決裂
先に進むと、前方に、一際多くの人が集まっている集団が目に入った。
「あれは、何?」
独り言ともとれる小さな声をニルファルが発した瞬間、突然、異国情緒溢れる音楽と、男の高らかな口上が耳に届いた。
「さあ、お立ち会い! 遥か、火の国アータルからやって来た、サファー旅芸座だ! 神秘の国、アータルの秘技、特とご覧あれ!」
そう聞こえるが早いが、空に向かって火柱があがった。と同時に、多くの人のどよめきが沸き上がる。
「え? なに? なにが、起こったの?」
周囲の人と同様、突然の光景に度肝を抜かれたニルファルは、一人そう言うと、無意識に人混みへ小走りに駆け寄っていった。そして、何が起きたのかその目で確かめるべく、人垣に体を滑り込ませていった。
小柄な体を活かしてぐいぐいと人をかき分けていくと、なんとか一番前までたどり着いた。
すると、そこには、夕暮れ時で町が茜色に染まる中、異国風の出で立ちをした人が何人もいたのだ
ニルファルと同じく褐色の肌を持つ若い男は、上半身には、丈の短い、紫色の前合わせの服を着ただけで、幅の広いゆったりとした白ズボンを、腰に何重にも巻いたえんじ色の帯で留めていた。薄水色の布を頭に幾重にも巻き付け、あたかも、大きな帽子のように見せているのが印象的だ。
他に、目元以外は黒いベールやマスクで覆い隠している者、おそらく、女性だと思われるが、隅のほうで机を出し、カードのようなものを何枚も並べている。
また、縦に細長い楽器を操る者もいた。先ほど聞こえてきた音楽は、この楽器から奏でられたもののようで、少しつぶれたような、それでいて、どこか哀愁を感じさせる音色だった。
他にも何人かいたが、その中でも、一際ニルファルの目を引いたのが、坊主頭で、上半身裸の大男だ。手には、先端に火が点いた棒を持っている。
男は大きく息を吸い込むと、手にしている棒を少し上にかざし、勢いよく息を吹き掛けた。
その瞬間、炎は大きな火柱となって、空に吹き上がったのだ。
先ほど見た火柱は、この男が生み出したものだったのだ。
「すごい! ねぇ、アルスラン!」
興奮した面持ちで振り返ったニルファルだったが、後ろにいたのは、見知らぬ男たちばかりだった。慌てて辺りをきょろきょろ見回したが、すぐに、自分がアルスランを置いて、この人だかりに飛び込んだことを思い出した。
(まずい……)
アルスランの不機嫌そうな表情が、ちらと脳裏に浮かぶ。
まだ続きを見たい気持ちと葛藤しながらも、その場をあとにして、また、人だかりの中をかき分けて戻っていった。
旅芸座の芸を見ようと集まった人だかりの外に、アルスランは、一人立っていた。
その顔は、夕暮れの赤い光を浴びなからも、真っ白だった。
唇はきっと真一文字に結ばれ、目元だけ、影が差したように暗い。その暗い瞳で、ニルファルが消えていった人だかりを、じっと睨んでいた。
そんな時に、ニルファルが、ひょこっと舞い戻ってきたのだ。
夕暮れの陽の光を逆光として浴びるニルファルの表情は、陰になっていて伺い知れない。しかし、きょろきょろと辺りを見回すように動いていた顔の向きが、アルスランが佇む方向に向けられた瞬間、体の動きがピタッと止んだのがわかった。
しかし、それも束の間、また、火柱と人々の歓声が上がると、溢れ出す興味を抑えきれないのか、さっとニルファルが後ろを振り返ったのが、アルスランにはわかった。
その姿に、今までなんとか押し殺していた怒りがついに爆発した。
「そんなに見ていたかったら、ずっと見ていろ! 俺は、次の部族のところへ行く!」
突然の罵声に、回りにいる人が一斉に振り返った。
しかし、怒りで我を忘れているアルスランには、そんなことを気にする余裕などなかった。
「こんな町に、長居する気はないんだ! それなのに、ダラダラしやがって!」
周囲の注目を一身に浴びたニルファルは、最初こそ、ぱっと顔を赤らめたものの、大勢の前で怒鳴られた気まずさと、少し前から不機嫌なアルスランに対する苛立ちから、ついに堪忍袋の緒が切れ、気づいた時には怒鳴り返していた。
「さっきから、不機嫌さを撒き散らして……! この町が賑わってるのが、気にくわないんでしょ! セガラ連邦とのやり取りで栄えてるのが、気にくわないんでしょ! でも、これが、現実なの!」
「な……!」
思いもかけない反論に怯んだアルスランに、ニルファルは畳み掛けていく。
「以前から、このシャモル地方のために……、とか言ってるけど、この町を見れば、わかるでしょ? みんな、この状況を受け入れてるんだって!
受け入れられないのは、自分たちがいなきゃダメだと思ってる、一部の六部族だけなんだよ! 本当は、みんなずっと前から、六部族のやり方に嫌気がさしてるの!
結局、自分たちがいつまでも強くありたいから、ずっとその立場にいられるために、あれこれ苦心しているだけじゃない!」
手痛い言葉だった。もし、相手が男だったら、手をあげていたかもしれない。
しかし、たくさんの人の視線を一身に浴びる中、こぶしをギュッと握りしめながら、アルスランは、込み上げてくる激情をなんとか抑えた。
そして、怒りから小刻みに震える体でふっと小さく息を吐くと、ニルファルをきっと睨んだ。
その瞬間、二人の視線がぶつかった。
すると、ニルファルはビクッと体を震わせると、一歩下がり、気まずそうな表情を浮かべて下を向いた。
しかし、そんなことにはお構いなしに、アルスランは身に付けていた腕輪を静かに外し、ニルファルの手の中に押し付けた。細いが、一部に金が使われていて、小さなひし形の模様がいくつも彫られている、大変美しいものだった。
「これを、路銀代わりにお前にやる。値打ちのあるものだから、当座の足しにはなるだろう。その間、仕事を探すがいい。ここでは、働く場所はたくさんあるようだから」
ニルファルははっと顔をあげると、アルスランを見た。
しかし、その時にはすでに、アルスランは背を向けていた。そしてそのまま、振り返ることなく、去っていってしまった。
遠ざかっていく背中にすがるかのように伸ばした手を途中で止めたニルファルは、もう片方の手の中にある腕輪をぎゅっと握りしめ、その場でうなだれた。その顔には、困惑と心細さが浮かび、今にも泣き出しそうだった。
一番星が、暮れ行く空に輝き始める。
周囲の人が、波が引くように散っていく中、ぽつんと立ち尽くすニルファルを、狡猾な目付きでねっとりと見つめる者がいた。
そして、何かを考え込んでいるような目でじっと見つめる者もまた、その場にいたのだった。




