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いざ、クク町へ

 そのあとも、二人は旅を続けた。

 表面上は、以前のような良好な関係に見えたが、どことなく漂うよそよそしさは、収まるどころか、じわじわと二人の間を蝕んでいった。

 進路を北東に向けて進んでいくと、辺りの景色は、沼や、その回りを囲むように生える背の高い葦から、乾燥した大地へと変わった。緑は減り、むき出しの赤茶けた大地が、あちらこちらに広がる。

 昼下がりになると、吹き渡る風が、頬をちりちりと焼く。スユンチたちも、暑さのため、いつも以上に水休憩を欲した。ゆらゆらと地面から立ち上る熱気や、空に浮かぶ雲以外には、あまり動くものを目にすることは少なかった。

 そんな土地でも、人は生きているもので、大きな小麦畑や葡萄畑がぽつぽつと見えるようになり、そこからそう遠くない場所に、村があった。農業を主とする彼らは、放牧を主とするオグズ族などとは異なり、一ヶ所に定住するのだ。


 あまり人が通った形跡が見当たらない地に差し掛かった時、少し離れたところに、ポツンと直立する何かがあることに気が付いた。

 近づいて見ると、それは、腰辺りまでの高さの大きな墓石だった。だだっ広い土地に、それだけ起立しているので、やけに目を引いた。

 裏を見ると、文字のようなものが刻まれていた。

 アルスランは、なんとはなしに、その文字のようなものを指でなぞった。石は風化が進み、刻まれた文字は判明しなかった。おそらく、強い風に削られていったのだろう。周囲は雑草がはびこり、荒れ果てていた。

 気の毒に思った二人は、周囲の雑草を引き抜いてやった。

 すると、墓の前に、7つの小さな石が置いてあることに気が付いた。これは、この墓に眠る者が倒した敵の数を表す。7つもあるということは、なかなかの戦士だったのかもしれない。

 ふと、アルスランは、クリチュのことを思った。

 頭脳はあったが、あまり戦士として優れた資質を持ち合わせなかったクリチュは、父から戦闘に加わることを許されなかった。そういったこともあって、実際、彼の墓の前に、石を置かなかった。

 戦士であることが誇りでもあるシャモル地方の男にとって、クリチュはそのことをどう思っていたのだろうか。次期族長の座を射止める戦いに、早々に脱落した彼は、アルスランの右腕として支えるよう言われた際、どのような心持で、その進言を受け入れたのだろうか。

 しかし、すでにクリチュはこの世になく、聞くことも、もはや叶わない。

 もちろん、たとえ生きていたとしても、そんなことは聞けるはずもなかったが、そういった彼の心情に思いを巡らすことさえしてこなかった自分に、今更ながら腹が立ち、かつ、情けなかった。

 ニルファルは隣で静かに首を垂れ、遠い昔の戦士の冥福を祈っていた。

 その横で、アルスランは、腰に差したクリチュの短剣をぐっと握りしめていた。


 クク町まで、あと二、三日というところまで差し掛かった時だった。

 東の方角に、こんもりと盛り上がった台地が見えてきた。

「あれは?」

 ニルファルが、ポツリと尋ねた。

「あれは、イェル古都だ」

 イェル古都とは、長さ一キロ、高さ二十メートルほどある、赤茶色の大きな一枚岩を穿って作られた、古の町のことだ。

 馬が二頭すれ違えるかどうか、といった幅の狭い入り口が何ヵ所かあり、中に入ると、迷路のように張り巡らされた細い道の両側に、岩を削られて作られた家々が所狭しと立ち並んでいる。

 すでに人の姿はなく、家は、長年風雨にさらされたことで、もはや崩れかけている。大昔になんらかの理由で打ち捨てられたはずだが、今に伝わってはいない。

 一体、いつ、誰が、何のために作ったのか、今となっては、全く分からないのだ。

 そんなことを話しながら、アルスランたちは、そのイェル古都を横目に通りすぎていった。


 アルサル族の野営地を出発してから、早七日。

 早朝、すぐに通りかかった畑で働いている者に、クク町までどれくらいか訊ねると、ここから馬で一日かかると言う。スユンチたちなら、あっという間だ。

「大きな町だよ。ここ一、二年で、特に大きくなった。物の売り買いが活発でね。特に、ワインの価格があがって、儲けさせてもらってるよ。全く、ありがたいこった」

 少し気分を害したアルスランは、小さく鼻で小さくふんと笑うと、儀礼的に礼を言い、ニルファルに向き直った。

「スユンチたちなら、午後過ぎにでも着くだろう。あと、もう少しだ」

「うん、楽しみ!」

 ニルファルは、張り付けたような笑顔を作って、答えた。


 いつものように、すぐさま風の通り道を見つけたスユンチたちは、地平線まで見通せる乾燥した大地を、軽やかに走り抜けていく。途中、昼食をとるために、少しばかりの休憩をとったが、すぐに出発する。

 太陽が照りつける大地から、時折、土ぼこりが混じる熱風が舞い上がる。視界が、陽炎のように揺れる。

 それでも、しばらく行くと、地平線の遠くに、周囲を壁に囲まれた、いくつもの建物が立ち並ぶ町が見えてきた。その町の先に、日射しを受けてきらきらと輝く一本の川が流れていた。

「あれ? あれがクク町かな?」

 後ろを振り向くと、頭から被着を被って目だけ出しているニルファルが、目を凝らして、じっと前を見つめている。

 アルスランはちらと上を見て、太陽の位置を確認した。そして、クク町と思われる方へ、視線を戻した。

 アルスランは、違和感を覚えた。

 幼い頃に、父たちに連れられて来たことがあったが、そのときの記憶より、町がだいぶ大きいのだ。では、今遠くに見える町はなんなのかと言われると、その答えを持ち合わせてはいないのだが。

「たぶん、そうだろうな……。暗くなる前に、着いてよかった」

 そう言うと、かかとでスユンチの脇腹を蹴った。

「もう少しだ、スユンチ。あと少しで、クク町に着くぞ」

 脇腹を蹴られたスユンチは、ぐっと全身に力を込めると、速度を上げた。他の馬も、それに続く。

 二人と三頭は、土ぼこりを巻き上げながら、目的地まで一直線に駆け抜けていった。


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