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2、神殿へ

 神子となったフローラは、神殿に入ることになった。

「お父様、お母様、お世話になりました」

 フローラがそう言うと、父親のアリスター・リース男爵は優しい声でフローラに話しかけた。

「フローラ、名誉なことだ。もっと胸を張りなさい」

「そうですよ、フローラ。でも、もし神殿の暮らしが辛かったら、何時でも帰ってきなさい」

 母親のカーラは涙を浮かべていった。

 しかし、神殿に入れば、もう二度とこの家には戻れないということがフローラには分かっていた。


 カーラは涙を隠して、フローラを抱きしめて言った。

「まだ、独り立ちには早いと思うけれど、神子に選ばれたからには務めなくてはいけないことが沢山あるはずです」

「お母様……」

 フローラはお気に入りの本と、母親から貰った小さなブローチ、それと身の回りの細々とした物を鞄に詰めて、神殿から迎えに来た馬車に一人で乗った。


「それでは、私は神殿に入ります。お父様、お母様、お元気で」

「フローラ、頑張るんだぞ」

「無理はしないようにね」

 馬車が走り出した。小さくなっていく生まれ育った家を、フローラは黙って見つめていた。「神殿に自由はあるのかしら?」

 フローラは小さく呟いた。


 神殿に着いたのは夜になった頃だった。

「フローラ様、お待ちしておりました。神官長のクリフ・サンチェスと申します」

「サンチェス様……これからよろしくお願い致します」

「クリフとお呼び下さい、フローラ様は神子なのですから」

 そう言うと、クリフは自分のかぶっていた帽子を取った。

「それではクリフ様、私は神殿でどのように過ごせばよろしいのでしょうか?」


 フローラの質問に、神官のカイル・ジェキンスが答えた。

「神殿の奥の間が、神子様の部屋になります。一人、神子の召使いが隣の部屋におりますから用事があれば、召使いに命じて下さい」

「……はい」

 フローラは召使いと聞いて、嫌な予感がした。

「明日からは朝と昼と夜の礼拝に出て下さい。空いている時間は、聖書を読み神について学んで頂くことになります」

「……分かりました」


 フローラが馬車から荷物を下ろそうとすると、一人の令嬢が現れた。

「まさか貴方に仕えることになるとは、ね」

「その声は、レイス!?」

 二人のやりとりを聞いた神官長が言った。

「お知り合いでしたか。神子様の召使いのレイスです」

「よろしくお願い致します。フローラ様……いえ、選ばれし神子様」

 レイスは冷たい笑みを浮かべてフローラに言った。


「それでは荷物をお運び致しますわ」

「自分で出来ます」

 フローラが荷物を持とうとすると、レイスは大げさに転んで見せた。

「痛い!」

「……え?」

「神子様、召使いとはいえ、もう少し優しく接してあげて下さらないと」

 神官長の眉間に皺が寄った。

「いいえ、勝手に荷物を持った私がいけないのです。神子様、どうぞお許し下さい」

 

 レイスの美貌と、哀れみを誘う表情が月に照らされて、美しく輝いた。

「……私こそ、失礼を致しました。レイス様」

 フローラは釈然としない気持ちを抑えながら、レイスに荷物を渡した。

 レイスは先に歩き出した。

「神子様、こちらです」

「……はい」


 レイスはフローラの部屋の前につくと二人きりになったことを確認してから、荷物を部屋の中に乱暴に放り込んだ。

「何故、貴方が神子なの? 私が神子だったはずなのに!!」

「やめて下さい、大事な荷物が散らばって傷ついてしまいます!」

 フローラは慌てて部屋の中に入ろうとしたが、それよりも早くレイスはフローラの部屋に入り、本やブローチを踏み潰した。

「あら、ごめんなさい。足が滑ってしまいましたわ」

「なんてことを!? これはお父様とお母様からいただいた大切な物なのに!!」


 フローラが大きな声を出すと、神官のカイルが駆けつけた。

「神子様? 何かありましたか?」

「……」

 フローラが黙っていると、レイスが涙を流しながら言った。

「神子様が、神殿なんかに来たくなかったと言って荷物を投げ飛ばして……。私は怖くて何も出来なかったのです」

 カイルはフローラに確かめるように言った。

「本当ですか、神子様?」


「……」

 フローラは黙って、踏みつけられた本とブローチを拾い上げ、埃を払った。

「神子様といえども、乱暴はいけません。神官長に報告致します」

「……どうぞ、ご自由に」

 フローラは、涙にならない悲しみをこらえて、立ち尽くしていた。

 去って行くカイルの背後で、レイスがニヤリと笑った。

「フローラが神子様なんて、私は認めていませんわ」


 一人残された部屋のドアを閉めてから、フローラは一人、窓の外を見た。

「ここには自由は無いようですね……」

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