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亀裂

 次の日、早速、ラフマンは風読み司を使って、各部族に報せを送った。

 その様子を見届けたアルスランは、丁重に礼を言うと、新鮮な水や幾ばくかの食糧、そして、荷馬として健康な馬を一頭もらい、アルサル族の野営地を後にした。

 昨日の雨から一転、今日は、朝からきれいな青空が広がっていた。

 昨日の雨で濡れた地面から立ち上る熱気が、辺りにもわっとした空気を放っている。さらに、そこに追い討ちをかけるかのように、厳しい日差しが降り注ぎ、とにかく暑かった。

 出発してからすぐに風の通り道を見つけたスユンチたちも、慣れない暑さに参ったのか、いつもより多く休息を欲した。

 太陽がだいぶ高く昇ったところで、昼食をとることにした。

 地面は、容赦ない日差しのお陰ですっかり乾いていたが、相変わらず、大気は熱を帯びている。荒い息を吐く馬たちも、休息になった途端、すぐさま近くの共同水飲み場まで駆け寄り、水槽に頭を突っ込んで、一心不乱に飲んでいる。

 そんな馬たちを横目に、アルスランたちも、早速、昼食の準備に取りかかった。と言っても、ラフマンから昼食に、ともらった香辛料をまぶした羊肉があったので、火をおこすだけで充分だった。

 早速、もらった肉を串に差し込み、地面に刺す。そして、下から火で炙る。すると、すぐに香ばしい匂いがあたりに漂い始めた。その匂いに刺激されたお腹が、大きくぐうと鳴る。

 少しずつ焼けていく肉を眺めていると、側にいたニルファルが口を開いた。

「そういえば、これから、どこに行くの?」

 前回に続き、ニルファルには、これからの予定を伝えていなかったことを思い出す。

「ここから北に行ったところにある、ククという町に行こうと思っているんだ。そこで、お前を置いてくれるところを探すつもりだよ」

 それを聞いたニルファルは、驚いたような顔をした。

「そこは、エフタル族の縄張りだから、もし万が一、お前の部族の者が居場所を嗅ぎ付けても、容易に手出しはできないだろう。それに、俺も幼い頃に立ち寄ったことがあるが、まあまあの大きさの町だ。あまり人目につかない仕事を探せば、娘一人くらい、紛れ込むのは容易いと思う。

 仕事については、俺も探すのを手伝ってやる。さすがにここまで連れ回して、一人っきりで放り出すわけにもいかないしな。安心しろ」

 話すに連れ、ニルファルの顔に、ぱあっと笑顔が広がった。瞳も生き生きと輝き、今にも、光がこぼれ落ちそうだ。

 ニルファルはぱっとアルスランの元に駆け寄ると、その手を取り、自分の額に押し当てた。

「本当に、ありがとう。あなたは、私の命の恩人です」

 思ってもない反応に、いささか恥ずかしささえ覚えたアルスランは、ちょっと乱暴に手を振り払うと、そっけなく答えた。

「俺ができるのは、そこまでだ。その後は、お前自身の力で生きていくんだ」

「もちろん! それで充分よ! 本当にありがとう、アルスラン。私、あなたのこと、絶対忘れない!」

 大げさな、と思う一方、どこかくすぐったいような気持ちがして、気づかれないように、体をもぞもぞと動かした。

 パチッと薪がはぜた音を耳にしたアルスランは、焼いている肉の様子を見た。

 もうしっかり焼けたようで、肉汁がぽたぽたと垂れ、地面にいくつもの染みを作っている。

「ほら、もう焼けたぞ。しっかり食って、休息を取ったら、午後も移動に次ぐ移動だぞ」


 ほんのばかし塩気は多いが、良質な肉を堪能した二人は、最後に茶で口の中を清めた。馬のスユンチたちも、充分に水や草を食べたようで、満たされた顔つきをしている。

「……ククという町で、私が仕事を見つけた後、アルスランは、どうするの?」

 ニルファルが、訊ねた。

「俺は、エフタル族を訪ねようと思っている。アルサル族の時みたいに、説得するつもりだよ」

「ふーん……。まだ、旅を続けるつもりなんだ」

 その言い方に、アルスランは少しむっとした。

「エフタル族は、農業に従事している。だから、彼らは土地に固執する傾向がある。そして、その土地が荒らされるような戦乱を極端に嫌う傾向があるんだ。

 そんな彼らに、イギ国の脅威を知らしめてやれば、シャモル地方をまとめるのに協力してくれるかもしれない。いや、協力してくれる可能性は高いだろう」

 淡々と話すアルスランのそばで、ニルファルは、うーんと何かを考えている様子だった。

「うーん、正直な話、エフタル族? それってよく知らないんだけど、そんなに戦を避けようとするんだったら、どうして、今まで協力的じゃなかったの?」

「そんなの決まってるだろ。イギ国の脅威を身近に感じていなかったからだ。

 確かに、エフタル族は、アルサル族とは違って、バカラ族の台頭を必ずしも歓迎してないわけではない。しかし、それは、あくまで彼らの縄張りが安泰であることが前提だ。それが、脅かされるかもしれないとなると、話は違うはずだ」

「うーん、でも……」

 煮え切らない反応に、アルスランの怒りは、一気に頂点まで駆け上がった。

「何が、でもなんだ! 彼らが一番嫌う戦乱が、起こるかもしれないんだぞ! 協力しない理由がどこにある!」

 アルサル族の協力を得たことで、このシャモル地方全域にイギ国の不穏な動きを伝えることができた。と同時に、父と弟の行動に、釘を刺すこともできたわけだ。

 そして、次は、いよいよこの差し迫った脅威を利用して、このシャモル地方を一つにまとめあげる。それは、今まで幾度となく、このシャモル地方で繰り返されてきた歴史ではないか。

 そう思うと、この計画が上手く行かないはずはない、とアルスランは考えていた。アルサル族の協力を得ることができた今、それは、確固たる自信へと変わっていったのだ。

「ご、ごめんなさい……。よく知りもしないで、勝手に……」

 ニルファルのおどおどした声と怯えた視線は、しかし、アルスランには届かなかった。

 今や、計画への絶対的な自信に加え、元来、短期な気性も相まって、自分の考えや行動を否定しにかかる言葉は、到底受け入れられなかった。また、大切な弟クリチュを死に追いやってしまった後ろめたさから、失敗は許されない、という強い強迫観念も、あったのかもしれない。

 淀んだ空気が二人の間を漂う中、熱風が頬をかすめていく。

 一日で、最も暑い時間帯に差し掛かろうとしていた。

 容赦ない日差しが降り注ぎ、地平線の向こうが揺らぐような気温の中、アルスランは、暗い瞳をじっと一点に向け続けていたのだった。


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