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交渉成立

 クリチュが野盗に襲われ亡くなった、というところまで話がくると、ラフマンは驚いたように、目を剥いた。

 その顔を横目に、アルスランは淡々と話を続けた。そうでもしないと、抑えがたい感情が一気に溢れ出て、とてもじゃないが、止められそうもなかったからだ。

 「……で、アルサル族、貴殿の治める野営地まで、たどり着いたというわけなんだ」

 口をつぐんだ後も、重苦しい空気が辺りを占める。

 その空気をさらに重くするかのように、まとわりつくような風が、どろっと吹いた。それは生暖かく、しかし、ぞわっと粟立つような、不気味さを孕んでいるものだった。

「……そんなことが……。」

 まだ、信じられないといった表情を浮かべたラフマンだったが、ふっと沈痛な面持ちに変わると、アルスランに真っ直ぐ向き直った。

「……アルスラン。この度は、お悔やみ申し上げるよ。……あの、穏やかでも聡明な弟君を失うとは……。なんというか……、言葉にならないな」

「……りがとう……」

 喉から絞り出した声はかすれていて、ラフマンの耳に届かなかったかもしれない。

 それでも、込み上げてくる感情を歯を食いしばって耐えているアルスランにとって、それが今できる、精一杯のお礼だった。

 また、目に熱いものが込み上げてくる。

 そんな女々しい姿を見られまいと、アルスランは、何気ない風を装って、空を見上げた。

 そこには、大小様々な星々が燦然と輝く夜空が広がっていた。

 よく見ると、その空を横切っていく、黒い影がある。音も立てずに飛んでいるその大きなものは、間違いない。飛竜だ。

 焚かれた篝火や、満点の星空に輝く月明かりなどで、多少周囲の状況が見える中、夜空を舞う飛竜の姿は、そこだけ真っ黒に塗りつぶしたように映った。

 飛竜は、この野営地をゆったりとした早さで幾度か旋回すると、北に頭を向けて、飛び去っていった。

「……それで、これからどうするんだ?」

 ラフマンが、口を開いた。

 段々と小さくなっていく飛竜の姿を見つめていたアルスランは、ふっと我に返った。

「次は、ここから北にある、エフタル族を目指そうと思っているんだ。彼らは、小麦や葡萄の栽培といった農業を主としている。そして、バカラ族の台頭を、決して不満には思っていない……。

 少々手強いのはわかっているが、一番多くの人口を抱えている彼らを見方につけることができれば、こちらに大きく有利に働く、というわけだ」

「……それには、我々の協力も必要だ、ということなんだな」

「そうだな。それに、そもそもアルサル族にとっては、そうするに足るはずの理由があるはずじゃないのか?」

「……確かに、その通りだ。明日、喜んで協力しよう」

 わあっという歓声と拍手が沸く。

 見ると、舞台上の役者が、丁寧に頭を下げているところだった。芝居が、終わったのだ。

 アルスランも拍手を送りながら、これからのことについて、思いを巡らした。

 エフタル族は、確かにバカラ族の台頭を嫌がる様子もないが、元来、農業を主とする部族だけあって、戦を極端に嫌う傾向がある。放牧と異なり、農業は、そう簡単には他の土地で行うことができないからだ。

 なので、イギ国の脅威がすぐ近くまで迫っていることを理解してもらえれば、協力を得られるかもしれない、とアルスランは考えていた。

 すうっと一筋、額に浮かんだ汗が流れる。

 ここが、シャモル地方の南方に位置することを考慮にいれても、この気温は高い。それは、終わったばかりの芝居に熱狂した、観客の熱気から来るものなのだろうか。

 少しばかりじとっとする空気を払い除けるように、アルスランは少し大げさに腕を振ると、袖で汗を拭った。


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