色素持ちの魔法使い
凛はため息をついた。
美しく豪華な部屋に美しい衣装。面会を求める沢山の高貴な人々。それを断る侍女達。
「なんでこんなことになってるんだろう」
また扉の向こうで人の話し声がした。
「リン様、皇太子殿下がリン様に御用がおありということでお越しになられました」
「リン、寛いでいるところ申し訳ない」
「皇太子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「…リンもこの世界に慣れてきたようだな」
そう言って皇太子は笑った。
「半年になりますから」
「そうだな。初めて会った時はこんな色素の濃い人間がいるものかと心底驚いたぞ」
そう言ってまた笑ったものの、すぐ真顔になった。
「西の森に魔物が出たらしくてな。帰って間もないというのにまた討伐隊に参加して貰えないだろうか」
凛が先の討伐から帰ってまだ3日しか経っていない。
「私を丁重に扱ってくださる殿下がそうご依頼されるということは、相当切迫詰まった状態である、ということでしょう」
皇太子は口をギュッと結んだ。
「殿下、殿下は皇太子殿下なのですから、どうぞ御命令を」
凛が穏やかな笑顔を見せると、皇太子は少し安堵の表情を見せながらも辛そうな表情も見せた。
「…すまぬ」
「出発はいつでしょう?」
「急を要するので3日後には出たい」
「了解致しました」
侍女が持って来たお茶とお菓子を食べながら、凛は討伐の内容を皇太子から聞いた。普段甘党で凛の部屋へ来たら必ずお菓子を食べて帰る皇太子だが、今日は手を付けず、お茶も口を湿気らせるような飲み方をして帰って行った。
お茶を片付けに来た侍女が口を開いた。
「リン様、また討伐に行かれるのですか?」
「ええ、3日後には出発ですって」
「いくらリン様が色素持ちの魔法使いとしてお力があっても…こう頻繁では…」
凛はむくれる侍女を宥めながら、出発の用意を頼んだ。
色素持ちの強力で美しい魔法使い。
それが凛のこの世界での位置付けだ。
凛は決して美人ではないが不細工ではない。中の上といったところだろうか。しかしこの世界では色素が濃い人間が美しいとされ、色素があるイコール魔力が強いというルールがあった。日本では魔法など無いし、凛は普通に会社員として働いていたが、この世界に来てからは頭の中で思い描くと魔法が使えた。しかも他の人達とは段違いにレベルの違う魔法を。
凛は机の上に置いてある木片と作りかけの小さなミニチュアハウスをそっと触った。
凛が趣味で作ったミニチュアハウスの扉を開けると、知らないけれども"見覚えのある"家の中に居て、再びその扉を開けると見知らぬ森が広がっていた。驚いて扉を慌てて閉め、今度は寝室らしき扉を開けるとテレビやエアコンなどがある"自分の部屋"が目の前にあった。
そうか…このミニチュアハウスは異世界との媒介なんだ…
どうしようと思いつつ、凛は興味に負けてしまい、その寝室の扉を閉め、外への扉を開けてしまった。
ところが扉の外に出た途端にこの国の兵と鉢合わせしてしまい、特別に色素が濃い魔力持ちとして凛は即刻城へ連れて行かれた、という訳だ。
「あの家からなら元の世界に帰れるのかな…」
しかしそれは叶わない。希少な魔力持ちとして崇め奉られている凛には常に監視役の兵が付き、あのミニチュアハウスの家に行くことが出来ない。
一縷の望みを託すように、凛はもう一度同じようにミニチュアハウスをこの城で作り始めたのだった。