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ニルファルとの出会い

 夏の昼下がり、照りつける太陽の下、ふらつきを感じるのは暑さだけが理由ではないだろう。傷口もズキズキと痛んだが、女の肩を借りながら、一歩一歩前に進んでいった。

 とうとう、目的地に到着した。

 そこには、こんもりと盛られた土に、見覚えのある短剣が突き刺さっていた。

 アルスランのより細身で、柄の部分には金細工があしらわれ、緑の小さなエメラルドが二つと、魔除けの意味を持つ大きな赤い柘榴石がはめ込まれた短剣は、間違いない、クリチュのものだった。

「この人が、身につけていたものよ。墓石代わりに、ここに備えたの」

 アルスランは膝から崩れ落ち、地べたに座りこんだ。首は、力なく項垂れている。

 女は、その姿を悲しそうな顔で見つめると、その場を後にした。

 アルスラン一人が、その場に残された。

(……本当に、……本当に、お前なのか?)

 クリチュとの様々な思い出が、浮かんでは消えていく。

 子供の時に、どちらが先にウサギを射止められるか競ったこと、一人前の男と認められた証として与えられた短剣を誇らしそうに見つめるその瞳、部族の将来について、夜を徹して語り明かした日々のこと……。

 当たり前のように側にいて、これからもそんな日々が続いていく。

 そう信じて疑わなかった。

 いつか、アルスランが族長の座についた際には、参謀として、その能力を大いに発揮してくれるのを期待していたし、頑固で意地っ張りのアルスランが心のうちを明かせる、数少ない友人でもあったのだ。

 そんな彼を、失ってしまった。

 その事実を前に、悔やんでも悔やみきれなかった。

 不意を突かれたとは言え、弟が死に直面している時に、気を失っていたなんて……。それに、この旅は、元々アルスラン自身が発案したようなものだ。ブリの提言を父が受け入れたと疑っているアルスランが、クリチュをこの旅に巻き込んだのだ。

 その結果の先に、弟の死があるなんて……。

 アルスランは、地面に額を擦り付けると、肩を震わせて泣いた。

 次から次へと涙が溢れ、嗚咽が漏れる。

 乾いた土の上には、いくつもの黒いしみが点々と残されていった、。

 そのまま、誰に憚ることなく地面に突っ伏して泣いていると、遠くの方で、馬の蹄の音が聞こえてきた。音はだんだん大きくなり、そして、すぐそばで止んだ。「グルグル……」と鳴く低い声が、耳に届く。

 顔をあげると、そこには、アルスランの愛馬スユンチがいた。すぐ側には、クリチュの愛馬アララトもいる。

 スユンチは顔を近づけると、アルスランの頬を鼻先でこすった。まるで、なぐさめようとするかのような、優しい触り方だった。

 そんなスユンチを、アルスランはじっと見つめ、そして、頬をそっと撫でた。スユンチは、気持ちよさそうに目を細めた。

 愛馬が見せる優しさに、また、その頬から伝わる温かな感触に、アルスランの心は、次第に落ち着きを取り戻していった。悲しい気持ちが失せることはもちろんなかったが、いつしか涙は止まり、なんとか立ち上がることができた。

 アルスランは、クリチュの墓を見つめた。

 族長に着く立場ではなかったが、有力部族の族長の家系に連なる者とは思えないほど、粗末な墓だった。

 その墓に突き刺さる短剣から、アルスランは目を離せないでいた。

 クリチュが肌身離さず身につけていた短剣は、夏の日差しに照らされて、きらきらと眩しいほどの輝きを放っていた。

 その輝きに惹かれるように、アルスランは短剣に近づくと、その柄を掴み、ぐっと引き抜いた。短剣は簡単に抜けた。土は付いていたが、払うと、従前の美しさを取り戻した。

 それを握っていると、ふと、クリチュの存在を近くに感じた。いつものように、自分の側にいる、そんな感覚に襲われたのだ。

 アルスランは、短剣をぎゅっと強く握った。そして、墓に視線をやった。

「クリチュ、これは、おれが大切にもらっていく。……どうか、この旅がうまくいくよう、側で見守っていてくれ」

 そう口にした途端、さぁっと風が吹き渡った。それは、喜びを内包しているような、そんな風に、アルスランには感じられた。

 アルスランは、側に寄り添ってくれているスユンチの頬に手をやると、ポンポンと軽く叩いた。

「戻ろう」

 そう言うと、アルスランは辺りを見回し、近くに少し大きめな石を見つけると、それを短剣の代わりに墓の上に置いた。そして、その場を後にしようとした。

 しかし、クリチュの愛馬アララトがその場を離れようとしない。こんもりと盛られた土の上に鼻先を向け、くんくんと、必死に何かを嗅ぎとろうとしているのだ。その姿は、見ていて涙を誘う光景だった。 

 アルスランはアララトの側に行くと、その首筋を撫でてやった。

「そうだ、お前の主人は、この下にいる……。好きなだけ、別れを惜しむがいい……」

 そう言うと、アルスランはその場に座り込んだ。アララト自身に、最期の別れをしてもらおうと思ったのだ。

 アララトは、落ち着きなく辺りを歩いては匂いを嗅ぐ、ということを繰り返していた。しかし、しばらくすると、歩くのを止め、顔を上に向けると、尾を引くようにいなないた。その鳴き声は、悲痛な叫びそのものだった。

 アルスランは立ち上がり、傷の痛みにふらつきながらも、アララトの側まで行くと、首筋をぽんぽんと撫でてやった。

「行こう、アララト。クリチュは、いつだってお前の側にいるんだ」

 そして、アルスランは、スユンチに寄りかかりながら、よろよろとサカ族の野営地ヘと引き返していった。アララトは立ち止まると、何度か名残惜しそうに後ろを振り返ったが、最後にはアルスランの後について、その場を後にした。

 サカ族の野営地にかなり近づいた頃、一人、ユルトから飛び出して、こちらに走ってくる者がいた。介抱してくれた、あの女だ。

 女は、被着からはみ出ているおさげを揺らしながら駆けてくると、アルスランの前で止まった。苦しそうにはぁはぁと肩を上下させ、膝に手をついている。そして、唾をゴクンと飲み込むと、顔をあげた。

「はぁはぁ、ごめんね、気付かなくって。……肩を貸すわ」

 そう言うと、アルスランに手を差しのべた。

「ありがとう。でも、スユンチがいるから大丈夫だ」

 後頭部の痛みからか、青ざめた顔でアルスランは言うと、スユンチの肩を軽く叩いた。

「あら、そう」

 女はそう言うと手を引っ込め、アルスランの様子に気を配りながらも、横に並んで、歩き出した。

「……そう言えば、まだ、名前を言ってなかったわね。私はニルファル。あなたは?」

「俺は、アルスランだ」

「……アルスラン。いい名ね」


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