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8.魔王とエリザの夜ごはん

おはようございます。今日も読んでくれてありがとうございます。

 魔王が叫ぶと、魔王とその周囲が球状の暗闇に包まれた。そして、それは次第に膨らみ、傍らのエリザをも包み込んだ。

 どこまでも広がっていくと思われた闇の空間だったが、魔王がカッと目を見開くと、一気に収縮する。

 そして、最後には闇の一点となり、大爆発を起こした。


「…っ!」


 爆発に巻き込まれたエリザの体は、気が付くと封印の間の壁深くにめり込んでいた。

 エリザがやっとのことではいだすと、魔王は涼しい表情で、体のあちこちをほぐしていた。

 魔王がよそ見をしている。

 エリザは今がチャンスとばかりに、唇をかすかに動かして、魔法を詠唱した。


──大気にたゆとう水の精霊、そして土の精霊よ、私の願いを聞き届けてください。そして、私の願うものをお授けください。


「アースリフリジレイション !」


 詠唱を終えたエリザは両手に氷の両刃の剣を握りしめていた。

 魔法で作り出したこの剣は、土を絶対零度で氷結させたものだ。

 人間が作る、どんな武器よりも固くて切れ味抜群。おまけに、触れたものをあっという間に氷漬けにする。


「死んでください」


 エリザは魔王にとびかかる。

 魔王は相変わらず、こちらを見向きもせずに、一糸まとわぬ姿で、準備運動を続けていた。


 エリザは両手で魔王に肩に剣を振り下ろす。一切のためらいもなく。

 それは、魔王を信頼していたからだった。


 剣は魔王の肩に当たると同時に、ぼろぼろに砕け散った。


 その攻撃に、やっと魔王が反応して、めんどくさそうにこちらを振り返る。

 刀身が砕け散り、グリップだけになった剣を握りしめてぽかんとしているエリザと目が合った。


「いかがでしたでしょうか? 私の剣は」


「ふっ…、お前が相手では、肩たたきにもならんな」


 首と肩をはぐすように動かしながら、魔王はにやついた。笑うと、閉じているとわからない牙が少しだけ見えた。


 魔王の切れ長の瞳は、鮮血のように真っ赤だった。


 それを除けば、魔王の姿は人間の男性とかわらなかった。

 耳が少し隠れる程度に伸ばした黒髪。そしてすらりとした長身がエリザを見下ろしている。

 7才で魔王に殺されて生まれ変わったエリザは、人間の男性をよく知らないけど、魔王の顔立ちと立ち姿には、いつも胸がときめいていた。

 

「エリザ、なにをぼんやりしている、行くぞ?」


 魔王をみつめてぼんやりしていたエリザは、その冷たい命令にハッと我に返る。

 そして、いつもの、冷静なエリザを取り戻す。


「魔王様、その前に」


 エリザはそっと両手で、黒い布を差し出した。


「服を、着てください」


 


 黒一色の服に、真っ赤なマントを纏った魔王は、エリザの記憶の中の魔王そのものだった。

 かつて世界を恐怖に陥れた魔王は、500年の時を超えて、復活を果たしたのだった。




「ふふ、500年間待ったかいがあったな。世界は憎しみと悲しみであふれている。まさによりどりみどりだな」


 エリザが用意した朝食をとりながら、魔王は満足げに笑みを浮かべる。

 ちなみに、朝食のメニューは、以下のようなものだった。


 ポイズンバードの肝臓(毒入り)

 トロルの心臓の煮込み、両目を添えて

 エリザ自身の脳みそから抽出した、真っ黒な憎しみのエキスが注がれたワイングラス。


 エリザが生まれ変わって間もない頃は、見るだけでおぞましくて吐き気がしていたが、この北極点にほど近い、通常の生物では生きていけない環境では、魔物由来の食材しか手に入らない。

 生きるために食べていたら、いつの間にか、おいしく感じるようになっていた。

 今思うと、人間の頃の料理は、物足りなく感じるほどに。


 魔王が食べ始めたのを見ると、エリザも腰かけて、食事を始める。

 席に着いたエリザを、皿の上からトロルの両目が見つめてきた。

 

 それをフォークで串刺しにして、まじまじと見つめてから、エリザは一口に頬張った。

 そして口の中でそれをつぶして、中からあふれ出すドロリとした感触を楽しむ。


 料理は目と口とそして舌で楽しむ主義だった。


 食事を一通り終えて、満足な様子の魔王は、仕上げのワイングラスを手にとって、口に含む。

 

「ぶっ!」


 口に含むなり、魔王は霧状にワインを吐き出した。

 当たり前だが、正面に座っていたエリザはまともに食らってしまった。

 

「なんだこれは、甘ったるいな。飲めたものじゃない」


 魔王の批判的な目線をよそに、エリザは白いハンカチで顔を拭いて答えた。


「あら、おかしいですね。ちゃんと感情のエキスをたっぷりと入れておいたのですが。私の幸せの、ね」


「何を言っている、俺が好物なのは、負の感情だ。幸福の感情エキスが嫌いなことは知っているだろう」


 怒り狂った魔王がテーブルを叩くが、エリザは涼しい表情で受け流した。


「なかなか都合よく生成できませんので、がまんしてください」


「くそっ、口直しだ。さっそく出かけるぞ。部下を呼べ!」


 魔王は両手をついて、身を乗り出してエリザを見つめる。まじまじと見つめられ、エリザはつい恥ずかしくなり顔をそらす。

 でも、言わなければならない。魔王にとって残酷なこの現実を。


「魔王様、あなたが500年の時をあの封印の間で過ごしている間に、魔族は魔王様とこのエリザ、たった二人を残して滅びてしまいました」


 エリザの告白に、魔王にしては珍しく、その表情には戸惑いが見て取れた。


「なら妖精族のタイタニアも、悪魔族のベリアルも、巨人族のゴリアテも死んだのか」


 戸惑う魔王に、すこし気の毒になったエリザは、上目遣いでそっとうなずく。


「魔王様の力が封印により失われ、私たち魔王軍は、他種族により滅ぼされたのです」


「まあいい、力を蓄えて、また復活させてやる」


 ふとエリザが見上げると、魔王の瞳は500年前のように、野望に赤く燃えていた。


──魔王さまには、このエリザがついています…。


 エリザはその横顔に、心のなかでそうつぶやいていた。


(つづく)

ブックマークありがとうございます! とても嬉しく思っています。継続への力になっています。

次回更新予定は、1月7日(木)午後6時です。

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