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出発一日目の夜

 野営地の明かりが遠くに小さく見える所まで来ると、二人は荷物を二頭の馬にくくりつけ、愛馬に鞍をつけると、馬上の人となった。

 そして、なるべく遠くへと馬を走らせたのだ。

 不思議なことに、オグズ族が育てる馬は、昔から「風の通り道」を見つけるのに優れていた。

「風の通り道」とは、草原のあちこちに現れる風の流れのことで、その流れに乗ることができると、通常ではあり得ない早さで、かつ、まるで綿毛のように、軽々と長距離を進むことができるのだ。

 彼らの馬が、なぜ風の通り道を見つけるのに秀でているのかは、はっきりとはわかっていない。他部族の中には、餌が違うのではないか、と言う声もあるようだが、そうではないことは確かだ。

 それでも、オグズ族の馬が風の通り道を見つけることに秀でているのは事実であり、それこそが、天馬を産出すると言われる所以でもあったのだ。

 走り出してからまもなく、彼らの馬は、風の通り道に入った。

 入る瞬間、背中からぐんと押されるような感覚が走るため、すぐにわかるのだ。、

 星降る夜の下、疲れを見せない軽やかな走りをする馬を何時間も走らせた。

 次第に、地平線の先の空がうっすらと明るみ、やがて、太陽が顔を覗かせても、前へ前へと馬を走らせていった。太陽はその高度を上げ、容赦ない日差しと熱風を大地にもたらした。それでも、二人が手綱を緩めることはなかった。

 そして、空が茜色に染まり、彼らの影がずいぶん長くなった頃、ようやく、野営する場所を定めたのだ。

 この辺りは、いくつもの部族が、家畜に草を食べさせているのだろう。あまり馬の餌となる草は多くはなかったが、近くにはさらさらと流れる澄んだ小川があり、野営地としては、まあまあの地と言えた。

「この辺りまで来れば、なかなか追手は追いつけんだろう」

「そうですね。それに、さすがの馬たちも、大分疲れております」

 風の通り道を通ってきたとは言え、かなりの距離を走ってきた馬たちは、あまりの疲れからか、口の端から泡を吹いていた。

 そんな馬たちのために、二人は素早く荷を下ろし、鞍を外してやると、麦を少量を与えた。

 瞬時に食べ尽くした四頭は、川に水を飲みに行き、乾ききった喉を十分に潤わせると、辺りに生えている草を貪り始めた。

 その様子を見守っていたアルスランたちも、食事の準備を始めることにした。

 辺りから火をおこすのに使えそうな枯れ枝や動物の乾いた糞を集めてくると、それらを一ヶ所にまとめ、火の魔法石に息を吹きかけ、放り込んだ。魔法石から生まれた小さな炎は、すぐに枯れ枝などに移ると、瞬く間に大きく燃え上がった。

 火おこしが終わると、アルスランは、川に水を汲みに行った。その間、クリチュは野外でも気持ちよく過ごせるよう、炎を取りまくように敷物を敷くと、その上に皿ややかん、彼らの主食であるノンと羊の干し肉を並べた。

 ノンとは丸くて平べったい固いパンのようなもので、三度の食事には欠かせないものだった。

 アルスランが水を汲んでくると、早速、クリチュがそれをやかんに注ぎ、火にかけた。普段なら、沸かした湯でいれる茶とともに食事を取るのだが、激しい疲れや空腹を感じていた二人は、湯が沸く前に、すぐさま、並べられた食事を貪るように平らげていった。

 沸かした湯でいれた茶を一口飲むと、ようやく人心地がついた。

 アルスランは、胸元から一本の横笛を取り出した。

 リュゼッという、鹿の骨から作られる、指先から肘くらいまでの長さの横笛で、祭りや祝い事の場で演奏される、シャモル地方の伝統楽器だ。

 アルスランは、その茶色く塗られた横笛を口許に当てると、息を吹き込んだ。澄んだ高音が、風に乗って、大地にこだまする。

 スユンチたちが、耳をぶるんと震わせ、アルスランに視線を向ける。しかし、すぐにアルスランの笛の音だとわかると、ふっと首を下げ、また食事に戻っていった。

 ひとしきり吹くと、アルスランは演奏を止め、辺りを見回した。

 茜色だった空は藍色が優勢となり、ときおり強く吹く風に、草がざぁっという音を立てて、大きく波打つ。遠くの方に羊の群れがあり、そのすぐ脇に、夕げの準備か、焚き火が焚かれ、白い煙がゆらゆらとたなびいていた。

 アルスランの愛馬スユンチは、相変わらず草を食むのに夢中になっていたが、他の三頭は空腹より疲れが勝ったようで、完全に地べたの上で横になっていた。

「アルサル族の野営地までは、あとどれくらいでしょうか?」

「そうだな、本拠地まではかなりあるが、一番近い野営地までは、あと十日くらいだろうな」

「まだ、そんなにあるのですね」

 あくびを噛み殺しながら、クリチュは言った。昨夜から、ほぼ一睡もせずに馬を飛ばしてきたのだから、無理もない。アルスランも、強い疲労を感じていた。

「かなり早いが、休むことにするか。昨夜から、走りっぱなしだからな」

「そうですね、兄者」

 うーんと背伸びをしながらクリチュは言うと、掛布にくるまり、敷物の上にごろんと横になった。そして、あっという間に眠りについた。

 その様子を見守りながら、アルスランは考えていた。

(クリチュはああ言うが、このことは、おそらくブリが手配したことに違いない。

……冗談じゃない。絶対に、奴の思惑を阻止しなければ。それには、一刻も早くアルサル族の野営地に赴き、彼らを味方に引きずり込まなくては。……失敗は、許されんぞ)

 静かな闘志が、めらめらと燃え立つ。

 絶対、ブリには負けない。そう固く心に誓ったアルスランは、掛布にくるまると、眠りについた。


 遠くの方が、騒がしい。

 夢と現の間をまどろみながら、アルスランは人の会話のようなものを、ぼぉっと聞いていた。すると突如、馬の甲高い「ヒィーン!」という鳴き声が、耳に飛び込んできた。

 瞬時に、アルスランは飛び起きた。

 その瞳に写ったのは、灯し続けている焚き火に照らされた、幾人もの見知らぬ男たちだった。

 その瞬間、後頭部に強い衝撃を受けた。目の前が、すーっと暗くなる。

 意識が遠退いていく中、アルスランは、クリチュの叫び声を聞いたような気がした。


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