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最後の戦い

 何千頭という馬の鳴き声や、戦士たちの武具の触れ合う音が、この乾いた広い大地にこだまする。あちらこちらではためく各部族の旗が、この地に、六部族が集結したことを示していた。どの部族も、それぞれ一定の距離を保ちつつ、時に、鬨の声を上げる。それは、他の部族への恣意行動でもあり、これからあいまみえる、もはや伝説に近い存在である、ソグド族との対面への興奮から起こるものであった。

 空には、何頭もの飛竜が、ひしめき合いながら飛んでいる。

 単独行動を取る飛竜が、これほどまでに狭い空間に集まるのを、アルスランは初めて見た。

 あのあと、思いを寄せてくるニルファルを振りきるように旅立ったアルスランは、オグズ族の領地を目指して、一直線に進んだ。

 すると、途中で、出身部族であるオグズ族の集団と会った。土の魔法石を使わなかったため、アルスランの位置を確認できた彼らは、自分達の領地へと向かうアルスランに会うため、あえて道を少し離れたのだ。

 アルスランはオグズ族の集団に気がつくと、そちらの方へ向かった。

 そして、両者は、対峙するように向かい合った。

 部族を率いるのは、もちろん父である族長ファルハードだ。

 最後に会った時と比べて、顔には生気がみなぎり、背筋もぴしっと伸びている。年齢を感じさせない、たくましさを放っていた。

 アルスランは、真っ直ぐ父の元へ行くと、まず足元にひざまずき、敬意を表した。

 その後、自分のこれまでの行動について釈明しようとしたが、ファルハードは片手で制した。

「言わなくてもよい。ソグド族の族長からの便りで、聞いておる」

 アルスランは軽く頭を下げ、次に弟クリチュのことについて話した。

 さすがにそこまでは知らなかったようで、亡くなったと伝えた時は、驚いたように、瞳をかすかに見開いたが、それも、すぐに平時の表情に戻ると、

「そうか……」

とだけ呟いた。

 アルスランは帯同を許され、父のすぐ脇について、イェル古都へと向かったのだ。

 道中、アルスランが不在の間の出来事について、父が話してくれた。

 オグズ族を守ろうと、イギ国の者と接触したが(お前も薄々気づいていただろうが、と言われた)、弟ブリの魂胆を知り、手を組まなかったこと。ブリは、敏感にも、自分に追跡の手が及びそうになっていることに勘づき、素早く身をくらましたこと。そうこうしている間に、ソグド族から、風の便りがあり、アルスランがソグド族と接触し、彼らに協力を求めたこと……。

「最初、ブリは、オグズ族のために、イギ国と手を組むべきだと言っているのだと思った。さすがに、この地をイギ国に売り払おうとするほどうつけ者ではない、とわしは考えたのだ。しかし、あいつの頭の中は、自分の保身しかなかったわけだ……。

 人の本意を見抜くというのは、難しいものだな……」

 あいつは、こどもの時から、自分のことしか頭にありませんでしたよ、と言いたかったのを、ぐっと堪えた。今さら、何を言っても無意味なのだ。

 父は、領地に戻ったら、正式に、アルスランを次期族長にする旨宣言する、と言った。

 クリチュと一緒に旅立ったあの日の夜、次期族長に相応しくないと言われ、衝撃を受けたことが、ずいぶん昔のことに感じる。

 父からその話を聞かされても、アルスランの心は、なぜか晴れなかった……。


 六部族全てがこの地に集まってから、すでに、一時間以上経過している。

 相変わらず、ソグド族の姿は見えず、血気盛んな若い者たちの小競り合いが、時折わっと起こる上を、秋のひんやりした風が撫でていく。

 と突然、誰かの叫び声のようなものが聞こえた。すぐに、ざわめきが波のように広がり、空を見上げ、指差す者が増える。

 何事かと思ったアルスランも、その指差す先を見上げると、そこには小さな人が一人、空に浮かんでいるのが目に入った。

 アルスランは目を見張った。

 その者は、白いとんがり帽子に、ゆったりとした白い衣を羽織っている。間違いない。あの荒野で会った、ソグド族の族長だった。

 彼は、両手を広げた。

「なんと、愚かなことをしたものだ……」

 その声は、囁くような声であったが、風に乗って、はっきりと耳に届いた。

 辺りが、ざわつき始めた。

 みな、彼の声が聞こえたのだろう。耳に手を当てている者もいる。

 すると、急にある場所から、何人もの声が上がった。その声は、一気に広がりを見せた。

 近くにいた者が叫んだ。

「向こうから、なにかが来るぞ!」

 指差す先に視線を移すと、地平線の先に、大きな土埃が舞い上がっているのが見えた。何か大きな集団が、押し寄せてきているようだ。

 アルスランの心臓が、早鐘を打ち始める。

「なんと、愚かなことを……」

 さきほどより、小さな声だった。

 見上げると、ソグド族の族長は、ふところから何かを取り出した。それは、灰白色のいびつな球体で、所々に穴が空いていた。

 ソグド族の族長は、それを高々と掲げた。

 すると、辺り一帯、なんとも言えない奇妙な音が響き渡った。

 いくつもの音階が重なりあい、時に共鳴し、時に不協和音を奏でる。決まったリズムを刻むのでもなく、不規則に揺れ動くさまは、まるで、自由に吹き渡る風が奏でる音楽のようだった。

 その奇妙な調べに、アルスランを始め、その場にいた者はみな、身動ぎ一つせず、ソグド族の族長を見上げていた。

 それは、各部族が連れてきた飛竜も同様だった。

 音階が変わる度に、耳をひくひく動かし、いつしか鳴くのを止め、不思議な音を奏でる球体をじっと見つめていた。

 そのうち、一匹の飛竜が、ソグド族の族長の前に進んだ。

 そして、向きを変え、背中を見せた。あたかも乗ってください、といわんばかりに。

 ソグド族の族長は、球体を掲げながら、飛竜にまたがった。そして、皆が見つめる中、さらに空高く舞い上がっていく。

 その後を、他の飛竜たちが続く。一匹残らず、空高く舞い上がっていく。

 ふと、我に返ったアルスランたちは、自分達から離れていく飛竜たちを呼び戻そうと、必死に呼び掛けた。彼らを操る風読み司は、額に汗をかきながら、必死に飛竜を呼んでいる。

 しかし、一匹残らず、その呼び掛けに応えようとするものはいない。見向きもしない。

 そうこうしている内に、地平線の先に見えた土埃は大きさを増し、すごい勢いで近づいてくる。その姿は、すでにはっきりと認められるところまで来ていた。

 彼らは、イギ国の軍隊だった。

 歩兵を前方に敷き、その後ろに弓兵が続き、最後尾からは、強力な魔法部隊が、隊をなしてどんどん押し寄せてくる。

「早く、戦闘態勢に入れ!」

 父の怒声が、すぐ脇で上がる。

 アルスランはすぐさま弓を構え、矢を射た。

 周囲には、戦闘態勢に入る者もいれば、何度も祈るような眼差しで遠ざかっていく飛竜を見上げる者など、混とんと化している。ただ、誰しもが、動揺の色は隠せていなかった。

 アルスランの心臓はドクンドクンと鳴り、冷や汗が全身に吹き出る。それでも、口の中や喉だけは、やたらに渇く。

 前方の方で、わあっという声が上がった。鬨の声だ。

 すでに、一人一人の顔かたちが見分けられるほど、イギ国の軍隊は迫っている。

 六部族の一つ、アルサル族が、飛び出していくのが見える。

 イギ国の魔法部族が、何かを一斉に唱え始める。

 武器がぶつかり合う金属音が響き渡る。戦闘が始まったのだ……。


 結局、六部族は大敗し、あちこちに敗走した。

 入念に戦闘態勢を整えていたイギ国の軍隊は追走し、追い討ちをかけた。ある者は殺され、ある者は、イギ国本国に連行された。

 アルスランの父、オグズ族族長ファルハードも、その時に受けた傷が元で亡くなった。

 ただでさえ多くの戦士を殺され、飛竜という大きな火力を失った六部族に、敵に対抗する力は残されていなかった。

 これより先、シャモル地方は、イギ国の支配下に置かれることになる。

 中には、ソグド族がイギ国と手を組んでこの地を蹂躙させた、と主張する者もいれば、飛竜を匿うことで、強力な武力が相手に渡ることを防いだ、と主張する者もいた。

 しかし、本当のところは、誰にも分からなかった。

 アルスランはただ、この地に住まう者が一枚岩になれず、それが元で、内部から崩壊したのが原因だと思っている。


 この後、何十年にも渡り、シャモル地方は、イギ国の名ばかりの自治州、シャモル自治州として、苦渋を味わうことになる。

 六部族は力を失い、下に見ていた他の部族と、なんら変わらない一つの部族と成り下がった。

 オグズ族も、その良馬を産出することには、相変わらず長けていたが、不思議なことに、以前のような、風の通り道を簡単に探し当てるほどの天馬は、産出されなくなった。


 次期族長と言われていたアルスランは、あの戦いから領地に戻ることはなかった。そして、その行方を知る者は、だれもいなかったのだ……。


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