恵を、心の奥底では歓迎しておる。つまり、我ら六部族は今や同じ方向を向いておらず、このシャモル地方は、非常に危険な状態となっているのだ。

 そういった原因を作ったのはもちろんパカラ族にあり、その勢力を削ぐ方法として、やつらが独占している交易の手段を奪えればよいのだが、セガラ連邦と結託して、大量の武器を仕入れているという噂もある。それに、周辺の弱小部族も、次々とパカラ族の傘下に下っている今、武力で叩くというのは大きな禍根を残す可能性もあり、また長期戦に突入したとあっては、他国からの侵攻をやすやすと許してしまう可能性も考慮しなければならん」

 そこまで言うと、父は手に持っていたグラスを傾け、残っていたワインを一気に飲み干すと、いささか乱暴にグラスを置いた。

「では、どうすればよいか。オグズ族族長としてずっと考えてきたが、やっと決断した。

……我らオグズ族は、イギ国と手を組む」

 急な展開に、アルスランは間の抜けたように、瞳も口もポカンと大きく開けた。

「このまま、六部族の会合を開き続けていても無意味だ。そうこうしている内に、イギ国などに攻めこまれ、このシャモル地方は、その支配下に置かれるだろう。そうなると、我らオグズ族の立場は非常に危ういものになる。そうなる前に、こちらからイギ国に働きかけるのだ。そうすれば、我らオグズ族は一定の影響力を保持し続けることができるからな」

 頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を味わっていた。

 今まで幾度となく小競り合いを繰り広げてきたイギ国だ。そんな国と手を組むなんて……。

 予想通りの反応だったのだろう。父ファルハードは、初めて苦渋の色を浮かべた。

「……私も、好き好んでこのような手段を採ったわけではない。しかし、我らオグズ族のことを思えば……」

「……何を言っているのです?」

 

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