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救出

 ダストの言う通り、彼らはすぐにやってきた。

 遠くの方でかすかに聞こえていた馬の駆ける音が、徐々に近づいてきたかと思うと、店の前で止んだ。

 店の中にいる者がみな、外に注意を向けたその時、どかどかと足音を響かせながら、幾人もの男たちが入ってきた。全員、黄白色の服に、桑の実色の帯を締め、黒い長靴と縦長の帽子を被っている、屈強な男たちだ。

「治安部隊だ。ここに、要人の私物を盗んだ者がいるという通報があった。今から、調べさせてもらう」

 太く、よく通る声だった。

 店内は、水を打ったように静まり返った。

 その静寂を破るかのように、二階から階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。

「す、すみません。これは一体、どういう訳で」

 店長なのだろう。太って頭が禿げ上がっている男性が慌てた様子で走り寄ってきたが、治安部隊の男たちはそれには一向に構わず、階段へと一直線に進んでいき、二階へと上がっていった。その後を、空しくも必死に止めようとする、店長が続いた。

 すぐに、ざわめきがさざ波のように、店内に広がっていく。

 アルスランは、ちらと、ダストに視線を送った。

 彼は、無言で頷いた。

 それを合図に、アルスランはさっと立ち上がると、ざわついている店内を横目に、二階へと上っていった。

 

 男の怒声が響き渡ったのは、階段を上っている最中だった。

 耳に届いた言葉は、明らかに、堅気の者が使う言葉ではなかった。その声に応えるように、男のくぐもった声が聞こえた。

 その瞬間、怒声やグラスが砕け散る音、女の甲高い叫び声が聞こえ、辺りは騒然とした空気に一変した。

 アルスランは、一気に階段を駆け上ると、激しいぶつかり合いが聞こえる場へと急いだ。

 二階は、天井からぶら下がる厚い布と、簡易な衝立てでもって、個室に区切られている。その個室から、いくつもの顔が辺りを窺うように覗いていた。

 アルスランはその横を走り抜け、一番奥の個室に飛び込んだ。

 そこで目にしたのは、治安部隊によって組み伏せられた、二人の男たちだった。

 それぞれ三人がかりで押さえ込まれてもなお、頑なに抵抗しようとする男たちの瞳には、怒りの他に、残忍さや冷酷さが潜んでいるのをアルスランは見逃さなかった。

 個室の奥に目をやると、隅の方で、瞳を大きく見開いてその光景を見つめている、一人の少女がポツンと立っていた。ニルファルだ。

 その間、治安部隊の男が一人、もがいている男の服の袖から、何かを取り出した。それを仲間に見せて、目配せをした。

「これは、どうした。どこで、手に入れたんだ」

 その手にあったのは、アルスランが別れ際にニルファルへ渡した、腕輪だった。

「……ぐうっ。……それは、女にやるために、買ったもんだ……! くそったれ! それが、なんだっていうんだ……! 早く、放しやがれ! 」

 口から泡を撒き散らしながらも、男は激しく睨みつけて、叫んだ。

「本日、ある要人が物盗りにあった、という知らせが入った。

 ……盗まれたのは、この腕輪で間違いないですかな」

 まさに、ダストの狙い通りの展開となった。

 ニルファルに声をかけた男たちは、アルスランが手渡した腕輪を奪うのが目的に違いない。そう睨んだダストが、腕輪を手にした頃合いを見計らって、治安部隊に突入させたのだ。

 もちろん、通常は、たかが物を盗まれたくらいで治安部隊が動くことはない。

 だが、シャモル地方に名高いオグズ族の次期族長の持ち物が盗まれたとあっては、治安部隊も動かないわけにはいかない、そうにらんだというわけだった。

「この腕輪で、間違いない。我が部族、オグズ族の者も、そう証言してくれるだろう」

 オグズ族という言葉に、男たち二人はびくっと体を身震いさせ、アルスランの方を見た。その顔には、驚きの色が浮かんでいた。どうやら、自分達が盗んだ腕輪が、オグズ族の者の所有物だとは知らなかったらしい。

「聞いた通りだ。連れていけ! 」

 治安部隊の長と思われる男の鋭い声が、響いた。

 はっと我に返った男たちは、汚い言葉を喚き散らし抵抗しようとしたが、多勢に無勢で、荒々しく引きずられ、連れていかれた。

「では、私たちはこれで」

 治安部隊の長が言った。

 アルスランがその男に視線を移すと、男は軽く頷いた。そして、ダストにも同じように頷いてみせると、さっと踵を返して、連行された男たちの後を追っていった。

 辺りは一転、静かになった。

 だが、他の個室からは、好奇心を隠し切れない顔が、いくつも覗いていた。

(見世物ではない……)

 内心、苛立ちを覚えたが、アルスランは臆することなく、そういった者たちの視線を真正面から受け止め、周囲に無言のにらみを利かせた。

 その動じない姿に圧倒されたのか、いくつも飛び出していた頭は、波が引くかのように、あっという間に消えていった。

 アルスランはふぅとため息をついた。そして、奥の方に目をやった。

 一瞬、怯えたように縮こまっているニルファルと、目が合った。しかし、ニルファルは、さっと目をそらした。

 その反応を前に、ちくんと胸が痛んだが、ゆっくりニルファルのところまで行くと、目線が合うよう、少し身を屈め、その手を取ろうとした。

 しかし、ニルファルは、アルスランの方を見ようとしない。

 その姿が、ますますアルスランの胸を突いた。そして、自然と、アルスランの口から言葉が溢れだしたのだ。

「ニルファル、すまなかった。俺が悪かった。こんな目に合わせたのは、俺のせいだ。許してくれ」

 ニルファルが、ゆっくりと顔を向けた。そこには、相変わらず、怯えたような表情が浮かんでいた。

 だが、その顔がくしゃっと歪んだかと思うと、みるみる内に涙が溢れてきた。

 正直、予想だにしていなかったので、アルスランは少したじろいた。

 それでも手を差し出すと、小さくも働き者だと分かる、その荒れた手を握った。振り払われるかと思ったが、それは杞憂に終わった。

 ニルファルの手を引いたアルスランは、ダストとともに、物があちこちに散乱している個室から出た。

「場所を変えましょう。注目を集めすぎました。

……粗末ではありますが、私の店では、いかがでしょう? 耳をそばだてられる心配もないですし」

「……そうだな、案内してもらえるか?」

 耳をそばだてるのはお前だろう、という言葉は、かろうじて飲み込んだ。

 何か狙いがあるから、オグズ族の自分に近づいてきたに違いない。

 恩を売って、その名を利用しようというのか、はたまた、オグズ族が産する馬の交易の独占権が欲しいのか……。

 承知しました、と答えて、くるりと背を向けたダストの鼻の穴が興奮から膨らむのを、アルスランは見逃さなかった。


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