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おまけ

~ハンテングリ山 下山後  別れの前夜~


 パチパチと枝がはぜる音が、時折響く。

 まるで、銀砂をまいたかのような満点の星空が広がる宵闇の中を、焚き火の明かりが、三人の人影を浮かび上がらせていた。あちこちから、虫の鳴き声が聞こえてくる。穏やかな天候だが、時に、吹き渡る風がひんやりと冷たく、秋の訪れを感じさせた。

 アルスランとダストは、ダストが持ってきたソウクイという盤上ゲームで対戦していた。

 二人で対戦するゲームで、9×9のマス目に、乗り物や動物の駒を向かい合わせに並べ、その上に、様々な職業の人の駒を乗せて戦わせるというものだ。それぞれ王様がいて、相手の王様をとったら勝ちとなる。乗り物や動物を表している下の駒で、進めるマス目数や方向が変わり、上の様々な職業の駒で、相手を攻撃したり寝返らせたりするゲームで、地域によって独自の駒、ルールがあったりするが、世界中に広く普及しており、愛好家も多いゲームだった。

 ちょうど勝負が佳境に入った頃、刺繍を施していたニルファルが、突然、驚いたようにひっと息を飲みこんだ。

「どうした、ニルファル?」

 アルスランが訊ねると、ニルファルは、慌ててアルスランの方を見た。ひどく動揺している。

「私、アルスランからもらった腕輪を返してない!」

 最初はピンとこなかったアルスランだったが、すぐに、クク町でのやり取りを思い出すと、苦笑した。

「何言ってるんだ。あれは、ニルファルにやるって言っただろ? これから一人で生活の基盤を整えていかないとならないんだ。その足しにしろ、という意味で渡したんだよ」

「でも、あれって、とても高価なものなんでしょ? あの時はぼーとしていて、何も分からず受け取っちゃったけど、やっぱり、貰うわけにはいかないわ」

 気まずそうに頬を赤らめて話すニルファルを見ていると、なぜだか、急に笑いが込み上げてきた。ぷっと噴き出して笑うアルスランを、ニルファルは、不審そうな顔つきで見つめた。

 ひとしきり笑い終えた後、目の端に溜まった涙をぬぐったアルスランは、憮然とした表情のニルファルに向き直った。

「すまん、すまん。なぜだかわからんが、笑いが込み上げてきてな」

 そう言うと、気づかれないように軽く息を吸い、ふっと吐いた。

 気持ちを落ち着けると、ニルファルにまた向き直った。そこには、穏やかな表情が浮かんでいた。

「たとえ、暴力をふるう亭主だとしても、俺は、既婚女性を無断で連れ出してきたんだ。ニルファルの父君の断りもなしでね。もちろん、俺は、あの男とニルファルは、別れて正解だと思うし、その行動について、誤っているとも思わん。ただ、それでも、ニルファルを困難な状態に置いたのは、間違いないんだ。

……俺は、お前の人生に責任が持てる立場にはなれないからな」

 最後の言葉には、力がこもっていなかった。

 揺れるニルファルの瞳が、まっすぐアルスランへと突き刺さる。その瞳を、アルスランは、ぶれずに見つめ返した。

「だから、俺ができる協力はしたいんだ。自分の力で自立していくには、なんといっても、先立つものが必要になってくるだろ? 逆に言うと、商売などしたことがない俺ができることと言ったら、それくらいしかないんだ。……あとは、まともな斡旋先を紹介するくらいか」

「そのことでしたら、ご安心ください。ニルファルさんの商売、まあ、まだ何をやるか、決まってはいないですが、それが軌道に乗るお手伝いをさせていただきますよ」

 ダストが合いの手を入れてくれた。

 それでも、ニルファルの瞳は、まだ何かを訴えているかのように見えた。いや、訴えるというよりは、すがるような、といった方が正確かもしれない。

 アルスランは、少しの間、ニルファルの瞳を見つめると、首を静かに左右に振った。そして、ニルファルに語り掛けた。

「ニルファル。すまないが、俺ができるのは、ここまでだ。わかってくれ」

 すっと血の気が引いたような顔色に変わった。

 瞳には涙があふれ、今にもこぼれそうだ。ニルファルは、静かにうなだれた。

「あの腕輪は、ソラス王国で作らせたものだ。売れば、いくばくかの金になる。……無責任な形で放り出す結果となって、本当にニルファルには申し訳ないと思うが、どうか、これで自分の人生を切り開いていってほしいと思う。心から、応援しているぞ」

 下を向いたまま、ニルファルはかすかにうなずいた。

 ふわっと風がそよいできた。

 ほうっとあたたかく、かすかに甘い匂いを含んでいる。じんわりと心を和ませてくれて、そして優しく包み込んでくれる、そんな温かな風だった。


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