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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

名前で呼んで、が言えなくて拗らせた伯爵令嬢は無駄に名前を長くする

作者: 春瀬湖子

ーーー好きな人に、ただ愛称で呼んで欲しかった。

それだけだったのに·····。





私ことレインワーブル伯爵家が長女、アリスティアには、幼馴染み兼婚約者がいる。

彼はタキアレイズ伯爵家の三男、リードナイル。

親同士も仲良く幼い頃から顔を合わせていた私達は、気付けば小さな事でも張り合うライバルのようになっていた。



思春期のソレ。

と、言ってしまえば終わりだが·····



「あぁ~~~っ、今日も名前を呼べなかった!名前を呼んで、とも言えなかったぁぁ」

「お嬢様、お行儀が悪ぅございます」


拗らせ続けた私は“愛称で呼んで”の一言が言えず、気付けば19歳になっていた。



私室のベッドにダイブした私は専属メイドのエリーにそう注意され慌ててベッドの上で姿勢を正す。

そんな様子を少し微笑ましそうに見た彼女は編み込んだ髪をほどきながら、今度は誇らしそうにして。


「先日の慈善活動による功績が認められ、お嬢様には新たなお名前が与えられるとの書状が王宮から届いたそうですよ」

「やったわ!」


そうにこやかに告げられ思わず私からも笑みが溢れる。


「今度こそ上手くいくといいですね」

「えぇ、次こそ愛称で呼んで欲しいわ」



我が大国では、功績を認められるとその功績にちなんだ名前がミドルネームとして与えられる。

慈善活動により与えられる名前は“レーファ”。

他にも座学で優秀な成績を残せばランス、魔法成績が良ければゴーマジ、剣術ならトール、と分野別に決まっている。



「今の私の名前は···」

「本日の“レーファ”を含めまして、現在お嬢様はアリスティア・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・レインワーブル伯爵令嬢にございます」

「さ、流石ね···私なんて名乗るだけで噛みそうよ」



スラスラと言い切るエリーに脱帽しつつ、自分の名前を脳内で復唱する。

私に“レーファ”が与えられたのだから、張り合って一緒に活動した婚約者であるリードナイルにも与えられているはずだ。


つまり彼は今、リードナイル・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・タキアレイズ伯爵令息である。



長い。

しかし、これでいい。これでいいのだ。



次こそ“名前が長くなりすぎたから愛称のティアと呼んでいいか”と、言って貰うんだから····!!



「そしてあわよくば彼の愛称である“リドル”と呼ぶ許可を貰うわ···!」

「応援しております」




そんな決意をして早3日。

早速チャンスが訪れたのだが。


「本日は来てくださってありがとうございます」

「婚約者なんだ、当たり前だろう。これはタキアレイズ家で育てた薔薇だ。淡いピンクの髪にも良く似合うだろう」


そっと渡してくれた花束は、おそらく“レーファ”の名前を与えられた事のお祝いであって婚約者として準備した訳ではないだろう。

それでも彼に似合うと言われるととても嬉しくて····



「まぁ、お上手。ですが貴方様の漆黒の髪にこそこの赤は映えるのではなくて?」



か、か、可愛くないぃ~~~ッッ!!!

我ながら可愛くないぞ!!!



遠くでエリーが大きく両手でバツを作っているが、そんなの私にだって痛いほどわかっている。

でも、幼い頃から拗らせていたせいでどうしても素直に言えない···!


そもそも素直にお礼が言えるならしれっと「愛称で呼んで」くらい言えるだろう。


言えないからこんな回りくどい事をやってるのだ。



あまりの自分の可愛くなさに心の中で頭を抱えつつ、ガーデンテーブルに案内する。



初っぱなから失敗したが、まだ本日のお茶会は始まったばかりなのだ。

密かに決意し彼に目線を送る。



「レーファの名前が与えられたそうだな。おめでとう、婚約者として誇らしいよ」

「!」


予想外にも彼の方から名前の話題を出してくれた。


“これは今日こそいけるのでは!?”

高鳴る胸を気取られぬようにこっそり深呼吸をする。


「えぇ、ありがとう。おかげさまで現在アリスティア・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・レインワーブルになりましたわ!」


どう!?長いでしょう、長いわよね!?

全部は呼ばなくていいのよ、愛称で呼んでくれたらいいだけなの!!


“流石に呼び辛いな、ティアと呼んでもいいか?”その一言が欲しいのよ!!!


そんな期待を込めた私の視線を紅茶を一口飲む事でかわした彼は····



「実は俺もレーファの名をいただいてな。リードナイル・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・タキアレイズになったんだ、アリスティア・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・レインワーブル伯爵令嬢」



早口言葉のようにそう告げ、何故だかどや顔を向けてきた。



そうじゃない、そうだけどそうじゃない···!でもどや顔可愛い!!じゃ、なくて。


こうなったら私から愛称呼びを言う···っ



「まぁ、流石ですわ。リードナイル・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・タキアレイズ伯爵令息」


ーーー愛称、とは???



思いとは裏腹な言葉を言ってしまい小さくため息を吐く。


「私達また名前が長くなりましたわね」


絶望的な状況だがなんとかその一言を絞り出した。

その一言を聞いて遠くでエリーが大きくマルを作っている事に思わず胸が熱くなる。


「そうだな、俺達名前が長くなったな」

「え、えぇ!とても長く長くなりましたわ!」


“お、おぉ!?いい流れなのでは!?”


思わず弛む頬を叱咤激励しキリッとした表情を作ると、彼もキリッとした表情を向けていて。



「俺はもうすぐある討伐祭でスコア100をクリアしてペールの名を貰うつもりだ」

「えっ」



討伐祭は、魔獣が町に降りてこないように狩るお祭りのようなもので、参加は任意である。

魔獣の強さによりスコアが決められており、スコア100を越えればその功績として“ペール”の名前が与えられる。


もちろんあくまでも“お祭り”なので強い魔獣の住み処は立ち入り禁止になっており、いざという時の為に王宮騎士団が待機しているので希望すれば女性でも参加できるのたが。



“まさかこれでも愛称呼びをするには短いというの!?”



思わず心の中で抗議する。

そんな私の口から実際に出た言葉は···


「あら、私は優勝してパレルの名も貰うつもりだわ」


ふふふ、と扇で口元を隠しつつそう笑った。

もちろん遠くでエリーはバツを作っている上に大きくため息も吐いている。



軌道修正は今日も失敗だ。



“こうなったら···”


うじうじしても仕方ない。

何故なら私は努力で功績を残してきたレインワーブル伯爵家が長女!アリスティア・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・レインワーブルなんだから!!



「もうすぐある討伐祭で功績を残し、次こそ“名前が長くなり過ぎたから愛称で呼んでいいか”と言わせてみせる···!」



“狙うはスコア100以上のペールと優勝者に与えられるパレルの2つのミドルネームよ!”



伯爵令嬢としていささか間違っているような気もするが、それでも何かしないと落ち着かない為今日も一人鍛練場にて魔法練習をするのだった。





慈善活動や婚約者であるリードナイルとのお茶会、伯爵家としての勉強に新魔法定学の論文、合間にはもちろん討伐祭対策····

そんな慌ただしい日を経てあっという間に討伐祭当日となった。



「思ったより参加率いいのね···」

想像よりも賑わっている会場に思わずそう呟く。


「アリスティア・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・レインワーブル伯爵令嬢は討伐祭に来たのは初めてだったか?」

「ッ!?」


背後からそう声をかけられ小さく肩が跳ねる。


「リードナイル・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・タキアレイズ伯爵令息!」

「あぁ、おはよう婚約者殿。調子はどうだ?」


にこりと微笑まれ思わずきゅんと胸が苦しくなる。


ズルいわ~~~

普段何でも張り合ってくる···のは私もだけど、それでもしれっと“婚約者殿”とか言いながら気遣っちゃうんだから!



「調子は悪くないわ、むしろいい方よ」

「でも初めての参加だと勝手がわからないだろう。一緒に行動しよう」

「え?でもそれだと···」

「スコアは山分けになるが、二人なら狩れる量も増えるし悪い提案じゃないだろ?それに一人は···まぁ、心配だし、な···」

「ーーーーッッ」


“ここで照れ顔はクリティカルなんですけどーー!!

私を討伐してどうするの!?”


先程苦しくなった胸が今度ははち切れそうな錯覚に陥りつつ、表情だけはなんとか冷静を保った。


「そうね、私達二人なら2倍とは言わず3倍、4倍にも出来そうだものね」

「あぁ、じゃあまずは準備運動がてらそこの奥から進んでみるか」


可愛く“心配してくれてありがとう”とお礼の一言も言えない事に気分が落ちつつも、それでも女性の歩幅に合わせながら私が躓かないように足元の草木を切り開いてくれる。



“大人だな····”

年齢は同じはずなのにその広い背中を眺めながらそう実感した。


張り合うだけで結局自分から「呼んで」の一言も言えず、あまつさえ「だったら相手から呼びたいと言わせてみせる」なんて、自分はどこまで子供なのだろうか。



はぁ、と思わずため息が漏れた時だった。


ボスン!と立ち止まった彼の背中に顔面からぶつかってしまう。


「ーーー!?」

「·······おかしい気がする」


自分と彼との差に気を取られていた私は、ぼそりと呟いた彼の言葉に少し焦る。


「おかしい、って?」

「前にここへ来たときはリスのような小型魔獣が沢山いたはずなんだが···」


言われ周りを見渡すが、小型魔獣はどこにも見当たらない。


「住み処を変えたとかかしら?」

「それはないな、ここにまだ新しい糞があるし餌も巣穴に隠したままだ」

「つまり最近までいたのに突然一匹残らずいなくなった、という事?」

「それも餌を残して、な」


群れを成す魔獣ならば住み処替えで一匹残らずいなくなる事もあるだろう。

だが魔獣の生態で言えば痕跡を消す為に糞は必ず始末してから出発するはずだし、餌を残して引っ越すなんてあり得ない。


この状況があり得るとするならば···



「小型魔獣達の身に何かしらの危険があり逃げ出した···?」

「可能性はあるな」

「その危険、私達のように他の討伐祭参加者という訳ではありませんの?」

「小型でも相手は魔獣だ。俺達の姿を見ただけで逃げる事はない。そしてここには戦闘形跡がない」

「争った形跡がないということは···」


ごくり、と思わず生唾を飲む。

ちらりと横を見上げると彼も険しい顔でその場を確認していた。


現在の状況が表すのは、つまり···


「争う事なく魔獣が逃げ出す程の“ナニカ”が、ここまで来たという事····」



強い魔獣は基本奥に住んでいる。

と言うよりも、弱い魔獣は奥地を追いやられ人間が住むギリギリのところまで降りて来ざるを得ないからだ。


そしてギリギリのところで住んでいた魔獣がこぞって逃げ出したとすれば、それは。


「強い魔獣が近くに潜んでいる可能性がある」

「騎士団に向けての信号弾を送るわ!」


討伐祭参加者全員に配られている信号弾を素早く発射する。

これで異変が起きている事が騎士団に伝わった。

後は騎士団が信号弾を目印に駆けつけてくれるのを待つだけでいい。

ーーーーはず、なのに。



「·····ッ」

何故だか嫌な予感が拭えず、背筋を一筋の汗が伝う。


“大丈夫、騎士団はすぐに来てくれるし、それにまだ強い魔獣を見た訳でもない。近くに潜んでいる可能性があるだけ。万一戦闘になっても今日まで訓練だってしてきたんだから···”


座学はもちろん、実技だって優秀な成績を取ってきたのだから、と心の中で自分を励ましていた時だった。


「なんとかなるし、なんとかする」

「ーーーーへ?」


おもむろに握られた左手に一瞬ぽかんとし、慌てて彼の顔を見上げる。


「大丈夫だ」


それは根拠のない一言。

それでも、他の誰でもない“好きな人”からのその一言はとても心強くて私の中の不安を一瞬で溶かしていった。


“ありがとうって言いたい···”

そう思った私の口から出たのは、やっぱりお礼じゃなくて「あ、当たり前···でしょ」なんて可愛げのない一言。


「そうだな、当たり前だ」


そんな一言すらも肯定し元気付けてくれる彼に、言葉で言えなかった気持ちを込めて繋がれた手を握り返す。


小さくビクッとした彼は振り払う事などせず、私達は暫く手を握り合っていた。




一体どれくらいの時間そうやって過ごしたのだろうか。

手を繋いでいられるのが嬉しいとは思うものの、時間がたつに連れて違和感が襲う。


「騎士団····遅くないかしら?」

「あぁ、俺もそう思ってた」


近くで待機している騎士団がここまで来るのにほんの数分、そのはずなのに未だに足音すら聞こえない。


信号弾を見逃した?

王宮騎士団は尖鋭揃いなのよ?

そんな事あり得ない。

あり得ないのに来ない。


それが意味する答えは。



「他で何かトラブルが起きてる···?」

「それもかなり大きなトラブルが、な」

「行きましょう!」



優秀な成績を残してきた二人だがあくまでも素人。

だがそれでも、もし怪我人がいれば手当てや移動の手当てくらいは出来るだろう。


風魔法で探索を行い人が多いところを探せば、その場所がトラブルの発生地であるはず、そう考えた時だった。


ゴォッと熱風が襲う。

その方向を見ると火柱が上がっていた。


「ーーあそこね!?」


慌てて駆けつけ、その光景を見て絶句する。



ゴツゴツした鱗に長い舌、吹かれる炎···


「ドラゴン···?」

「違う、サラマンダーだ!」


唖然と呟く私の言葉を訂正しつつ手を引かれ木陰に飛び込む。

サラマンダーは一匹···しかしとにかく大きい。


騎士団は応戦しているものの、サラマンダーに襲われただろう討伐祭参加者を庇いながらの戦闘の為に動き辛そうだった。


「なんとか参加者を移動させられないかしら」

「騎士団が後ろ手に庇っている参加者ならなんとかなるかもしれないが、サラマンダーの足元にいる参加者は厳しいだろうな」


足を負傷し動けないのだろうか、へたりこんだ参加者が二人。

彼の言う通りその二人だけなら、私と彼が同時に飛び込み抱えて少しでも移動出来ればそれだけで騎士達は十分立ち回れるだろう。


問題はサラマンダーの足元に倒れている参加者だった。

倒れているが見た限り出血はなく、焦げたり溶けたりもしていないところを見ると恐怖で気絶したのだろう。


騎士達がわざと大きな音をたてながら戦闘しているところを見るになんとか誘導して、その参加者から離れさせたい様子だが···


「音くらいじゃ厳しそうね···」

「だがあまり過激な事をしてその場で暴れられたら踏まれるかもしれない。あの巨体に踏まれたらそれこそ終わりだ」



どうすればいい?

どうしたらいい?

何が出来るーーー···!?



「まず騎士団の後ろに座り込んでいる二人を移動させるのはどうかしら」


とりあえず出来る事から、と考えての発言だったのだが即座に反対される。


「ダメだ、騎士団が庇っているということはサラマンダーに“獲物”と認定されているんだろう。獲物が逃げれば激昂して暴れるかもしれない」

「もし暴れたらー···」


足元の参加者が危険、か···

だからとただ見ている訳にもいかない。

このまま時間が過ぎても状況は好転しないはず。

だったら。



「貴方なら騎士団の後ろの二人を抱えて移動できるわよね?」

「いや、だからあの二人を移動させたら···」

「私はサラマンダーの足元の人を抱えて離れるわ、同時に飛び込んで同時に離れられれば、サラマンダーの意識を分散させられるし」


片方ずつ移動させるとまずいなら、両方同時に移動させれば撹乱だって狙える。

割りと名案だと思ったのだが。


「聖女にでもなったつもりなのか!?」

「ーーーッッ!」


思い切り怒鳴られて息を飲んだ。


「どれほど危険な事を言ってるかわかってるのか!?」

「でも···っ」

「自分の命を晒して人助けか!?」


怒鳴られているのは私なのに、怒鳴っている彼の方が傷つき泣きそうな顔をしている事に気付く。



“そうだ、彼はこういう人だった”


私に張り合って名前を長くしてるのも、もしかしたら一人で暴走する私のフォローをするためなのかもしれない。


“そんな彼にまた迷惑をかけようとしている私は本当にダメダメねー···”



“でも、それでも見捨てるなんて出来ない。だって···”


「ー···可能性が、あるのよ。やれることがあるならやりたいわ」

「だけどそれで君が···!」

「私は確かに聖女じゃないけど」


小さく深呼吸をし、しっかり向き合う。

危険な事はわかってるし、彼まで危険に晒すことになるかもしれない。


私は聖女じゃない、慈善活動だって純粋な善意なんかじゃない、自分の欲望の為にミドルネームが欲しかっただけ。

それでも与えられた名前に釣り合うように、何より貴方に釣り合うように努力だけは続けてきたから、そうなりたいと思ってきたからーー···



「私はアリスティア・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・レインワーブル。貴方に釣り合うような私でいる為に出来ることはやりたいわ。だって私は、貴方の婚約者なんだもの」


私の言葉を聞いた彼は一瞬目を見開き、そして大きくため息を吐いた。


「頑固な君を説得するのは難しそうだから···わかったよ。でも君の安全が最優先だ、いいな?」

「えぇ!」



その場で軽く打ち合わせをし、飛び込む準備をする。

これからする事を騎士へ伝える方法がない事が不安だが、彼らは王宮騎士団だ。

きっと上手く対処してくれるはず。



「飛び込むぞ、いいな」

「えぇ、いつでも!」


頷き合って前を見る。

不安がない訳じゃない、正直怖い。

それでも彼とだから頑張れる。


その気持ちに背を押され、私達は戦場に飛び出した。


走りながら太陽の位置を確認し、薄く水魔法を展開する。

チラリと目線を彼に向けタイミングを確認する。



“ーーーー今!”



彼が騎士団の後ろに座り込んでいた参加者にたどり着いたタイミングに合わせて展開していた水魔法を壁のようにサラマンダーと倒れている参加者の間に割り込み、自身も参加者の側に滑り込む。


そのまま参加者の腰に腕を差し込み引きずるように移動を試みた時だった。



「ーーーティア!!!」

「ぁ」


撹乱を狙い分散させたつもりだったサラマンダーの標的は、その狙い虚しくコチラだけだったようで···



ーーーパリン



薄いガラスが割れるような音を響かし、私の展開した水魔法ごとあっさり踏み潰された。







「ーーーただのバリアだとでも思ったのかしら!?」


近くを踏みつけられた風圧で参加者ごと転がる。

そしてその力を利用して参加者を遠くへ蹴り飛ばした。

多少無理やりだがサラマンダーと距離が出来た事にホッとする。



自分の仕事は終わった。

撹乱に失敗し即座に攻撃を受ける可能性を考慮して念の為に展開した水魔法は、光の屈折を利用して私と倒れていた参加者の姿をズラして見せるもので、まんまと引っ掛かってくれたおかげで逃げる一歩を踏み出す後押しになった。



「これだけ距離が出来たなら、後は騎士団が上手くやってくれるわ····」



座学に実技、そして重ねた練習は確かに私の力となり、だからこそそこで安堵した。


座学に実技。それは全てソコで終わりだったから。

ここは“実戦”の場であったのに·····



「まだだッ!!」


彼の声が耳を貫き、一瞬遅れて後ろを振り返る。


サラマンダーの標的は遠くへ蹴り飛ばした参加者ではなく、いつの間にか私に切り替わっていた。



“火炎”


森に上がった火柱を思い出し、急いで水魔法を展開するが間に合うはずもなった。



「ーーーーッッ!!」


固く目を瞑る。

燃えるような、なんて熱さではなく“溶ける”ようなその熱さは私の髪を少し燃やしたものの、直接自身を襲うことはなかった。



「ーーーえ···?」



ドサリと倒れ込んだのは私じゃなかった。


うるさいほどの怒号とサラマンダーの断末魔、庇うべき者がいなくなった騎士団は本来の動きを取り戻し首を切り落としたようだったが、そのうるさいほどのどの“音”も私の耳には届かなかった。


ただそこに倒れている彼を前に唖然とへたり込む。

服は焦げ、焦げた服から覗くその背中は火傷で爛れていた。


「ーーー嘘、リドル···返事···して····」


私のせいだ、私がこんな作戦思い付いたから。

ううん、そもそも私が張り合ったりなんかしなかったら、意地なんかはらなかったらー···!


「や、や····っ」


溢れる涙で視界が滲む。

滲んだ世界で必死に伸ばした手を、そっと掴まれた。


「ーーーッ!」

「だ、いじょ···ぶ、だから···」

「う、動かないで!直ぐに、直ぐに治癒魔法が使える人を····っ!」

「怪我···しなかったか····?」


こんな状態でまだ私の心配をする彼に涙が溢れる。


「私は無事·····リドルが、守ってくれたから···」


呼びたくても呼べなかった愛称がするりと口から出る。


「そっか、良かった、ティア」


小さく笑ったリドルがそう呟く。

その言葉を最後に彼は意識を手放したようだった。



サラマンダーを討った騎士団の動きは、流石王宮騎士団だと思うものだった。


使える者がほとんどいない治癒魔法を使える騎士も何人かおり、直ぐに駆けつけてくれてリドルの治療にあたってくれた。


騒然としていた現場も、別の場所で討伐していた他の参加者への対応も混乱する事はなく、騎士団の後ろに庇われていた参加者とサラマンダーの足元に倒れていた参加者も無事だった。




「ーーーーん···」

「リドル···!?」

「ここ、は····?」

「リドルの部屋よ、あの後騎士団の方々に送っていただいたの」


意識を取り戻した彼に吸い飲みを向ける。


「飲める···?」


小さく頷いた彼に少量ずつを心がけゆっくり吸い飲みを傾ける。

なんとか飲んでくれた事にほっとしつつ、ベッドの横に座り直した。


「サラマンダーはどうなった?」

「あの後すぐに騎士団が倒したわ。貴方の背中は治癒魔法で命に別状はないのだけど···」


治癒魔法とは怪我する前に戻す魔法ではなく、本人の自己治癒力を利用して治す魔法だった。

その結果治癒魔法で傷口は治せたが、火傷が酷く傷痕までは治らなかったのだ。


途中で口をつぐんだ私に現状を察したリドルはふっと笑う。


「痕が残ったのが俺で良かった」

「私があの時あんな作戦を思い付かなかったら···っ」

「参加者は助けられたんだろ?だったら良かったじゃないか」

「でも···っ」

「痕が残ったらもう好きじゃない?」

「好きに決まってるでしょ!!!」


反射的にそう答え、ニヤニヤしているリドルと目が合い憚られた事に気付いた。


「·····い、今のまさかわざと···!?」

「そんなに愛されてるなんて光栄だなぁ」


ははっ、と笑った彼の言葉に一瞬で頬が熱くなる。


「違····っ」

「あれ、違うのか?俺は凄く好きなんだけど」

「····わ、ないけど···っ!」


そうか、なんて言いながら破顔する彼を見て釣られて私の頬も弛んだ。





討伐祭での私達の行動は、勇気ある行動だったと評され負傷者を最小限に抑える事に尽力したと功績を認められた。


その結果、特別名誉褒賞名というよくわからない新たなミドルネーム“デオドラードル”というまた長ったらしい名前を二人揃って与えられ、私はアリスティア・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・デオドラードル・レインワーブル伯爵令嬢に、彼はリードナイル・ランス・フィス・テオーサミ・ユール・ミツフィア・ジール・ゴーマジ・トール・レーファ・デオドラードル・タキアレイズ伯爵令息になった。


ーーーもう訳がわからない。

わからない、が。



「ティア、おめでとう」

「リドルもね」



当初の目的だった“名前を愛称で”が達成され、ちょっとハメられた感はあるがお互いの想いも通じ合った。


私は相変わらずすぐ意地をはってしまうし、彼も相変わらずすぐに張り合ってはくるけれど、だからこそ共有出来るものもあるだろう。



そんな二人が迎える幸せな日はきっともうすぐ···

その日は沢山の祝福に包まれーー····いや、きっと神父だけはその日までに更に増えるかもしれないこの長い名前に苦戦するかもしれないが····それでもきっと、これからもずっと、幸せな日々が彼らを包みますように。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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