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仲直り

 ふと、視線を感じて、そちらに目をやる。

 すると、座敷の隅にいたニルファルと視線があった。

 その瞬間、ニルファルはぱっと被着を深く被り直すと、さっと横を向いてしまった。

 ちらと見えたその顔が、少し赤かったのに気がついたアルスランは、ニルファルのそばまで移動した。

「大丈夫か、ニルファル……」

 そう言って、ニルファルの肩に手を置いた瞬間、

「ひぃっ!」

と大きな声でニルファルは叫ぶと、アルスランの手をおもいっきり振り払った。

 その反応に、アルスランは驚いた。

「どうしたんだ? 顔が赤いように見えたが……。体調でも、悪いのか? 怪我でもしたか?」

 そう訊ねても、頭をぶんぶん横に振るだけで、顔を見せようとはしない。

 ダストの方をちらと見たが、彼も、困惑したような表情を浮かべている。

 ふと、アルスランは、今日の自分の態度を思い出した。苦い気持ちが、胸にじわっと広がった。

(右も左もわからない町に、こんな少女を一人置いて立ち去ろうとするなんて、なんと、むごい態度を取ったものか……)

 その小さな後ろ姿に、申し訳なく思う気持ちが沸き起こった。

 と同時に、次期族長に相応しくないと言われた際の父の姿が、脳裏に浮かんだ。

(……そうか。父上が言っていたのは、こういうことだったのだ。族長とは、例え、自分の意に反しても、時に、弱い者を守らなければならないということを。そのために、自分の短気さを、克服しなければならなかったのだ……)

 欠点として指摘されていた短気さを直すよう努力していたつもりだったが、その理由について、本質では理解していなかったのだ。

 アルスランは、そこで初めて、今までの父の言葉が、本当に理解できたのだ。

 全身の力が抜け落ちていくようだった。

 自分の未熟さを、思い知らされたのだ。

(なるほど。これでは、父上が族長を引き継ぐのをためらうのも、当然だな。族長の判断一つで、一族の命運が分かれるのに、こんなに未熟ではな……)

 遊牧民の族長の権力は、絶対だ。それは、過酷な環境を生き抜く戦略でもあった。

 遊牧民は、時に、必要物資を手にいれるため、他の遊牧民や町の者と、交易を行うことがあるが、基本的には、自分達のことは自分たちで行う。その舵取りを行うのが、族長の務めなのだ。

 例えば、新しい放牧地をどこにするのか、いつ移動するのかを決めるのは、族長だった。また、冬を迎える前に、屠殺する家畜の数を指示するのも同様だ。エサが乏しくなる冬を迎える前、厳しい寒さを乗り越えられない家畜を解体し、冬の間の食糧とする。家畜は財産でもあるわけだから、たくさん屠殺すればよいというわけではないが、かといって、冬を越せないものを生かしておいてもしょうがなく、また、一族全員が食べていける量を用意しておかなければならない。その塩梅は、毎年異なるので、族長は、天候や家畜の状態を的確に見極め、判断を下す必要がある。

 他にも、部族の中で流行り病が広がれば、医者を探すし、年頃の若者がいれば、親の意向を確認しつつ、適当な相手を探すことに、手を尽くす。

 さらに、オグズ族の場合、六部族の一つとして、シャモル地域の未来を決める立場にもある。バカラ族が台頭してきている中、その舵取りは、以前より難しくなっているわけで、族長として様々な情報を集め、状況を的確に判断し、かつ迅速に判断しなければならない。

 それは、時に、自分個人の意にそぐわないこともあるだろう。

 しかし、部族、特に自分と違う、弱い立場の者を守るため、という視点は、決して疎かにしてはならない、そこが、アルスランには分かっていなかったのだ。

 ニルファルは、まだ、こちらに背を向けている。

 アルスランが今すべきことは、ただ一つだけだった。

 アルスランは居ずまいを正し、ニルファルの方を向いた。

「ニルファル、今日は、本当に申し訳なかった。経緯はどうであれ、お前を連れ出したのはこの俺なのに、見知らぬ土地にほっぽりだしたりして。しかも、変な奴らに声をかけられて、怖かっただろう。

 もう二度と、こんな態度はとらないし、お前に怖い思いもさせない。すまなかった」

 そう言うと、深々と頭を下げた。

 すぅーと、静かな風が座敷を吹き抜けた。

さわさわという葉擦れの音と共に、たぽたぽと水が流れる音が、時折、庭から聞こえる。

 衣擦れの音が、耳に届く。

 アルスランが顔をあげると、ニルファルが、うつむき加減でこちらに向き直っていた。被着で顔に影が差していたが、どうやら、顔が真っ赤のようだ。

「……謝るのは、私の方です。……一人取り残されて、呆然となったとはいえ、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません。助けていただいて、ありがとうございます」

 そう言って、手を床につくと、丁寧に頭を下げた。今までの少女のような、自由闊達なニルファルの姿からは、想像もできない姿だった。

「いや、ニルファルは悪くない。全てのことは、俺に責任があるんだ……」

 そう応えるアルスランだったが、今までとは全く違うニルファルの態度に、正直、戸惑いを覚えた。

 その空気を悟ったかのように、やんわりと、ダストが口を開いた。

「……あの、不躾ではありますが、お二人は、どういった関係なのでしょうか? 身内の者ではない、と先ほど仰っていましたが……」

 そういえば、ダストには、まだ何も話していなかったことを思い出した。

 一瞬、どうしたものかと思案した。だが、なんとなく、彼は信用できるような予感があった。まだ、出会ってから数時間しか経っていないが、アルスランの勘がそう言うのだ。

「話せば、少々長くなるが……」

 アルスランは、これまでの経緯を話し始めた。


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