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風を守護するもの

 強い衝撃と爆音が、全身を貫いた。もみくちゃにされ、平衡感覚を失う。波に揉まれているかのように、必死でもがいていた。

 それでも、アルスランは、ニルファルの手を懸命に探していた。先ほど、風の球体へ取り込まれる際に、うっかり手を離してしまったのだ。

「……!」

 ニルファル! と呼び掛けようにも、声が、外へ出ていかない。あまりの風の強さに、声が押し戻されるのだ。目も開けられない。

 がむしゃらに伸ばした手は、虚しく空を切るだけだった。

 と突然、体をぐっと押さえられるような圧迫感を感じた。と同時に、平衡感覚が蘇ってくる。

 耳のすぐそばを、風がビュービュー音を立てながら流れていく。アルスランは、ゆっくりと目を開けた。

 そこは、どこまでも広がる荒野だった。

 今にも地平線に沈もうとする太陽が、寂しげな茜色の光を落としている。

 アルスランは、辺りを見回した。しかし、どこを見ても、生命の息吹を見出だすことができなかった。

 そんな場所に、アルスランは一人、空に浮かんでいた。

 そのあまりに寒ざむしい光景に、思わず体がぶるっと震えた。両腕を抱えるように、抱いた。

「やっと来たな」

 深くしわがれた男の声が、直接、頭の中で鳴り響いた。

 驚いたアルスランが、もう一度辺りを見回すと、沈みゆく太陽を背に、一人の小柄な人が、こちらを向いて空に浮かんでいるのが目に入った。少し前には、誰もいなかったはずなのだが……。

「ずっと、待っておった。ずっとな……。

 さて、お主は、どうしてここに来ようと思った?」

「どうして、と……」

 アルスランは、一瞬言葉につまって、その男を見つめた。

 太陽からの逆光が影となり、顔形がはっきりとしない。だが、先ほどの案内人と同じような、ゆったりとした衣をまとっているようだ。

 と突然、飛竜が空を悠々と飛ぶ光景が、鮮やかに脳裏に浮かんだ。

「……飛竜が、ハンテングリ山を目指して飛んでいたので、導かれるようにして、ここまで来ました。今、シャモル地方が……」

「飛竜がここを目指して飛んでいることに、いつ、気づいたのだ?」

 話を途中で遮られたが、不快には思わなかった。

 この男には、なぜか、畏敬の念を抱かせるような迫力があった。それは、族長である父親からしか感じたことのないものだった。

「気づいたのは、ほんの一週間ほど前のことです。思い返してみれば、それ以前から、飛竜はハンテングリ山の方角へと飛んでいたようですが……」

「三ヶ月前からだ」

「……」

 それが、何を意味するのかは、わからなかった。

 そのことを訊ねようとする前に、その男が、話し始めた。

「お主がここに来た理由は、わかっている。すでに、この地の結束は、ないに等しい。

 私たちの出番のようだ、間に合わんかもしれないが……。

……お主の父親は、相手を見くびりすぎた。奴らは、「土を守護する者」と一心同体だというのに」

 何もかもお見通しだった。

 シャモル地方の結束が乱れていることだけでなく、アルスランが属するオグズ族が、イギ国と密通していることも。

(やはり、父上は、イギ国と手を組んでいたのだ……)

 アルスランは震えた。

 何物にもしばられない自由の風が吹くこの大地に、「土を守護する者」の影響下にある、イギ国の者を招き入れようとしたことに対して。そして、何よりアルスランの気持ちを打ちのめしたのは、結局のところ、父は、冷酷で狡猾な弟ブリの意見を採り入れたということを。

 その心を見透かすように、男は口を開いた。

「お主の父親には、考えがあったようだ。ただ、それが思惑通りにはいかなかった、ただそれだけのことだ」

 そう言うと、男は両手を広げた。

 突然、頭の中で「キーン……」という高音が、鳴り始めた。と同時に、頭が、締め付けられるように痛む。

 あまりの痛さに、頭を抱え込みながらうずくまると、直接、頭の中に声が響いた。

「今から三週間後、六部族の族長と飛竜たちを、イェル古都に集めてもらう。その旨、風に乗せて、私から各部族に伝えよう。その時は、お主も必ず来るのだ。この地の行く末を、お主自身の目でしっかりと見届けるのだ。

 お主には、この先やらなければならないことがあるのだから……」

 最後は、ほとんど聞き取れなかった。

 急に、体の力が抜ける。痛みもスッと消え、代わりに、体全身が暖かな風に包まれたような、そんな気持ちのよい感覚に襲われる。手足の指先が、ちりちりする。

 そのまま、すーっとアルスランの意識は、真っ白な眩い光の中に、溶け込んでいった……。


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