情勢
王のような大きな権力を持つ者が統治するのではないこの地方を、よくも悪くもまとめあげてきた六部族だが、今、その均衡が崩れ去ろうとしていた。
今までは、六部族がそれぞれの得意分野、例えばアルスランのオグズ族は天馬を、北方のコーカンド族は貴重な薬草を、南方を占めるアルサル族はありとあらゆるものが集まる大国、瑞穂帝国と陸路での交易路を独占するなど、この地に大きな影響力を及ぼしてきた。
しかし、風の魔法石を使って、海を自由に行き来できるようになった海洋国家セガラ連邦の交易船が、頻繁にシャモル地方の沿岸にも押し寄せるようになったのだ。そして、たまたまその沿岸に居住していた弱小部族がその交易の利を一手に納め、影響力を強めつつあったのだ。
風の魔法石とは、風の魔法を結晶化したものである。
アルスランが住むこの世界には、魔法というものが存在する。それは、この世界の根幹をなすという「守護する者」たちが持つ力から生まれたと言われている。
「守護する者」とは、この世界に八体いるとされる守護神、あるいは精霊、そういった類いの存在で、それぞれが人智を越えた力を持ち、世界に大きな影響を与えていた。その「守護する者」には、それぞれ強い影響力を及ぼす地域があり、アルスランたちが暮らすシャモル地方は、「風を守護する者」の影響下にあった。
その「守護する者」に源を発するといわれる魔法は、そもそもごく限られた者しか使うことができない力で、大多数の人にとっては無縁のものだった。しかし、今から三十年ほど前、隣国イギ国で魔法を結晶化することに成功したのだ。
魔法が結晶化されたもの、つまり魔法石を使えば、例え魔法の力を持ち合わせていなくても、火の気のないところに火をおこすことができ、また水がない砂漠地帯にも、たくさんの水を溢れさせることができる。魔法石自体が火や水に変化するのだ。
しかも、イギ国は魔法石の価格を安価に抑え、大量に輸出し始めた。これが、世界中に広まらないはずがなかった。
瞬く間に、魔法石は世界中に広がった。
そして、それがこの世界の有り様を大きく変えたのだ。
特に影響を受けたのが、赤道付近に点在する、大小様々な島で構成された海洋国家セガラ連邦だ。それまでは、自然の風まかせの小さな船で沖合に出て漁をし、生活の糧にしていたが、風の結晶を使うことで、自然に吹く風を気にすることなく、大海原を自由に航行できるようになったのだ。その結果、このシャモル地方にも他国からの品物を乗せた船が訪れるようになったのだ。
このように頻繁に訪れるようになった交易船との取引を通じて、富を一手に受けるようになったのが、パカラ族だ。
それまで弱小部族の一つに過ぎなかったパカラ族が、回りの小さな部族をまとめ、段々と影響力を持つようになってきた。
その煽りを一番強く受けたのが、元々その地域に強い影響力を持っていたアルサル族だ。六部族の一つで、瑞穂帝国との交易に強い力を発揮していたアルサル族だったが、パカラ族がにぎるセガラ連邦との交易に押され、また配下の弱小部族が続々とパカラ族へと鞍替えしていったこともあり、急速にその影響力を失っていた。
もちろん、その状況を見過ごす六部族ではない。
すぐさま緊急の会合が開かれ、アルスランも次期族長として、父とともに幾度も参加してきた。しかし、これといった有効な手立てを打ち出すことができず、いたずらに時ばかりが過ぎていった。
族長である父の外出は、そんな最中での出来事だった。部族のことを誰よりも大事に思う父のことだから、他の手はずを整えていてもおかしくはない……。そう、アルスランは考えていた。