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接待

 店を出た三人は、それぞれの馬にまたがり、ダストを先頭にして、町の中心地へと進んでいった。

 侘しい裏路地から少し大きな通りに出ると、人通りも少し増え、通り沿いに並ぶ明かりの間隔も狭まってきた。

 アルスランは、隣を行くニルファルに、ちらと視線をやった。

 アララトの背に揺られる彼女の表情は、目深に被った被着によって、伺い知ることはできなかった。

 十分ほど経っただろうか。

 町の中心地を貫いていると思われる、かなり大きな通りを三人は進んでいた。

 そこは道幅も広く、両側には、いくつもの立派なお店がでんと構えており、昼間と変わらないような賑わいを見せていた。

 さすがに女や子供はいなかったが、たくさんの荷を背にする馬やロバを引き連れた商人や、一仕事を終えた男たちのほろ酔い姿、そんな者たちを呼び止めようと、店先で声を張り上げている店員、黙々と店じまいを進める見習い等、それらが、たくさんある飲食店から立ち昇る複雑な匂いと相まって、混沌とした空気を醸し出していた。ただし、その賑やかさは、先ほどの裏路地のような不健全さとは、異なるものだった。

 ふと、先頭を行くダストが立ち止まった。そして、後ろを振り返った。

「ここが私の店、ダスト・アルマトフ商店です。主に、交易を商いとしております」

 彼が指差すその店は、この辺りにある店の中でもひときわ大きく、立派な構えをしていた。

 二階建てで、壁一面真っ白に塗られているその建物の入り口には、「ダスト・アルマトフ商店」と金色の字で書かれた大きな木製の看板が掲げられている。間口はかなり広く、店じまいなのか、商品こそ、見習いの小僧によって上がり框から片付けられているところだったが、店内のいたるところに灯されている、過剰といえるほどたくさんの火の結晶石が放つ明かりが、床一面に張られた、美しく黒光りする上質な木材を輝かせていた。ここまで上質な木材を手に入れるには、よほどの財力がないと難しい。

 アルスランたちに気が付いた見習いの男の子が一人、店の中からぱっと駆け出してきた。

「客人だ。馬を頼む」

 馬から下りながらダストは告げると、手綱を手渡した。

「では、こちらへどうぞ」

 ダストの言葉に、アルスランたちは馬から下りると、後から飛び出してきた見習いたちに手綱を渡し、ダストの後に続いて、店の奥へと進んだ。

 店の奥には、木製の大きな観音扉があった。この地の空を自由に舞う、飛竜が彫られている。まなざしの強い、躍動感が溢れるその彫り物は、おそらく、隣の瑞穂帝国に特注したものだろう。

 その扉を開けて進むと、中は大きな倉庫となっていた。

 整然と並んだ棚には、様々な商品が、溢れんばかりに置いてある。

 この地の特産物である、ナズースやカシュはもとより、南方から運ばれてきた、色鮮やかな珊瑚を始めとした宝石や、瑞穂帝国産の黒檀の文机や、精緻な彫刻が施された箪笥などが、所狭しと並んでいる。

 見習いたちが、きびきびとした動作で、店先から倉庫へと品物を抱えて行き来する中、アルスランたちは、倉庫の奥にある扉から外へ出た。

 扉の先には、左右に分かれた広い廊下があった。

 左に進むダストに続いていくと、廊下の先の方に、小さな扉が見えた。先ほどとは違って、小さく簡素な扉だ。

 その扉を抜けると、横にいたニルファルが、息を飲んだ。

 宵の闇の中、軒先に下がるランプの明かりが浮かび上がらせていたのは、真ん中に大きな池と、それを囲うように草木が生い茂る、広い中庭だった。

 池の中心に置かれた大きな岩からは、絶えず水が湧き上がり、小さな流れを作って、池へと注いでいる。この乾燥した地において、こんなにも潤沢な水を持つのは、豊かさの象徴でもあった。

 池や岩を囲むように生い茂る草木も、この地で見られないものが多い。決して派手ではないが、強い生命力を秘めている花々は、南方のセガラ連邦よりさらに先にあるという、美しい花で彩られた国、ビージュ王国から取り寄せたものだろうか。その生き生きした瑞々しさは、色味の少ないこの地において、鮮烈な印象を与えていた。

 何より、居酒屋での一件から続く、絶え間ない騒々しさとは無縁の清涼な静けさが、ここにはあった。

「中二階に、中庭を見下ろせる座敷を用意しております」

 ダストはそう言うと、すぐ近くにあった階段を上り始めた。アルスランたちも続いた。

 階段の踊り場まで来ると、右端の入り口に、厚い戸布が垂れ下がっていた。それをくぐりぬけると、折れ曲がった廊下の先の、また戸布が垂れ下がった先に、座敷はあった。

 中庭に突きだしたように作られたその座敷は、天井が高く、絹のような手触りのアータル国の最高品質の絨毯が敷き詰められ、壁には、この地の特産物であるナズースが、自己主張しない程度に飾られている。座敷の隅に置かれた、瑞穂帝国産の黒檀の机の上には、柘榴色の珊瑚にいくつもの真珠がまぶされた調度品が飾られていて、遠く西にあるソラス王国で作られたと思われる、繊細な細工が施された照明が、それらを優しく照らしていた。

 また、座敷の奥は、中庭に向かって大きく開け放たれており、突きだした露台から眼下を覗き見ると、先ほどの美しい中庭が広がっていた。

「ここは、普段は、お得意様をもてなす場としてご用意している座敷となります。外の大通りから少し奥まったところにありますので、喧騒もここまでは届きません。

 お腹も、空かれたことでしょう。今、お酒やお料理を用意させておりますので、それまで、こちらでゆったりとお過ごしください」

(商人らしいやり方だ……)

 ゆっくりと時間をかけて、相手の懐に入る。

 この落ち着いた雰囲気の中でも、アルスランは、警戒を怠らなかった。

「ダスト殿。この度は、ニルファルの窮地を知らせてくれるばかりでなく、機転をきかせて助けてくれたこと、感謝している」

 頭を下げて礼を述べるアルスランに、慌てた様子で深く頭を下げたダストも、礼を返した。

「いえ、私には、もったいないお言葉でございます! 

 お礼を申し上げたいのは、私のほうでございます。これを機に……と言ってはなんですが、あの不届き者を、しばし、遠い所へ追いやることができたのですから。……こう言っては、逆にあなた様を利用したと思われるかもしれませんが」

 頭を掻きながら話している間、アルスランは、じっと窺うような視線で見つめていた。

 その視線に気が付いたのか、ダストがふっと顔を上げた。きょとんとした顔で、アルスランを見つめている。

 それを無視して、アルスランは言った。

「助けてくれたことに、感謝はしている。

 しかし、単刀直入に言う。お前の狙いは、何だ?」

 声さえ聞こえなかったが、口が「え?」と動く。

「無粋だと思うかもしれないが、私は遊牧民族だ。回りくどいやり方は、苦手なんだ。だから、単刀直入に言う。何が狙いだ? お前が私たちを助けたのは、何か狙いがあるからに違いないだろう」

 面食らった表情で話を聞いていたダストだったが、はっと我に返ると、その場を繕うかのように、苦笑いを浮かべた。

「いえ、狙いだなんて、とんでもないことです! 私はただ、先ほど申し上げました通り、以前から嫌がらせを受けていた輩が、あなた様に対し危害を与えようとする現場を、たまたまお見かけしただけで……」

「そして、オグズ族のアルスランに恩を売るいいきっかけだ、と判断したということなのだな?

 もちろん、感謝はしている。感謝はしているが、出来ることと、出来ないことがある。残念だが、お前の手厚いもてなしは、おそらく無駄に終わるだろう」

 一度は口を挟もうとしたダストだったが、口を開くことさえ許されなかった後は、黙って聞いていた。その感情さえも読み取れない表情の裏で、必死に計算しているのだろう、と、アルスランは考えていた。

 言葉を切った後も、少しの間沈黙が流れたが、おもむろに、ダストが口を開いた。

「……そうですね。全く見返りを期待しなかったと言えば、嘘になるでしょう。あなた様がオグズ族の後継者であることには、気づいておりましたから。

 しかし、どちらかと言えば、あの者たちに制裁を科すいい機会だ、という気持ちの方が大きかったのもまた、事実です。あいつらには、散々商売の邪魔をされました。他にも、同じような目に遭った商人は、たくさんいます。それでも、私らみたいなしがない商人の訴えなど、お役人は聞いてはくれません。そういった意味では、あなた様のお立場を利用したと言われても、否定はできません」

 そう話すダストの目は、とても澄んでいた。嘘ではなさそうだ。

「他にも、狙いはあるだろう? それだけだとは、到底思えんがな」

 その言葉に、ダストは決まり悪そうに頭を掻いた。

「あとは、アルスラン様が考えておられるようなことですよ。オグズ族の馬は、良馬揃いだ。どこに出しても、高値で取り引きされているのは、周知の事実です。

 でも、その馬の商いを任されている者は、非常に限定されています。あわよくば、私もその一翼を担えれば、という下心がないわけではないですね」

 驚くほど、正直な意見だった。

 アルスランは、さぁっと座敷の中を見回した。

 調度品は、様々な地域から集められたもので、どれ一つとっても、いい値がつくようなものばかりだったが、決して違和感なく、きれいにこの場に調和している。

 こういったものは、亭主の性質を表すものだ。

 ぎらぎらしている者は、概して身の回りの品全てがぎらぎらしている。

 それに話についても、普通、商人の口はよく回り、言葉が軽い。本心で思っているのではなく、自分の利益を念頭に、機転を利かせているように感じられる。

 だが、ダストには、そのようなところは感じられない。言葉の端々やその瞳から、誠実さが滲み出ているのだ。

 もちろん、彼が言っていることを全て信用するのは、時期尚早だ。それでも、本能が、この男は信用できると言っていた。


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