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逢魔が時

作者: ノンネイティブ

「儲け話があるらしいぞ、一緒に聞きにいかないか」


 そう声をかけたのは、会社の同僚の多田タダだった。俺は今の環境を変えたいと思っていた。そんな時にこの話。すぐに答えた。


「いいよ」



 俺の名前は服部直樹ハットリナオキ。勉強が嫌いだった俺は、高校を卒業した後、専門学校へいった。専門学校を卒業後は、地元の工場で働いている。

 高校までは楽しかった。授業をサボり、煙草を吸い、酒を飲み、女にも困らない日々だった。かなり素行の悪いグループに所属し、毎晩のように遊んでいた。家にも帰らないことは当たり前で、溜まり場の友達の家に何日も泊まることもあった。

 この世に怖いものなど無いとさえ思っていたし、なんでも思い通りになると思っていた。そして、このまま楽しい時間が続くと思っていた。


「なんでこんな風になったんだろう……」


 高校を卒業して10年。28歳になった。昔に遊んで地元に残った仲間達は、くたびれた冴えない風貌になっている。それに比べ、年末や長期休暇時に帰省してくる大卒組は、そこそこの会社に就職できてたり、いい車に乗っていたりと、人生に明らかな差がついてしまっていた。同窓会で会うたびに、段々と俺は惨めになっていき、そいつらの話題にのぼるのさえ嫌になり、地元の仲間とも疎遠になっていった。


 昔の派手な俺からは想像もつかないほどにダサい服を着て、居酒屋に行くにも困るくらいの小遣いしかない。

 工場で働き始めて、すぐに結婚して、子供が3人いる俺には、もうこのままでいるしか選択肢はなかった。

 それでも、何か人生を逆転できる手段がないか探したこともある。手取りのいい会社に転職しようとしたこともあった。それも、ふたを開ければ、高校の頃に覚えたパチンコ・スロットは負けっぱなしの養分。簡単に儲かる方法があると言われた、競艇も競馬もまったくダメ。頼みの転職も、俺の経歴では書類選考で門前払いされていた。

「贅沢さえしなければ、嫁もいるし、子供にも恵まれ、軽自動車に乗って、安酒を飲んで暮らすのも悪くないじゃないか……」そう考えて、この状況を受け入れて諦めかけてもいた。


 諦めかけてはいたが、何とかしたい。そんな悶々とした気持ちの時に多田からの誘いがあった。


 誘われた「儲け話」を聞く会場は、駅前の地元では一番のホテルの大広間だった。大広間の前には大きく、【金融セミナー 主催:BITMAXビットマックス株式会社 講師:吉崎一馬ヨシザキカズマ】と看板がでており、会場内は煌びやかな装飾がされ、すでに老若男女問わず100人ほどがいた。長机が何列にも並んで、すでに前の方から着席しており、熱気が充満していた。


 多田とひそひそ話す


「おい、多田。金融セミナーって、ちょっと俺たち場違いじゃないか? スーツ着た人ばかりじゃないか。俺は投資とかまったく知らないぞ」


「俺も知り合った女に紹介されただけだからなあ。でも見てみろよ。周りは金持ちっぽい人ばかりだから、むしろ期待できるじゃんか」


「なんだよそれ、多田は投資とか詳しいのか?」


「いや、分かるわけないじゃん」


「まじかよ、信じらんねえ。帰りたくなってきた」


「頼むよ。すぐに始まるからさ。損な話じゃないって」


 そんな話をしているうちに定刻となり、講師の吉崎一馬が登壇した。講師の吉崎は見ただけで高そうなスーツを着ており、腕にはロレックス。明らかにお金持ちの雰囲気。しかも、歳は同じくらいだ。

 

 司会の女性が話し出す


「本日はBITMAX主催のセミナーにお越しいただきまして、まことにありがとうございます。本日の講師は吉崎一馬でございます」

「吉崎一馬の経歴ですが、東京大学を首席で卒業後、金融機関に就職。その後、金融トレーダーとして独立し、現在では個人資産数億円を運用する、日本でも屈指の個人投資家です」

「その吉崎の現在の主戦場は暗号資産です。暗号資産への投資により、毎日のように大きな利益を出しており、今日は暗号資産取引の利益で買ったフェラーリで、ここまでお越しになられたそうです」

 

 「おおーーー」と、会場中にどよめきが起こる。俺は多田に


「おい、想像よりすごいな。ちょっと本気で話を聞くわ」


「そうだな」


 吉崎が話出す


「講師を務めます吉崎一馬と申します。よろしくお願いいたします」


「本日は、皆様に私の投資手法の説明をしに参りました」


「そもそも暗号資産とは何かご存じでしょうか」


「暗号資産とは、インターネット上でやりとりできる財産的価値であり、『資金決済に関する法』において、次の性質をもつものと定義されています。不特定の者に対して、代金の支払い等に使用でき、かつ、法定通貨と相互に交換できる。電子的に記録され、移転できる。法定通貨または法定通貨建ての資産ではない。代表的な暗号資産には、ビットコインやイーサリアムなどがあります。暗号資産は、銀行等の第三者を介することなく、財産的価値をやり取りすることが可能な仕組みとして、高い注目を集めました。一般に、暗号資産は、『交換所』や『取引所』と呼ばれる事業者から入手・換金することができます」


「暗号資産は、国家やその中央銀行によって発行された、法定通貨ではありません。また、裏付け資産を持っていないことなどから、利用者の需給関係などのさまざまな要因によって、暗号資産の価格が大きく変動する傾向にある点には注意が必要です」


「その需給や様々な要因で、大きく変動することが利益を取るにはチャンスなんです! 私はビットコインが10万円台の頃から買いだ! と言い続けていました。それがいまや700万円ですよ」


「皆様よく聞いて下さい。ビットコインを、ただ買って持っていただけでも10万円が700万円ですから大きく儲けています。ただ、私の手法は違います。ビットコインの値動きの変動を取りに行きます! スイスで開発したAIを使い、売りでも買いでも利益を取る自動売買のシステムの開発に成功したのです」


「AIが自動で売買するシステムのおかげで、今、話をしているこのタイミングでも利益が出続けています。この半年間のビットコインでの利益は5億円にもなります。どうですか?ここにいる皆様もこの手法に乗りたいとは思いませんか?」


「必ず儲かります」


「おおーーーーっ」 「パチパチパチパチ」 一段と大きな、ざわめきと拍手。


 ここで、このセミナーの主催者のBITMAX株式会社の社長が出てきて話を始めた

 

「BITMAX株式会社、代表取締役社長の村田です」


「本日はお越しいただきましてありがとうございます。弊社は、ここにいる吉崎一馬と業務委託契約を結んでおり、吉崎の売買は、弊社を通して発注しております」


「本日、起こしたいただいた皆様だけの特典として、特別に、吉崎の開発した自動売買システムを使用した運用ができる契約を結ぶことが出来ます」


「もう少し具体的に説明申し上げます。この契約内容は、元本はもちろん保証です。負けるわけないですからね。さらに、投資金額の10%が毎月の配当になります。100万円をご投資頂いた方は月に10万円が配当になります」


「いつでも解約できます。投資頂いた元本をお返しします。しかし、毎月、配当を貰っていただく方が賢いでしょう。1年で元本分は配当されて貰ってますからね」


「こんないい話はないでしょう。今、ここにいる人だけですよ」


「絶対儲かります」


 もう、あとは怒涛の展開だった。俺も多田も仮契約をその場で結び、自分の親と嫁の親の両方で、金を貸してくれるように土下座をして頼んだ。両家から合計で500万円を借り、本契約を結んだ。嫁にはその間に、何回も何回もやめた方がいいと言われたが、もう気持ちは固まっており、かなり強い口調で押し切った。


「このチャンスさえ掴めば、人生は変わるんだ。見返してやる」


 本契約を結んだ一か月後。500万円を投資し、最初の配当金の支払い日。俺は昨晩から興奮して寝れなかった。この歳で、こんなにドキドキすることなんてなかった。俺の仕事は朝8時からなので、仕事が終わるまでは口座を確認することはできない。休憩中も多田とこの話で盛り上がり、しばらくなかった、心からの笑顔で話すことが出来ていた。


 そして、仕事がおわり、近くのATMへ。


 通帳をATMにいれ、記帳をした。


「おお……50万振り込みされている……」


 すぐに多田に電話をした。


「おい、多田、見たか? 」


「見た見た! やって良かっただろ? 紹介したのは俺だからな」


「多田、マジでありがとう。飲みに行こうぜ」


「行こう行こう。今日は浴びるほど飲もう」


 その晩は多田と、我を忘れて、かなりのテンションではしゃぎまくった。キャバクラでも偉そうにボトルを入れ、シャンパンまで飲み、今までの鬱憤を晴らすように楽しんだ。

 次の日、嫁に10万を渡し、


「この前の投資の成果の一部だ。これからは生活が変わるぞ」


 最高のドヤ顔で言い、完全に浮かれていた。


 次の月、早くも異変が起こった。


 先月、確かに入っていた配当の振り込みが……、今月はまだない。


「多田、何か聞いてないか?」


「いや何も聞いてない」


「これを紹介した女は? 聞いてみてくんない?」


「実は、その女はマッチングアプリで出会ってさ……」


「はあ?マジで?」


 契約書に書いてある電話番号にかけてみてもつながらない。焦り始めたタイミングでスマホに速報ニュースが通知された。



 【暗号資産投資詐欺疑い、6人逮捕へ 女性装いマッチングアプリで勧誘】


 女性を装いマッチングアプリで知り合った男性を独自の暗号資産(仮想通貨)への投資に誘い、広く流通している仮想通貨「ビットコイン」にAIを使った自動売買投資などと言い現金をだまし取った疑いが強まったとして、大阪など8府県警が17日午後にも、詐欺の疑いで東京都の投資関連サービス会社社長の男ら6人を逮捕する方針を固めたことが同日、捜査関係者への取材で分かった。

 社長の男は東京都新宿区の村田次郎容疑者(36)で資金決済法違反容疑で逮捕された。府警は、50人以上のグループで営業活動を行い、全国延べ約1100人から少なくとも現金・ビットコインなど計15億8千万円相当を集めていたとみて全容解明を進める。




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